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I am a very wealthy man.

普通なら、嫌味でしかないこの言葉が、全く別な意味を持って私の前に立ち現われた。圧倒的な輝きを持って、、。

『こだわりライフ ヨーロッパーシェークスピアに夢を託してー』でこれを聞いた時、wealthyとは本当はこういう意味であったかという新鮮な驚きで、その言葉が頭の中でこだまになって響くような感じがした。



この言葉の人はロンドン・シェークスピア・ワークアウトという団体のリーダーとして、受刑者達にシェークスピアの演劇指導を行い、演劇の力を通じて、彼等が立ち直るのに力を貸してきた自称「演劇伝道師」のブルース・ウオールスさんである。「人を助けることの喜びは計り知れません。」と言った後で、彼は表題の言葉を口にした。

そもそもこの団体はプロに演技指導をする為に設立されたのだが、彼の友人の勧めで試験的に刑務所で受刑者達を対象に行われたのだという。英国の受刑者の半分以上は読み書きが出来ないのそうだ。彼等にとってはシェークスピアは難解で遠いものでしかなかった。演劇は初めてという人ばかりだ。

その受刑者達がその試験的試みの中で、自分達の抱えている悩み、うっ積を力強い言葉に変えて行く姿に打たれ、ブルースさんはこの活動を続ける決心をした。今までに80以上の刑務所を回り、8000人以上の受刑者にシェークスピアの演劇の世界を伝え、多くの人に立ち直りのきっかけを与えて来ているのだという。その中には刑期を終えてからプロになって、ブルースさんと一緒に舞台に立っている人も居る。

シェークスピアは人間の業を直視し、それを演劇という芸術に昇華した天才である。人間の業に振り回され、道を踏み外してしまった受刑者は、人間の業を最も理解できる地平に居る人達でもあると思う。その人達がシェークスピアの言葉の一つ、一つに心をゆさぶられて行ったのは理解できる気がする。

演技指導の場で受刑者達は驚く程、生き生きとしていた。指導を受けた受刑者の一人は終った後、充実感一杯の笑顔で「自分や人の生き方について沢山のことを教わった」と言っていた。心の中で、どろどろと渦巻きながらも形になれなかった思いが、シェークスピアの言葉によって、初めて外に出て行く道を見い出したのではないだろうか。

ブルースさんは言う。「社会から落ちこぼれた人をただ罰するのではなく、心のリハビリを与えてあげるべきだ。麻薬や暴力という形でしか自分を表現できなかった人々にシェークスピアの言葉を使って自分を表現する喜びを伝えたい。自分も辛いときに演劇によって支えられてきたから、演劇の力を信じている。それが彼等を立ち直させる力を持つと信じているし、それが自分に与えられた使命だと思う。」と。

彼には自分が助けてやるという高みに立った傲慢さが全く感じられない。彼等を救えるのは彼等自身で、私はhelp people to help themselvesという立場だ。受刑者に対しても"Ladies and Gentlemen,"という。彼の舞台人としての口癖かも知れないが、そこに単なる口癖以上の真摯な響きを私は感じたし、おそらく受刑者達も感じたのだと思う。

ブルースさんは、「私は幸運なことに、情熱が何であるかを知り、情熱を持って生きることが出来る人間の一人だ。だから私は死ぬ時に、他にも道があったのではないかという疑いをみじんも持たないだろう。」と言う。彼の言葉一つ一つが信念と情熱に支えられた力強さがある。

彼はこうも言う。「この世を去る時は、完全に燃え尽きていたい。力を尽くすほど生きている実感がわいてきます。人生はろうそくの火ではなく、燃えさかるたいまつであり、私はあらん限りの力で輝くたいまつでありたいのです。」物質的には地味な生活を送る彼が、自分を非常な富に恵まれた男だと言うとき、真実の富とはそういうものに違いないという圧倒的な説得力を感じた。

by bs2005 | 2006-04-22 07:50 | 忙中閑の果実  

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