蓬莱軒の餃子
2006年 03月 04日
行ってみると、ちょっと小汚い食堂で、中に入っても何の挨拶もないどころか、注文も取りに来ない。怪訝な顔をしていると、先輩が笑いながら、ここは調理場に自分で頼みに行くんだよという。注文も皆がばらばらにしてはいけないと言う。グループはグループで注文を集めることになっているのだ。
そう言いながら、先輩は皆の注文を集めて、調理場に入って行った。やけに低姿勢にお願いしている。それに対する返事らしい返事も聞こえない。ちゃんと注文を受けてくれたのかどうかも分からない。
戻ってきた先輩は、言訳をするように、「ここの親父、無愛想なんだよ。機嫌損じると、追い出されるんだ。」と言った。そう言われて回りを見回すと、壁のあっちこっちにこういうお客はお断りという文が貼ってある。やたら高飛車な店のようである。それで注文を受けてくれたのかどうか案じながら、じっとおとなしく待った。待った甲斐は充分あった。
そんな無愛想な店でも皆通いつめ、ここの店では借りて来た猫のようにおとなしくして、じっと出来上がるのを待った。こんなにお客とお店が逆転しているお店を、私は半世紀以上の人生で他に知らない。
その餃子の皮は特別だった。もちもちとしている。でも、外側はからりと香ばしく焼けている。形もまん丸。噛むとじわりと、もちもちの歯ごたえの間から、それはおいしい肉汁が出てくる。未だに他のどこでも食べたことがない美味しさだった。
そのお店に通っていた頃、日本は台湾と国交を断絶し、中国との国交を再開した。そのお店の人達は台湾から来た人達だった。お店に行くと、抗議文が沢山貼ってあった。その中を餃子を頼んだ。それ以前も、親父さんの機嫌が悪いときは、焦げすぎのを出されることがあった。それでも美味しいから、文句を言わずに食べていたのだけど、その国交断絶の頃から、焦げた餃子が出てくる頻度が至って多くなり、親父さんの機嫌も今まで以上に悪くなった。そしてとうとう、こちらも少しずつ足が遠のいた。
あれから30年以上、もうその店はないのだそうだ。国交断絶直後の真っ黒に焦げた餃子は、今でも目に浮かぶ。あの親父さんたちはあの後、どうしたのだろう。何だかもう一度会ってみたい親父さんだ。
by bs2005 | 2006-03-04 12:06 | 待夢すりっぷ