Hello?

普通にHello!と言えば、子どもでも知っている挨拶の表現だけど、これに?が付くと意味は大分違ってくる。

意味は「何(ばかな事を}、言っちゃってるの?」とか、「何すっとぼけた事言っているの?」という感じ。要するに、頭の中が留守状態なの?頭、大丈夫なの?という感じだ。

追記:カタカナ表記をすると「ハ・ロオ~ウ?!」という感じ。ハはごく軽くロゥの部分は嫌味っぽく強調。(笑)


民主党の一部(多数ではないことを祈るばかりだけど)では、代表選に小沢氏を担ぎ出そうとしているという。小沢さんも検討中だとか。その理由は野党と強力なパイプを持っているのは、小沢さん以上の人は居ないし、マニフェストを実現できるのも小沢さんの力が必要だからだそう。

Hello? 何言っちゃってるの?鳩山さんが辞任した時に街の人々の声は、小沢さんを道連れにしてくれたことへの喝采だった。それは今でも同じだろう。起訴に相当するという評価も再三出ている。今の支持率の低下は、マニフェストそのものへの疑問ですらある。

そういう人を担ぎ出してどうするつもりなのだろう。どう考えたって民主党の支持率が上がるとは思えない。そんなことをやれば、有権者の失望は次回の選挙にそのまま現れるだろう。

野党とのパイプって言ったって、その野党は散々、小沢さんの国会喚問を要求していたのだ。また、そのぶり返しがもっと激しくなるだけ。暑さで頭をやられてしまったのだろうか。頭がおかしいとしか思えない。

こういう時、Hello? と英語では言う。時々、頭にとんとんとノックするジェスチャー(頭が空っぽなの?という皮肉)さえ交えながら、、。
[PR]

# by bs2005 | 2010-08-19 08:22 | こんな英語表現  

「ヒロシマ、ナガサキ、日本の降伏」

今年は広島、長崎の原爆慰霊祭に今まで無かった核保有国の参加が見られた。オバマのプラハ演説のおかげという感じの報道がされている。あの演説が貢献しなかったとは言わないけれど、見失ってはいけないこと、それは核保有国が突然、博愛に目覚めたからでも、平和の大事さに目覚めたからでもないということだ。オバマの演説自体、高邁な理想を語っているけれど、それだけが彼を突き動かしたのではない。もっとしたたかな現実的計算がある。

極論を言えば、9・11が無ければ、どの核保有国も態度を変えなかっただろう。それ以前までは自分達だけが核を持ち、核の脅威に脅えずに済む体制を維持できていたから。必要なのは持とうとする国を牽制することだけだった。しかし、今やそんなことをしたって、いつテロリストが核を手に入れて攻撃してくるか分からない。そうなって初めて、核を持つことのマイナスと核の脅威を彼らも肌身で知った。今まではプラスだけだったのに。

何度も書いてきたけれど、核廃絶をいくら情緒的に訴えても決定的な効果は得られない。核を持つことのマイナスを理論的に説得していかなければ意味は無い。アメリカ人は小学生の頃から、自由と平和の為に、人類博愛の為に日本に原爆を落とすことは必要だった、人道的な理由で落としたのだと信じ込まされている。情緒的に平和の大切さや博愛を訴えても無駄な一つの理由はここにある。こうした論理に打ち勝つ具体的・現実的な論理が必要である。

その為には具体的にどんなことがアメリカ人の脳に擦り込まれているのか、小学生の歴史教科書の記述をここで紹介しようと思う。以前にご紹介した『アメリカの小学生が学ぶ歴史教科書』からの抜粋(p221,223)である。この本は英文と和文が対訳になっているので、受験生やアメリカで勉強しようとする人、英語の語彙、表現を豊かにしたい人などにも向いている本である。

ヒロシマ、ナガサキ、日本の降伏

ドイツが敗北したにもかかわらず、日本は降伏を拒みつづけていました。あらゆる戦線で敗北を喫した日本は、中国と東南アジアで征服した領土から撤退していました。しかし、依然として本土には200万の兵士がいたのです。日本の民間人も、侵攻に抵抗するため武装していました。トルーマン大統領は日本人が死ぬまで戦うよう訓練されていることを知っていました。また日本に攻め込めば、多くのアメリカ人が犠牲になると確信していました。ですから日本に降伏させるために2発の原子爆弾を投下するように命じたのです。
 1945年8月6日、最初の爆弾が広島に投下されました。巨大な火の玉の一度の閃光で、8万人もの人が一瞬にして亡くなりました。火傷や放射能の影響で、何万人もの人が後に亡くなりました。市の大部分は焼失してしまいました。
 広島の爆撃のあとでさえ、日本政府はアメリカの要求する降伏を拒否しました。3日後には2発目の爆弾が投下されました。今度は長崎市です。ここにきてやっと、国中が破壊されるのを恐れた日本政府は連合国に降伏することを承諾しました。
 第二次世界大戦は終わりました。6年にわたる戦争で、世界中で約4000万の人が命を落としました。世界史上もっとも過酷な戦争の1つが、恐るべき新兵器(*a terrifying new weapon)によって終焉を迎えたのです。


*この箇所だけ、英文も紹介しておきます。
  
関連記事:
   米元高官らによる「核兵器のない世界」提言記事のご紹介
   核の傘ではなく、非核の傘に入ろう!
[PR]

# by bs2005 | 2010-08-13 05:57 | 異論・曲論  

アメリカ人の友人が勧めてくれた本とビデオ

昨日、テキサスからこちらに遊びに来ていた友人夫婦と夕食を共にし、楽しいひとときを過ごした。その時、友人が彼女の読書クラブで読んだ本の中から勧めてくれた本を、私自身の覚書を兼ねて書いておこうと思う。日本では既に翻訳されているのかな?結構知られている本なのだろうか?

The Art of the Racing in the Rain
犬の気持ちで人間を観察して、色々の意見を言っている本だそう。特に犬好きでない彼女にも面白かったのでと勧められる。

もう一つはスエーデンの作家Stieg Larssonで早く亡くなってしまったけれど、この三作は三つとも去年映画化されている。彼女が読み、映画も観たのは、The Girl with the Dragon Tatoo。私がミステリー好きと知って勧めてくれた。

映画:

The Girl with the Dragon Tatoo
The Girl Who played with Fire
The Girl Who Kicked Hornet's Nest

そう言えば以前、Hornet’s Nest っていう Patricia Cornwellの小説読んで、Hornet’s Nestの意味も調べたのに、その意味も本の筋もケロリと忘れてしまった、、、、(汗)。折角紹介してもらってもまた忘れるだけかな~(涙)。


追記:この記事を友人が読んでこんなメールをくれました。既に日本で見られたんですね!相当面白そう!映画といっても、紹介してくれた友人が言っていたmovieというのは、ひょっとするとテレビ映画のビデオという意味だったのかな?私も映画の話題は記憶に無いので。それにしても、メール送ってくれた友人もミステリー好きって知らなかった。他の話題に忙しくて、、(笑)


今晩は。先ほどブログを拝見して黙っていられなくてメールさせていただきます!
あのミステリー、tatooはBSNHKで観ましたよ。はまりました・・・私。
本も探しているのですが文庫かブックオフでさがしているのでなかなか見つかりません。そのお友達が羨ましいです。

映画は話題になった記憶がないので次回作は映画館で観たいものです。
スエーデンでは大ヒットだったみたいですよ。HDDに残してます。
びっくりするようなストーリーで、年齢制限もありますが、作者がもういないのが本当に残念です。まだ1本しか観てないのでわくわくして待ってます。

では

[PR]

# by bs2005 | 2010-08-11 12:01 | 覚え書き  

女のいくさを闘い抜く

NHKの大河ドラマ『篤姫』の脚本家だった田淵久美子さんのインタビュー番組を、こちらのテレビで見た。彼女が書く来年の大河ドラマも、男の時代を生きた女性を中心に据えたもので、『江(ごう)~姫たちの戦国』というタイトル。お市の方の三女のお姫さま、江が主役だという。戦国時代の中で運命に翻弄されながらも、主体的に生きようとした女性たちを描きたいという。

そのドラマの中で田淵さんが考えた信長とお市の方の会話、

信長 「おなごにいくさはわからん。」
お市 「おなごのいくさとは生きることにございます。本日、ただ今を生きることでございます。」


このお市の方のセリフの毅然とした素敵さにしびれた。自分も励まされたけれど、色々の場で、そんな風に「ただ今を必死で生きている」友人たちにも贈りたい言葉だ。

女のいくさとは、生きることであり、生かすことなのだと思う。
[PR]

# by bs2005 | 2010-08-07 07:44 | 忙中閑の果実  

首相がくるくる代わる国の行き着く先

民主党の中で、「消費税で負けた」という理由付けのもとに、小沢氏グループを中心に菅さんを下ろそうという動きがあるという。何て愚かしいことだろう。まず第一に消費税で負けたと思うのが大間違い。しかも小沢グループから代表が出たら、もっと支持率が下がるということにも気づかない愚かさには開いた口が塞がらない。

しかし、それ以上にもっと愚かしいのは、こんなに首相をくるくる変えるということが国際政治の場で、どんなにマイナスか丸っきり分かっていないことだ。

先日、米国務次官補:くるくる代わる日本の首相に懸念という記事が出た。アメリカの高官が公的にこういう発言をするのは珍しいそうで、非常に遠慮がちなものだったけど、私としてはよく言ってくれたという気持ちだった。よほど腹に据えかねたのだろうが、アメリカの政治に関わる者なら誰でも思っている本音だからだ。 「トップがくるくる交代する国を相手にしても仕方ない」。会社だってトップがくるくる替われば信頼は限りなく失われて行くだろう。ましてや国のトップなのだ。

この記事が出て、民主党の中の菅さん下ろしも少しは収まるかと思った矢先の民主党の党内抗争、何て国際感覚の無いことだろう。小沢グループのことしか考えていないのだろうか。首のすげ替えが日本の国際政治の場面に於いて、どれだけ発言力を弱めるか、思いも寄らないのだろうか。こういう発言すら知らない程、勉強不足なのだろうか。

アメリカの大統領の任期は4年で、一度選んだらよほどの事が無い限り、途中で降りるということも降ろされるということも無い。ニクソンが降ろされたのはそれ程大きい事件だったのだ。基本的にはどんなに支持率が下がろうが、ぼろくそに言われようが、辞めるわけには行かない。

ブッシュさんなんか政権の後期は四面楚歌だったが、途中で政権を投げ出すという発想は全く無かっただろうし、日本のすぐ辞める首相の感覚は理解に苦しんだことだろう。半分、それが出来るのは羨ましかったかもしれないが、それでも歯を食いしばって大統領の任期を全うし、石もて追われる感じで終わったけれど、気のせいかほっとして嬉しそうにみえた。

日本の首相だって、日本の与党だって、政権を担当するということはそれだけの覚悟と忍耐が必要な筈だ。国民だってそうだ。一度選んだからには選んだ責任、選ばれた責任がある。よほどのことが無い限り、自分から辞めたり、自分達が選んだ代表の首のすげ替えをするべきではない。しかもこんなに短期に無責任過ぎる。支持率が下がった位のことで辞めてもらっては困るのだ。とことん地べたを這ってでも、日本の政治を良くするために過ちは訂正しつつも、先に進んでもらいたい。

アメリカの大統領がころころ代わったら、世界はどんなに混乱するだろうか。日本の首相なら、そんなに影響しないのは残念ながら事実だけど、その程度の国だと自分で認めているようなものだし、国際政治の場で信頼して頂けなくて結構と言っていることと同じだと思ったら、そう簡単に首のすげ替えは考えられない筈だ。

首相がくるくる代わる国は、国際社会でまともに相手にしてもらえないという事をもっと、強く深く理解するべきである。そういう国の行き着く先は暗い。せめて「誰がやっても同じ」という国民の深い絶望を理解した次元で動くべきである。コップの中の責任論は無責任過ぎる。
[PR]

# by bs2005 | 2010-07-30 03:34 | 異論・曲論  

本当に「消費税のせい」なの?

鳩山さんから菅さんに代わって、一気に上がった支持率が、菅さんが消費税のことを言い出したばっかりに選挙には負けるし、支持率がガタ落ちしたということをよく聞くけれど、本当にそうなのか?

勿論、全く影響を受けなかったわけではないだろうし、あの提示の仕方とその後の曖昧な態度は影響しなかったと言えば嘘になるだろうけど、それでも消費税がそんなに左右したとは思えない。そうだとしたら、消費税を10%にと言いだしっぺの自民党が、あんなに議席を獲得するとは思えない。上げる時期はともかく、今のままの消費税で済むと思っている国民は少ないだろう。民主党はもっと根の深いところで負けたのだと思う。

民主党が、今の状態を「消費税をいきなり持ち出したから」、などという薄っぺらな観点から見る限り、民主党の支持は落ち続けるのではないだろうか。そもそも鳩山さんから鳩山内閣の中枢に居た菅さんに変わっただけで、あんなに支持率がころりと変わること自体、実に無責任かつ無内容な国民の対応だったと思う。気まぐれに上がったものがあっという間に下がるのは目に見えていた。政治家のお粗末さは日本の国民のお粗末さをそのまま反映しているのだろう。

政策を通すことも放棄して、あんな根拠のないムード的で無責任きわまる支持率の上昇をあてにして、選挙になだれこんだ民主党の浅はかなご都合主義、そこには先見の明も、物事を本質的に見る視点も全然無い。そもそも、その体質こそが選挙の大敗を招いたのだと思う。その本質的問題は、今度は民主党の代表選が迫っているからと言って、会期を短くしようという態度にも顕著に表れ、消費税を仮想敵にすることで無反省のまま温存されている。

軽率に選挙になだれ込まなければ通っていただろう政策も、ねじれ国会になってしまっては簡単には通るまい。国民にとって通った方が良かった政策かどうかは別としても、自分達が信じて賭けている筈の政策を、そもそも真剣に実現する気があったのか甚だ疑わしい。これが政策政党のやることだろうか。

野党だった民主党が与党になって、すぐまともな政治をするとは思っていなかったけれど、その浅はかさ、ご都合主義、先見の明の無さには呆れてしまう。選挙と首のすげ替えしか考えていないようだ。そしてそれは野党も全く同じ、、日本は一体どうなってしまうのだろうか。世界は待ってくれない。世界の中でどんどん置いてきぼりにされていく日本、悲しくなるばかりだ。
[PR]

# by bs2005 | 2010-07-23 04:23 | 異論・曲論  

塩みがき効果?

たまたま市販の歯磨きには発ガン性物質が含まれている。そんなもので磨くより塩で磨いた方が良いという話を聞き、小心者の私はその日から塩で磨き始めました。オットにも勧めて。

そして数ヶ月、、ふと気づくとオットは熱いものを食べると歯茎が痛かったので歯医者から、これ以上悪化したら手術と言われていたのに、全然痛まなくなったのだとか。

私はこれと言って悩んでいた症状もなく、そのオットの話を半信半疑で聞いていたのですが、今回、日本に行ったとき、テレビで夜寝ている間に口の中が粘つくようになるのは老化のせいだという話を聞きました。

大分前から、その粘つきに不快感を覚えていた私、そうか!あれは老化のせいだったのか!と思いながら、ふと考えてみると、最近、全然、それが無いのです。塩みがきのせいのような気が、、。

だって以前は、寝る前にしっかり磨いても、その気持ち悪さで目覚める時もあった位なのに、今は全く無いのですから、、。オットの例にしても私の例にしても、科学的根拠は分かりませんが、、。

発ガン物質というのは、口から入るものより皮膚から入るものの方が、圧倒的にはるかに多く身体に残るのだとか。化粧品の「しっとり効果」を謳っているものに含まれる何とかという成分(名前忘れました・汗)は歯磨きにも入っているのです。

この成分は、化粧品の多様なものに幅広く入っているのです。だから化粧品は発ガン成分を含む食品よりずっとずっと怖いのだそうです。ただ名前を忘れてしまって、というか覚えられないので、化粧品はそのまま。他のものにも結構幅広く入っているものなんですけどね。忘れて調べられない、、、(汗)。

とりあえず、朝晩二回の歯磨きの一度だけでも塩みがきに代えてみたらいかがでしょうか?歯茎のひきしめ効果はあると思います。

追記:発ガン物質の名前、もう一度教えてもらいました。

最悪のものはPG (プロピレン・グリコール/Propylene Glycol):これは分子量が小さいので、お肌から血管まで浸透してしまいます。ウェットティッシュ、歯磨き、コンビニのおにぎりにまで使われている。

次に悪いのがDPG (ジプロピレン・グリコール/ Dipropylene Glycol):これは分子量が大きいので、血管までは届きません。飲み下さないようにすればまだ。。。 でも接触性皮膚炎の危険があります。

最後に、防腐剤・殺菌剤がわりによく使われているのがBG (ブチレン・グリコール/Butylene Glycol):これは分子量は小さいですが、無添加化粧品にまで使われてたりしますので、これが入っていないのを探すのは大変です。

スーパーで売られているもので完全無添加と言えるのは、手作り石鹸くらい、とのこと。それにしても、コンビニのお握り、美味しくて日本に行くとはまってしまっていたんですけどね~。

[PR]

# by bs2005 | 2010-07-21 23:41 | 未知と無知  

『怒らないこと』

長年、野放しにしてきた怒りんぼうの自分を、遅ればせながらやっと少し変えて行かなければと思うようになってきていた昨今、たまたま、『怒らないこと』というタイトルの本を日本の書店で見つけました。それで即、求めました。(汗&笑) 既に30万部売れているとか。それだけ自他の怒りに翻弄されている人が多いんでしょうかね~。(笑)

読んですぐ改善というわけにも行かないので、覚書として残そうと思います。同病の方にもご参考になれば、、(笑)。

さて、先ず第一に著者は、「怒りたくないのに怒ってしまう」という人を、そんな言葉は嘘であり、本当は怒りたいから怒っているので、まず「私は怒りたいのだ。ロクなものではないのだ」と認めることが大事だと言ってます。

そして怒りというのにも色々な形があることを言っています。具体的には、怨み、軽視、張り合う態度、嫉妬、物惜しみ、反抗的態度、後悔、激怒などです。怒りにもこんなに種類があったんですね~。外からは「怒っている」ように見えなくても、人間の内部を蝕む怒りというのは、これだけあるのだと思うと、ちょっとコワイ、、。

以下、心に残った箇所の一部の抜粋を、、。(括弧になっている部分は直接の引用ではなく略している部分を埋める為の補充です。抜粋部分も原文そのままの引用ではなく、順不同でかなり省略してあります。)

怒る人は、精神的にも肉体的にも徹底的に弱いのです。平和を語る人が強者であり、(戦う人は)徹底的な弱者なのです。平和に必要なのは勇気です。反対に、戦争は弱さから生まれます。

「私こそ唯一正しい」が人間の本音。「私は間違いだらけ」だと分かると怒らない。私たちの心にある「私は正しい」という思考は間違いです。それを「私が正しい筈はないのだ」と訂正することです。

言葉は不完全ですから、完全に正しいということはあり得ません。その言葉を不完全な我々が精一杯に選んで話したところで、これまた不完全な相手にうまく伝わる保証など、どこにもないのです。

ですから、「自分が正しいという考え方は、非合理で、非真実で、嘘で、あり得ないことだ。このあり得ないことを頭で徹底的に信じている自分ほどの大バカ者は、世の中にいない」とはっきりと理解したら、もう怒らなくなってしまうのです。

まわりの人が怒って話しているのにつられて自分も怒るということは、「腐ったものを食べた人が吐いたものを、拾って食べるようなものだ」

(理不尽に怒りをぶつけてくる人に対しては)「この人は自分の怒りを表しているだけで、かわいそうな被害者だ」とその人の心を観てあげることです。

心の静けさや落ち着きは、その場ですぐに育てられるものなのです。

笑いは強者の証明で、怒りは敗北者の烙印です。

怒る人は負け犬です。知性のかけらもありません。たんなる怒りで動く肉の塊です。

「生きがいだ」などとこだわらない。(こだわるから、それを失ったときに)すごく不幸を感じてしまうのです。そんなものは自分で勝手に決めたものですから、心の持ち方しだいで、どうにでもなります。状況がどのように変わっても、それを拒絶したり否定したりしない心を育てれば、そこには怒りの生まれる余地はありません。

怒りが生まれないようにすることは、「怒りと戦う」こととは違います。(その感情も)また「怒り」なので、良くないのです。「なんとかして、怒らないような人格を育てよう」ということなのです。

(怒りを抑えたり、我慢しても)内側の怒りはそのままです。ですから、怒りが生まれたら、「あ、怒りだ。怒りだ。これは怒りの感情だ」とすぐ自分を観てください。外に向いている自分の目を、すぐ内に向けてください。そうすると、怒りは生まれたその瞬間で消えてしまう筈です。

いちばん大事なことは、「自分を観る」、ただそれだけです。


こういう修行を続けていると、どやし系ブログじゃなくなれるかな~?(笑)

参照:Google 検索による他の記事

上記の記事の中から著者の講演の紹介をした言葉

面白くない、退屈というのも怒りです。条件が好ましくない、ということが怒り。条件がそろっていると怒らないのです。愉しいのです。カンカンに怒ることだけが怒りではなくて、嫌な気分、退屈、あー嫌だというのも怒りです。だから、人間は一日じゅう怒ってるのです。
[PR]

# by bs2005 | 2010-07-15 00:16 | 忙中閑の果実  

頑張るテレビ東京

期待を裏切らなかった池上彰の選挙特番
テレ東大健闘の立役者・池上彰 打ち合わせはファミレス

残念ながら、もうこちらに戻ってきていたので見ることは出来ませんでしたが、池上さんの解説なら面白かったでしょうね。私は今まで池上さんを全然知らなかったのですが、元NHK解説委員だとか。

今回、日本に戻って、無意味で騒がしいだけの番組のますます目に余るオンパレードに辟易としました。その中で存在価値があると思ったのは、彼が出演していた番組と、同じくテレビ東京でやっていた日高レポート。同じ在米でも、日高さんの考え方とは大分違う考え方を私は持っていますが、でも明確な立場を持った意見を提示することは考えるキッカケを作って良いと思います。

毒にも薬にもならない、皆が同じようなことを言っていて、そのくせ、実は何も言っていない、どころか巧みに言論操作だけはしている、そんな報道番組が横行していることにも怒りを感じました。池上さんのは分かりやすく、ショー的演出でしたが、とりあえず、こんな切り口からでも始めるのは意義があると思いました。

日本のテレビはもっとこういうものをやって行くべきでしょうね。旅行ものや料理もの、グルメもの、お笑い、そいう番組の再放送、そんなものばかりではどうしようもない。低予算ということで言えば、池上さんのも日高レポートもそんなに高くかからないように思います。

こういう番組を増やして「自分の頭で考える国民」を育てて行かないと、日本は落ちて行く一方だと思います。失礼ながら低予算のテレビ東京が出来るのだから、他の局でも出来る筈。テレビ東京の健闘ぶりを称えたいです。頑張れ!テレビ東京!
[PR]

# by bs2005 | 2010-07-13 07:28 | 賛辞のあなた  

表参道お勧めレストラン

お勧めは表参道A2出口からすぐのTESOROというスペイン料理の店です。

プリフィックス・ランチコースが1500円、1800円とお手頃で美味しいです。お店の雰囲気も明るく、お洒落。気取っていないけれど、きちんとした感じもします。他にもこれより少し高くなりますが、依然としてお手頃価格のランチのコースがあります。パエリア・ランチも。上のサイトをご覧ください。気楽に利用できる価格帯なのも魅力です。

実は、これは国立新美術館のレストランブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼへのリベンジ記事でもあるんです。(笑)

前日、新美術館のこの有名なレストランの1800円のランチを目指して行ったのですが、平日11:30ちょっと過ぎで既に長蛇の列。やっと番が来たときは一日70食限定のそのコースはとっくに売り切れ、その上は2860円と5800円のしかありません。この不景気の中、昼から5千円以上もするランチを食べる気にはなれず、2860円のコースを頼みました。そこまでは良かったのです。もっと早く来なかったのが悪いんですから、。

でもメニューを見てびっくり、コースのそれぞれの中身の殆どは更に300円の追加料金を払わないと選べないものばかり。全部、そちらを選んだら、コースはそれだけで4000円近くになるし、更にコースだと言うのに、デザートは含まれても、コーヒー(または紅茶)は含まれていないのです。コーヒーが欲しければ300円追加。ちょっとあこぎ過ぎません?最初からコーヒー(または紅茶)込みの価格表示にするべきだと思うのです。こちらは意地になって、全て300円の追加が付かないものを選び、コーヒーも頼みませんでした。(涙&汗)こういうのhidden priceって云うんじゃなかったでしたっけ?あこぎな価格表示の典型。

美味しかったことは美味しかったのですが、そのあこぎさを埋め合わせる美味しさとは思えず、名声に乗っかって好きなことやっている感じ。美味しいと評判のレストランのようですが、こんな高飛車な商売をするほどの美味しさとは思えず、、、。こんなに名声高いこのレストランにいちゃもんをつけるのは、私ぐらいなものなのでしょうけど、、、(汗&笑)

翌日のこの店のランチはコーヒーのみならず、デザートもちゃんと付いて、量はずっとたっぷりで価格は半分以下。給仕をする人たちも皆、行儀よく感じよかったし、美味しさだってそんなに際立って違うとは思えませんでした。充分、美味しかったです。

お店の姿勢って大事だと思うんですよね。それでリベンジを兼ねてこちらの大宣伝に努めようと、、、。(笑) ひと駅違いです。新美術館の前、あるいはお帰りにお立ち寄りください。オルセー展の方は素晴らしかったです。お見逃し無く、、。も、勿論、新美術館に行ったのはあくまでこちらの展示が目的です。食べる方はあくまでついで、、(汗)。

実は日本に5週間ほど行ってました。出かけたのはこの二日だけ。娘に子供が生まれて、私も遅ればせながら、新米おばあちゃんになったのです。二週間以上もお産が早まったこともあり、予告も無く、いきなりブログを長期間お休みしてすみませんでした。もうブログを辞めたのだろうと思われた方、休んでいることに気づかなかった方の方が多いとは思いますが、、。(爆)
[PR]

# by bs2005 | 2010-07-12 08:05 | お目を拝借  

今を生きる

三度目の癌に襲われた友人と半年ぶり位に会った。メールで話はしていたのだけど、お互いに忙しく、会う機会が無いまま時間が過ぎてしまった。

抗癌治療の効果が上がらず、医療的には為す術もない状態に陥っている状態の彼女と会うのは正直怖くもあった。どれだけ衰弱していることか、どんなに辛い思いをしていることか、、。

でも、最近のメールで医者から「余命はせいぜい5年」と言われたと言いながらも明るい文面だったこと、私が勝手に想像していたのは余命一年も無いのではと思われたのに5年というのは思ったほど悪くはないのかもしれないと希望を持ったこと、そして彼女自身が「皆、もう私は死んだと思っている感じだ。そっと邪魔をしないようにと気遣ってくれているようだけど、私はむしろ邪魔をしてもらいたい」という言葉に勇気付けられ、思い切って散歩に誘った。

会ったらこちらの胸がつぶれるほどの弱り方なのではと、会うまではびくついていたけれど、会ってみたら驚くほど元気だった。知らない人が見たら、彼女がそんな深刻な段階にいる癌患者だとは夢にも思わないだろう。言われても冗談としか思わないだろう。

元々、すごく体を鍛えている人で食生活にも人一倍気を使っている人だったので健康、頑丈そのものに見える。見えるだけでなく、歩くのもしゃきしゃきとしている。1時間半ほどバードウォッチングをしながら広い自然豊かな湖のある公園を歩いたのだけど、こちらが彼女のペースに追いつくのにふ~ふー言う位だった。嬉しい驚きだった。

「全然体力的にも見かけでも(健康だった)以前と変わらないね。誰もあなたが病気だとは思わないだろうね。」と言ったら、「以前と同じよ。自分でも痛みも苦痛も無いし、弱ったとも感じない。そう言うと医者には今にそうは行かなくなるから気をつけろと釘をさされるのだけどね。」と笑って言う。

そして「強いていえば良い方に変わったわね。」という。どういうことかと聞いてみたら、こういう経験をして、自分は以前よりずっと人に対して寛容に優しくなれた。人との関係もよくなったし、毎日が楽しいという。

「いやなヤツと思うような人も、今はそういう人であるのは何か理由があるのだろう、それなりに哀しさを抱えているのだろう、可哀想だと思うようになったので嫌う気持ちが無くなった」という。

「以前はそんな風には全然思わなかったのだけど、人はどんなささやかなことでも、その人の住む世界に貢献し得るのだとわかった。たとえばスーパーで袋詰めをしているアルバイトの男の子が優しく接してくれる、そんなことで私はすごく明るく優しい気持ちにさせられる。その日一日、明るい気分になれる。そうやって彼は立派に社会や人に対して貢献しているのだと思う。」という。

彼女の母親との関係も良くなったという。以前からすごく仲のよい母子関係だったので、「前からそうじゃない?」と言ったら、彼女の母親は、自分と意見が異ならない限りは世界一素敵な母親なのだけど、意見が異なると、時にはとても意地悪だったのだという。そんなことは聞いたことがなかったから驚いたのだけど、そんな人だったので、違う意見、好ましくない意見を言うときは聞いてくれなかったり、さえぎって徹底的に論破するタイプの人だったのだという。友人の頑固さもそんな母親譲りだったのかもしれない。

その母親が、彼女がどんな葬式をして欲しいかというような話をすると、以前の彼女なら、そんなことを話すのはいけないとか、間違っている、とか言うのに、何も言わずに淡々と穏やかに聞いてくれるのみならず、情報をくれたりするのだという。静かに優しく寄り添って聞いてくれるのだという。

それを聞いてとても切なくなった。母親はもう80はとうに超えている筈だ。その人が自分の娘が自分より先立つことになりそうであるのみならず、その彼女の葬式の話まで彼女の口から聞かされる。どんなに辛いことだろう。それでも、その娘が相談しておきたい気持ちを第一に考えるから、自分のそんな気持ちを抑えて、和やかに話し相手になることが出来るのだろう。親の究極の愛のようなものを感じた。

友人はそんなことを淡々とにこやかに話しながら、「自分がこういう目にあわなかったら、自分は今の境地になれなかったと思う。自分には必要な経験だった。だから、何故他の人じゃなく自分がこんな目に?なんて少しも思わない」と言った。

彼女は病気以前と同じボランティアの仕事も週二回続けている。昨日はそれで7時間も働いたという。以前から続けている週二回の仕事も続けている。家の中のペンキ塗りの仕事もやり、旅行にも数回出かけ、今はイエーメンやブラジル、その他の遠方への旅行をいくつか計画している。毎日充実して忙しい。

散歩を終えて、彼女は私よりよっぽど、今を生きていると思った。



参照:コメントの中で頃子さんが紹介してくださった頃子さんの記事『understand』
[PR]

# by bs2005 | 2010-07-11 18:23 |  

「何かを成し遂げるのに特別である必要はない。」

オーストラリアの少女ジェシカ・ワトソンさん(16)が15日、最年少での単独・無寄港・無支援の世界一周航海に成功、シドニーに無事帰還したというニュースが世界の話題になっているようだ。

出発したと聞いた時は少し無謀な感じもしたし、そういう批判もあったようだけど、無事、成し遂げた彼女の言葉を聞いて、「娘は肉体的にも精神的にも充分成熟している」と彼女を送り出した両親の気持ちが分かったような気がした。

その彼女の言葉

  わたしは普通の女の子。何かを成し遂げるのに特別である必要はない。
  夢を持ってそれを信じ、一生懸命努力すること。


アメリカに居るとスペシャルという言葉をよく聞く。「あなたはスペシャルな存在なのだ。だから自信を持て」という具合に。それも一つの考え方で、人より優れたとか、そういう意味ではなく、かけがえの無い存在なのだという意味なら大いに共感できるけれど、往々にして、それが自分だけがスペシャルであるような錯覚で、根拠の無い自信が肥大な大人をしばしば見かけるのも事実だ。

こんな風に普通の存在、特別な存在でないという地平で、自分をきちんと見据えながら、同時に夢に向かってひたすら向かう心意気。こんな風に謙虚さを失わずに自分の力を信じる子どもに育てられた両親に、新鮮な感動と敬意を覚えた。
[PR]

# by bs2005 | 2010-05-17 04:11 | 賛辞のあなた  

寛平さん、頑張れ~!

今日、日系のスーパーに行ったら、布を広げたテーブルを挟んで買い物客と話している中年男性の姿があった。何か新製品の宣伝かなと思ったら、間寛平さんへの応援メッセージをその布に書いてくださいと声を掛けているのだった。

何故、こんな所でと思ったら、寛平さんは今、私の頭の怪我の後遺症を治してくれたあのUCSF(サンフランシスコ州立大病院)で癌の治療を受けている真っ最中なのだという。寛平さんが世界一周のマラソンに挑戦していたことも、その途中で癌が見つかったことも知ってはいたのだけど、その治療の為に、こんな近くに来ていたことは知らなかった。

初め、その中年男性は寛平さんの友人か、吉本関係の人かなと思ったのだけど、訊いてみたら寛平さんには会ったこともないし、サービス精神旺盛な彼にかえって気を遣わせては気の毒だから見舞いに行くつもりもないという。

では何故、こんな活動をしているのかと思ったら、その人は自分も走ることが趣味でマラソンに色々挑戦している人間なのだが、そういう人間にとって寛平さんは夢を与えてくれる存在だから応援メッセージを送りたかったのだと言う。

彼のランニング仲間はこのあたりに30人位居て、その仲間たちが声を掛け合って、このボランティア活動を始めたのだという。私も早速、その布に書かせてもらった。

その人の為に祈る人が多ければ多いほど、奇跡の起きる可能性も高くなると昔聞いたことがある。寛平さんの快癒が奇跡とみなされるほどの重症ではないことを祈るけれど、少しでも多くの人が祈るのは症状の重さ軽さに関わらず有効な気がする。

元気になってまたあの温かい人懐こい笑顔を見たいものだ。上記のサイトに彼の闘病真っ最中のビデオがあった。辛そうだったけれど、彼らしいユーモアで思わずクスリと笑ってしまった。ユーモア、笑いは奇跡的治癒力があるという。彼のユーモア精神が彼を治してくれますように。


[PR]

# by bs2005 | 2010-05-16 13:21 | メッセージ  

NHK俳句より

    灯を消せば

    涼しき星や

     窓に入る

                      夏目漱石



平山やよいさん(詩人)のお気に入りの俳句として紹介されていました。夏目漱石が俳句を書いたことも詩を書いたことも知らず、それでもさすが夏目漱石と感銘。

平山やよいさんは画伯平山郁夫さんの娘さんで、お父上より絵は絶対描くなと言われていて、言葉での表現を選んで詩人になられたとか。何だか画家の親子の絆のようなものを逆に感じました。

お父上が亡くなられたあとに遺品を整理していて俳句や詩を書かれていたことを知り、生前に知っていたら、詩の話を一緒に出来たのにと残念に思われたとか、、、皆、親が亡くなったあとで中味は異なっても似たような思いを抱くものなのですね。
[PR]

# by bs2005 | 2010-05-12 22:52 | 忙中閑の果実  

驚きの手作りしみ抜き剤ことカリスマ・クリーナー

NHK新番組「あさいち」3月30日 (火)スゴ技Q 王子が手ほどき!幸せの洗濯術よりの覚書


古くて何のしみか分からないものまで取れたのが驚き!

年季の入ったシミの、「色素」を落とすのに適しています。天然由来の物ならたいてい漂白できます(染料系のしみは専門家に任せることをお勧めします)。

作り方は、重曹1:液体酸素系漂白剤2の割合で混ぜます。作り置きはできないのでそのつど作りましょう。

黄ばみなど、色を落としたい部分にカリスマクリーナーをしみこませます。

その後、やかんでお湯を沸かし、口から出る蒸気にあてます(1か所3秒くらい)。
火傷や着火には気をつけてください。耐熱性のあるゴム手袋着用推奨。

シミ抜きに便利なしみ抜き棒

割りばしの先に、コットンを巻いて、さらにその上からてるてる坊主のように被せて輪ゴムで留めます。コットンにしみ抜き剤をつけて患部に塗るのに便利です。

[PR]

# by bs2005 | 2010-04-17 09:12 | 覚え書き  

蒸しタオル美容法

NHK新番組「あさイチ」4月13日(火)『スゴ技Q 驚きの電子レンジ 200%活用術』よりの覚書

1.タオルを水に浸し軽めに絞ったものをレンジで1分温める。

2.熱すぎないか必ず確認してから、顔にのせる。

3.冷めてきたらタオルを取る。

4.美容液を手で温めながら「押し込む」ように浸透させる。

5.化粧水をスプレーなどで顔に吹き付けて肌を冷やすと毛穴がきゅっと閉まる。

[PR]

# by bs2005 | 2010-04-17 09:12 | 覚え書き  

role model

role model というのはお手本になるような人のことを言う。よく使われる言葉なので、日本語でも馴染まれつつある言葉かなと思ってきたのだけど、この間、イチローが松井選手に触れた「彼にはロール・モデルとしての道を突っ走って欲しい。僕はちょっと癖があってロール・モデルにはなれないから。あ、ちょっとじゃなくて沢山癖があって、、(笑)」という言葉を紹介した放送の中で、アナウンサーが、「イチロー、ロール・モデルって英語使ってましたね」と言ったので、あ、まだカタカナ英語として定着していないのかなと思ったのだけど、どうなのだろう?

それはともかく、こちらではスポーツ選手にそのロール・モデルとしての役割(特に子ども達にとっての)を無意識に期待する傾向が強いようだ。タイガーも、それでロール・モデルだったのにと散々非難されていたし、他のスポーツ選手もスキャンダルの度にそんなことが言われたりする。松井を見ていると、そんなことは起きそうもない。イチローの言う通り、彼こそ、その道を走り切って欲しい。

昨日はその松井がエンジェルズに入団してから、古巣のヤンキーズに初めて公式戦の相手チームの選手として登場した。その様子は多分日本でも放送されて多くの人が観たのだろうと思うが、観客は総立ち、打席に入ったときも拍手や喝采が鳴り止まず、相手の投手がピッチャー・ボックスを離れて、松井に観客の声援に応える時間をわざわざ与える位だった。元のチームメートは、まるで優勝したときの勝利投手を囲むように大勢で彼を取り囲み、大歓迎だった。

アメリカではトレードは日本よりもさらに頻繁でシーズン中でも当たり前のことだから、選手が移動して古巣のチームと対戦するのは珍しいことではない。それを温かく迎える以前のチームメート、ファンという光景も珍しいことではないけれど、こんなに凄いのは私は初めて観た。もっとあっさり簡単に終わる。こんなに熱狂的で、こんなに広範で真摯な歓迎というのは記憶に無い。

放送でも、「あの歓待ぶりは凄かった。松井という選手はチームメートにもファンにも本当に愛されていたのだと実感した。あの熱狂には真心が感じられた。」と言っていた。松井も後の感想で「一生忘れられない光景。幸せだった。」と語ったそうだけど、あんな凄い歓迎を受けて彼は本当に幸せ者だと思う。

しかし、彼のその幸せは、彼のその誠実で真摯な生き方が築き上げてきたものなのだとも思う。ただ一流の選手だっただけでは生まれてこないものだ。彼が生きてきた道が間違っていなかったのだなぁと思う。ああいう生き方をして行くことが生み出すものの大きさ、素晴らしさを目のあたりにして、ああいう風に生きて行かなければいけないってことだな~と思い、改めて松井は本当にロール・モデルだと思った。
[PR]

# by bs2005 | 2010-04-15 00:37 | こんな英語表現  

アノネ、、、、(息)

『24 ファイナル・シーズン』を見ている。特に面白いと思っているわけでもないけれど、「ながら」が癖なので、ヒアリングの訓練などという言い訳をしながら、テレビをつけて、いい加減に上の空で見ている。

それで詳しい筋を理解しているわけでもない。今、アメリカが一番恐れていることの一つ、テロリストに核が渡り、それがアメリカ本土に使われるという脅威をそのままファイナル・シーズンの筋にしているということ位しかわかっていない。最後を飾るに相応しいテーマと思っているのだろうか?

シリーズの初めの頃は、テロリストの手に渡りそうなのを何とか食い止めようと必死だったけれど、色々のどんでん返しでついに奪われてしまった。その時に、CIAの責任者が女性大統領に言った言葉。

「テロリストに核が渡ってしまいました。取り返すために最善の努力をしますが、マンハッタンの安全はもう保証できません。」

それを聞いて「オイオイ、何を呑気な」と思う。核が渡ったら、マンハッタンなんて狭い範囲で済まないだろうに。どんなに小さな核兵器だとしても、、。大統領と側近達は、この事態に即して、ニューヨークの市民に動揺を与えてはいけないから緘口令を守るように、なんてことも言っている。核攻撃を受けたらアメリカは経済的にも社会的にも今のアメリカと同じではいられない、なんて言っている。そんなレベルのものか?!

30年以上前にテレビでアメリカが核攻撃されるというSFドラマがあった。その被害と来たら、空爆程度のものだったので呆れたのだけど、30年経っても大して認識は変わっていないようだ。『24』では相変わらず、やたらと緊迫した雰囲気をかもし出しているのだけど、こちらはすっかり白けてしまった。

アノネ、、、、核ってそんなもんじゃないノヨ、、、お願いだからもっと真剣に核の現実を見てヨネ、、、、(息)
[PR]

# by bs2005 | 2010-03-30 13:50 | 日米雑記  

オバマの演説にあって日本の政治家の演説に無いもの

先日、アメリカで揉めに揉め続けた国民皆健康保険法が成立した。まだまだ前途は多難だし、揉め続けているのだけど、ほんの二ヶ月位前は、マスコミも、もう成立は無理だろうと匙を投げていた感がある。

その頃、オバマは「自分はあきらめていないし、成立が無理だとも思っていない」と言って果敢に市民集会などのキャンペーンに動いていたけれど、市民集会も反対勢力が多く押しかけていたし、そう見込みはありそうに見えなかった。八方塞りの感が強かった。

それがここの所、急展開して成立するかもという勢いになってきても、皆最初は、半信半疑。ぎりぎりまで本当に成立するのか?という感じだったけれど、見事にオバマはやってのけた。この法律の中味自体、1000ページ近いもので普通の庶民で本当に内容を熟知している人は殆ど居ないだろう。報道陣や政治家を見ていても、どこまで熟知しているのか怪しいものだ。ちゃんと詳細をかいつまんで説明しようとする人が居ない。成立するかどうかの政争ばかりが扱われて、肝心の中味が具体的に詳細に論じられることが殆ど無い。

だから内容そのものに関してはっきり言ってよく分からない。現在の余りにも多くの人が保険に入れず、病気になっても治療を受けられない状態、自己負担で保険に入ろうとしたら夫婦で月額10万円以上は軽くかかってしまう現実、それが放置されたままで良い筈はないけれど、今度の法が長い眼で見て本当に国民の為になるものかどうかよく分からない。

それでも、あの絶望的な状況からここまで辿りついたオバマの指導力と意志の強さには脱帽した。それで調印の日の報道も初めから終わりまで全部見た。オバマの演説やそれを聞く人々の感動ぶりは、何しろアメリカで初めての国民皆保険という悲願がかなっただけに、すごいものだった。

そしてその時の演説の中で、オバマはここに至るまでの道のりの困難さとそれを支え、前進させて来た人々の健闘ぶりに触れ賞賛すると共にこんな風なことを言った。

私達は困難に立ち向かった時、その困難が大きければ大きいほど、より強い覚悟でそれを乗り越えてきた国民である。ひるまず立ち向かって乗り越えてきた国民である。私達の国の歴史はそういう国の歴史だ。不安や恐れに道を譲ることを断固として拒否してきた国民である。道がどんなに遠く困難でも、それが正しい道であれば、勇気と忍耐と犠牲を惜しまずにやってきた国民である。これが私達の誇るべき伝統である。これがアメリカである。私達の愛するアメリカは常にそういう挑戦を引き受ける国だったし、これからもそうなのだ。

今回の演説の正確な再現ではないけれど、オバマがよく言うこれまでの言い方を交えてまとめるとこんな感じになる。これを聞くと、アメリカ人でない私まで何だか感動して発奮さえしてしまう。オバマの演説が感動的な秘密はこんな所にもあるような気がする。アメリカの大国主義的傲慢さによって犠牲にされてきたような国、敵対してきている国からみたら、「いい気になるのもいい加減にしろ」というような自己陶酔的なものにしか聞こえないだろうとは思っても、やはり高揚してしまう。アメリカ人でなくても、せめてそのような人でありたいと思ってしまう。

翻って日本の政治家からこういうことを聞いた記憶が無い。「壊滅的な敗戦から立ち上がって勤勉さと実直さでひたすら前に向かってきた、驚異的忍耐力と精神性を持った国民である」とか、「世界で唯一の被爆体験の中から立ちあがり、平和憲法の下、世界の平和の先頭を切ってきた国民」とか「律儀さによって世界に貢献してきた国」とか言っても良いところだ。かなりの誇張があったとしても、言うだけなら許されるのではないだろうか。

上記はあまりうまい例ではないけれど、政治的指導者には日本としての独自のよさ、誇りにするべきものを明確に提示しようとする姿勢が欲しい。多少、オバマのように自己陶酔的ないい気なものだって、その目的が果たされるならば構わないのではないか。自分達の国に誇りと夢と希望を与える(特に若い世代に)、そういう意図を明確に持った演説を聞きたいものだ。

安部さんの「美しい国 ニッポン」も志としてはそんな意図があったのかもしれないが、あまりに空疎で説得力が無かった。オバマのように、圧倒的説得力を持ってそんなことの出来る政治家、私達日本人が何者であるかを指し示すことが出来るようなスケールの大きい政治家の出現を私は渇望する。
[PR]

# by bs2005 | 2010-03-28 00:23 | 異論・曲論  

やはり、ミフネは凄かった!

アグネス・チャンや最近の話題の人、鳩山総理が留学したことでも知られるアメリカの超一流大学、スタンフォードのある大学町パロアルトにスタンフォード劇場という古い劇場がある。数年前にStanford Theatre Foundationという非営利団体の運営に代わり、一時改装のため閉鎖したけれど、また再開して古い名画を上映している。

その劇場が2月24日から3月30日まで6週間にわたって、黒澤明特集をやっている。全部で18作品を上映するという入れ込み方だ。

私は黒澤作品は『七人の侍』と『八月の狂詩曲』しか記憶に残っていない。他にも観たのかも知れないが、世界のミフネ、世界のクロサワという評判を実感として感じたことは無かった。そんなに凄いかな~?という感じ。この企画にもそれほど興味は湧かなかったけれど、オットが観たいというので付き合った。

二本立ての内、最初に見たのが『天国と地獄』(1963)(”High and Low”)、二つ目が『生きものの記録』(1955)("I Live in Fear")、一本目と二本目の間にパイプ・オルガンが舞台にせり上がってきて、演奏者は観客に背中を向けた形で数曲演奏する。これもなかなか良い。劇場も私の大好きな映画『ニュー・シネマ・パラダイス』に出てくる古い映画館の懐かしさがある。観終えた観客の多くが心をこめて拍手する。それも気分が良い。

『天国と地獄』は今までの三船やクロサワのイメージも期待も特に裏切るものではなく、まあ、こんなもんでしょうという感じだった。驚いたのは二つ目の方。タイトルさえ知らなかったのだが、三船はこの中で水爆の恐怖に脅え、ゼロからたたき上げて成功に導いた自分の事業をかなぐり捨て、猛反対する子ども達や孫達を巻き込みブラジルに家族一同で逃げようと画策するエキセントリックな老人を演じる。その演技が素晴らしい。顔をゆがめて背中を丸めて歩くいかにも頑迷そうな老人が三船だとはしばらく気づかなかった位だ。もの凄い存在感がある。

これでハマッテしまって、次の週も見に行った。今回は『悪い奴ほどよく眠る』(1960)("The Bad Sleep Well")と『蜘蛛巣(くものす)城』(1957)("Throne of Blood")。前回と同じく、一本目はイメージも期待も裏切らなかったけれど、二本目の『蜘蛛巣城』(原作『マクベス』)で三船が見せた権力を奪い取ってから正気を失っていく主人公の演技が『生きものの記録』同様、素晴らしい。深みと厚みがある。迫力満点。

今まで三船は堂々として豪放でかっこいい主人公を演じる面しか知らなかった。(上記のウィキペディアによると実物の三船は豪放でそちらの方に近いようだが、、。)この映画祭で、三船の演技の幅の広さと厚さ、リアリティ、存在感の全てに感動した。やはりミフネは凄い!世界のミフネという評価は正しかった。黒澤の力無くしては彼の名演技も生まれなかったのだろうけど、黒澤よりもミフネに感動した黒澤映画祭だった。

今週の前半は『影武者』(Kagemusha)と『椿三十郎』(Sanjuro)の二本、後半は『白痴』("The Idiot")と 『どん底』("The Lower Depths")の二本を上演予定。左ト全と三船との絡みが面白いという『どん底』での三船の演技にとても興味があってそそられている。三週連続の二本立てはこの年ではこたえるのだけど、、。^^;
[PR]

# by bs2005 | 2010-03-23 08:04 | 賛辞のあなた  

人を救うもの

rip-offで書いたように、車のディーラーやガソリンスタンドのぼったくりに散々カモにされてきた私だが、loaner(無料貸与車)で書いたガソリン・スタンドは全然違った。今どき、修理の間に車を無料貸与してくれるところなんて珍しい。そういう好意を見せてくれるところはやはり他とは違った。

その時貸してくれた車は大分埃だらけになっていて、前が見にくい位だったので、フロントグラスを洗うついでに車全体を洗って返した。洗っただけで、既に色があせているような車だったのでワックスを塗るところまではしていない。それだけのことなのに、そのガソリンスタンドのオーナーは感激してくれて、そこから良い関係が始まった。

ちょっと具合が悪かったり、不安があったりすると大丈夫かと相談に行く。何かの液が足りていないような時は、無料で足してくれたり、長距離のドライブに出かけるというと無料で簡単なチェックをしてくれたり、、、そんなことが度々。

今日も電気系統がおかしかったので寄った。置いていけば今日中に直しておくというので置いて行った。家から歩いて帰れる距離なので車が無くても過ごせる時は、私もロ-ナーを借りないで家まで歩いて帰るようにしている。

今日中と言っていたけど2時間もしない内に「出来た」と電話がかかってきたので、ジンジャーの散歩を兼ねて歩いて取りに行った。いくつかの部品を換えたけれど高額のものははないから、私が修理代を決めてくれればそれでよいという。それでは困るというと、「1時間以内の労働だから普通は120ドル(最低限)の労賃+部品だけど、他ならぬあなただから今日は部品も込みで50ドルにしよう」と言ってくれて、それで話がまとまる。

こちらでは、ぼったくりが当たり前のような車の業界、トヨタが最近槍玉に挙げられたけれど、大体、他も似たようなものという認識が普通だ。隙あればお客からお金を搾り取ろうとしている、そんな感じ。そんな中で、こういう関係を持てているということは何だか奇跡のようだ。

最近、めげることが続いていたので、こんな好意がやけに嬉しく、かさついた心が救われた気がした。70ドル+部品代のディスカウントが、私にとってどんなに大きなものだったか彼には思いも及ばないだろう。金額の問題ではない。そこにそんな人と人との関係があることが嬉しかった。改めて人を救うものは絆、と実感しながら家に戻った。
[PR]

# by bs2005 | 2010-03-23 06:18 |  

瑞々しく軽やかな先輩たち

一ヶ月以上前になってしまいましたが、私のやや愚痴交じりの「伸び盛り」という記事に、『七十代万歳!』というブログをお持ちのヒサコさんから、こんなコメントを頂きました。

  伸びようとすれば、その時が伸び盛りでしょう。
  私は75歳半で「語り」を始めましたが、これぞ天職でしたね。”
  水を得た魚”状態です。生まれて初めて、ピタッと来るものに出会って精進しています。
  だから私も伸び盛り!!


私は60代に突入し、自分の記憶力・集中力の著しい低下は言うに及ばず、色々な面での老化に直面して、やれやれと思うことの多い昨今でしたが、75歳半で天職に巡り合うという言葉に新鮮な感激を覚えました。70代後半で「水を得た魚」、何て瑞々しい言葉でしょうか。75歳半と言えば、まだ15年も先、そんな先にそんな感覚に出会える可能性があると思うだけで、何だか勇気付けられ、慰められました。

この記事にはムイさんも「ははは 私もそう思っている能天気です」という軽やかなコメントも頂きました。ムイさんは私より少し年長らしいのですが、正確なところは知りません。いずれにしても、自分より年長の方々の瑞々しさ、軽やかさを見せて頂くと、自分も老け込んでいられないという気になります。

先輩!今後とも、これからやって来る日々に夢を与え続けてくださいね♪
[PR]

# by bs2005 | 2010-03-22 12:06 |  

米公聴会への危惧

日本での公聴会に対する報道、発言などを聞いていると深い危惧を抱かずにいられない。そもそも、アメリカの公聴会の怖さというものがトヨタを初め、多くの人が分かっていないように思う。日本の議会におけるふやけた公聴会の延長線上で考えているのではないだろうか。’

アメリカの公聴会だって議員はスタンドプレーを目指し、自分を売り込むチャンスとして利用する野心は充分にある。自分の選挙区への利益誘導の下心もある。それでも公正性に関してはかなり厳密に守られている。個々の議員の思惑は何であれ、公聴会は全体としてはそれを超えた重みを持つ。

米政府は今やGMなどの株主だからトヨタ叩きをしているなどという発言は、公聴会というものに対してそもそも誤解していると思う。アメリカの中のごく一部のそういう発言を引用しているけれど、そういう発言をしている人々は元々民主政権のすることには何でもけちをつけようという非常に偏った人々で、誰もがそれを理解している。この公聴会がトヨタ叩きの為にされていると本気で思っている人は居ないだろう。トヨタに壊滅的な打撃を与えることにひそかに快哉を叫んでいる人々が一部に居ることは否めないだろうが、そういう被害者意識でいる限り、今日の公聴会はトヨタにとって悲惨な結果になるだろう。

昨日の公聴会に関して「批判が前面に出ていてショックを受けた」というトヨタの社内の反応も報道されていたけれど、その反応自体にこちらが驚いてしまう。そもそもアメリカの公聴会というのは、問題があると認められた個人や団体を追求する場である。ご意見を拝聴する場ではない。批判が前面に出る場である。認識が甘すぎる。何だと思っていたのだろうか。GMやアメリカの金融機関の公聴会だって、あれ以上に厳しいものだった。

また日本の報道の中で、証言した女性が「安全性の問題をトヨタに訴えたのに取り合ってもらえなかったと涙ながらに語った」という報道がされている。彼女は取り合ってもらえなかったことを泣いたのではない。アクセルを踏んでいないのにもかかわらず、ブレーキを踏んでも、ギアをニュートラルにしても、バックにしても、サイドブレーキを踏んでも、エンジンを止めても、160キロのスピードが落ちない状態に陥ったとき、彼女は完全に死を覚悟した。そのときに最後にご主人の声をもう一度聞きたいと思ったと言う。その生々しい瞬間を思い出して声を詰まらせ泣いたのである。

取り合ってもらえなかったから泣いたのと、その時の死を覚悟した絶望的な気持ちを思い出して泣くのは次元が違う。こういう深刻な状況に追い込まれた消費者の苦情を取り合わなかったことは大いに問題であるけれど、そもそもこういう消費者の気持ちに寄り添った経営でないのでは?ということが問題にされている。こういう巧妙なすり替え報道の仕方は、報道関係者も今回の問題の本質、深刻さが分かっていないように思う。

公聴会はまさにこういう消費者の心情に立ち、痛みに寄り添って行われているものだ。議員にとっては厳しい追及の姿勢を見せることで、それを有権者にどれだけアピールできるかの腕の見せ所でもある。これに対抗するには、こちらも空疎な言葉や綺麗事ではなく、消費者本位の姿勢の真実を厳密に証明してみせなければならない。これが分かっていないかぎり、今日の公聴会はトヨタにとって壊滅的なものになるだろう。

国際的企業として成長してきた筈のトヨタが、どこまで企業としての国際的普遍的基準を守れていたか、その国際性が問われているときに、公聴会を現地の社長任せにして乗り切ろうとし、その国際性の欠如をさらしてしまったトヨタおよび日本の報道、私は危惧せずにいられない。
[PR]

# by bs2005 | 2010-02-25 01:09 | 異論・曲論  

伸び盛り

自分の欠点、限界、甘さ、そういうものにつくづくと向き合わされる。課題は多いな~、成長しなければならない地点ははるかずっと上だ。遠い、遠い上の方、やれやれ、、。そんなことを漠然と感じていた。

そしたら、ふと何処からとも無くこんな声が聞こえてきた。「成長の余地がそれだけあるってことは、それだけ伸び盛りってことかも?」

「そうだ、今、伸び盛りなんだ、私は。」そう思ったら何だか楽しくなってきたので、勝手にそう思うことにした。いくつになっても伸び盛りがあっていいじゃないか!一生、伸び盛り♪ ^^;
[PR]

# by bs2005 | 2010-02-05 06:37 | 日々是口実  

chemo company

先日の記事で書いた三度目の癌にかかりながら、驚異的強さと明るさで前向きに乗り越えようとしているアメリカ人の友人が、友人達に呼びかけのメールを送った。

そのタイトルがchemo company, chemo は抗がん治療のこと、 companyは仲間とか同伴する友人とかいう意味になる。抗がん治療は苛酷で送迎が必要な場合もあると聞いていたので、送迎メンバーを募っているのかと思ったら全然違った。

抗がん治療最中の話し相手になって欲しい。一時間に三人までを限度に、シフトを組んで病院に来てくれるボランティアを募るというものだった。幸い、病院は家のすぐ近くでもある。彼女の果敢な姿勢には感動もしていたから行くことにした。昨日がその初日。

癌は両親とも罹り、兄弟もかかっている。再発のケースもあったがいずれも幸い癌で死ぬことはなかったし、手術後の抗がん治療は無用な癌だった。友人には何人か居るが、実際にそういうものに立ち会ったことがない。どうなるのか少し不安だった。

病院に着いたらますます不安になった。父は透析患者だったので、何度も透析には付き合っている。その姿が思い出されて切なくなった。チューブにつながれている彼女を見たら、亡くなった父の姿と重なって動揺しそうだ。

しかし、その心配は無用だった。彼女の治療の席に着いたら、彼女は相変わらず明るくにこやかで、もう一人の先客と楽しく語らっている。私もその会話に加わった。癌とは無縁な会話だが、色々のことに及んで興味深い。テニスの話、仕事の話、家族の話、旅行した世界中の土地の話、日本の話等々と話題は尽きない。

後からもう一人来た。その人はジャマイカ出身の中国人で、彼女がアメリカのボストンに初めて来た1960年代初めの差別のひどさの話、最初の一人が帰って交代に来た友人は、最近、きのこ同好会のようなものに入会し、そのフェスティバルでの話を面白おかしく話す。

仕事の時間が迫っていることも忘れて私は長居してしまった。まだまだ居たい楽しい意義深い時間だった。こうやって癌と闘っている友人の聡明さ、こうして寄り添うアメリカ人のボランティア精神のさりげない見事さを改めて思った。彼女なら、もう一度奇跡を起こせるかもしれない。そんなことを強く思いながら病院を後にした。
[PR]

# by bs2005 | 2010-01-30 01:57 | こんな英語表現  

そういうことよね

「もうイヤ!」って思ったときが頑張り時なんだろうね。

頑張ろうね、わたし。
[PR]

# by bs2005 | 2010-01-28 00:55 | 私の自戒録  

飼う関係

ジンジャーがこの頃、ちょっと態度が大きい。自分の思うようにならないとエラソ~に「ワン!」と言う。何だかエバッテいるな~と思って、ジンジャーにこう言ってみた。

「あなたね~、少し勘違いしていない?あなたは世界の中心でも、この家の中心でもないのよ。このうちで一番エライわけでもないの。飼われている身なの。飼い犬なんだからね~。」と。

ジンジャーは「え?!」という顔をした。思うに、彼女は自分がオットと私を飼っていると思っていたのかもしれない。
[PR]

# by bs2005 | 2010-01-19 17:05 | 哀犬物語  

Life goes on.

Life goes on. (何があっても)人生は続く、というような意味。

今夜、長い付き合いの友人の60歳の誕生日パーティに出かけた。レストランを借り切って百人以上居ただろうか。親戚が中心だけど友だちも沢山居た。私の知っている人も沢山出席していた。まるで結婚式みたいと同席の友人が言った位、盛大な宴だった。

主役の女性は、いつも穏やかで不機嫌な顔を見たことがない。ゆったりと微笑み、ユーモアもあり、親切で控えめ、忍耐強い。日系アメリカ人なのだけれど、昔の日本人の良いところを今のどの日本人よりも守り続けている感じがする人だ。彼女を見ていると、私自身はハズレ者の日本人なのに日本人の血を誇りに思ってしまう。そんな人だ。

宴たけなわの中、彼女の息子さんが代表で、彼女への愛情深い感謝の言葉を述べ、彼女が生まれたときから今までの人生を写真で紹介した。どの写真からも、彼女の愛情深さが伝わり、家族を大事にして慈しんできた私の知る彼女らしい姿を伝えていた。とても心打たれる紹介だった。

終わった後、同席していた同じく長い付き合いの友人が、写真で出てきた彼女の子どもさんの内、一番上の子ども、長男が居ないわけを知っているかと訊いてきた。子どもさんのこと、お孫さんのこともよく話す彼女だけど、長男の名前に聞き覚えが無かった。そしてその友人は意外な話をしてくれた。

長男はドラッグにはまり、数年前に勘当されたのだという。そして、その長男は、彼女の最愛の母親が亡くなって僅か2年後に亡くなってしまったのだという。彼女のお母さんの盛大なお葬式には参列したのだが、それすらごく最近のことのように思うのに、、。この長男の葬式はごく内輪で行われ、この事はごく親しい友人しか知らないのだそうだ。

写真の中で初めての子どもを抱く若き日の彼女は、文字通り眼に入れても痛くないように見えた。そんな彼女がその息子さんと絶縁するには、相当の覚悟と哀しみがあったことだろう。その彼の再起を見ることもなく訪れた永遠の別れ。でも、私は気づきもしなかった。彼女はいつもにこやかに周りを温かくしていた。

パーティの初めに、二度目の癌からほんの一年ほど前に奇跡的に生還した友人に会った。抗癌剤ですっかり毛を失ったあとに元々はストレートな髪が不思議なことにクルクルのカーリーな髪になり、そのアフロヘアがどこまで大きくなるか見届けるのだと言っていたのに、ばっさり切って見慣れたベリーショートの髪にしている。

「いつ気が変わったの?」と気軽に尋ねたら、にこにこと元気一杯の顔で、「あ、まだ聞いてなかった?また癌が戻ってきてしまって、抗がん治療をまた受けているので抜けているのよ。」という。抜け始めたばかりのようだ。ショックを受けて思わず暗い顔になったら、「私は大丈夫。今度だって切り抜けてみせるから」と高らかに笑っている。少しも無理している感じではない。本人がそう言っている以上、こちらも悲しそうな顔をするべきでないと慌てて笑顔を作った。

パーティの最後の方でダンスが始まり、誕生日の友人は、子ども、孫、ご主人などに囲まれながら、幸せそうに踊っている。その輪に癌が再発した友人も楽しそうに加わった。二人とも、一点の陰りも感じさせない。あたかも彼女達の人生にはただの一度も辛いことも悲しいことも起きなかったようだ。

私は彼女達のこの姿を眼に焼き付けておきたいと思った。そうしたら、何だか急に涙が出そうになって、悲しい顔を見せまいと思っていたのに焦った。そして帰りかけた人々の輪に加わって、私もそっと会場を後にした。

彼女たちだけでなく、その場に居た他の何人かの友人達も、それぞれに決して簡単ではない事情を抱えながら、前を向いて生きてきていることを知っている。Life goes on. きっと彼女達はこの言葉を心に刻み込んで前に進んできたのだろう。これからも、、。最近、些細なことが積み重なり、色々と鬱屈したものもあった私のちっぽけさを反省させれられた一夜だった。

Life goes on. 私もこの言葉を噛み締めて生きて行きたい。色々なことがあっても、人生の一瞬一瞬を慈しみ、笑顔で今を生きている彼女達の姿を胸に刻み込みたい、忘れたくない、心からそう思った。
[PR]

# by bs2005 | 2010-01-18 14:24 | こんな日本語表現  

永ちゃんの言葉

98年の正月に友人と側近に裏切られ、オーストラリアのゴールドコーストを舞台にした詐欺事件に巻き込まれ、35億の負債を負った永ちゃんこと矢沢栄吉。それまで「銭こそが正義、銭さえあれば正義も悪魔も全部買える」と豪語していた彼、自分が昔よくお金のことを言っていたのは、憧れがあったという。父を亡くし、母に去られるという幼少時代は、それとかけ離れたものだったからとも。

詐欺事件にあったときは、身がよじれるような憤りで、髪の毛も抜け、過呼吸の手前位まで行き、恨みの極限に居たという。そのどん底から奥さんの「あなたは裸の王様そのものよ。過去がどうとか言うのはもう十分じゃない。それをハングリー精神にして、ここまで来たんだし。全部許してあげて。それが自分の為だから。」という言葉で、少しずつ立ち直り、6~7年で35億という負債を完済した。そして今、彼はこう言う。

あの事件のおかげで今の自分があると思います。本当は金が欲しかったわけじゃないってことも分かったのよ。幸せとは何ぞや。謎が解けたんですよ。俺には音楽がある。俺にはコレがあると思えることが(すなわち)幸せなんですよ。」

人は、お金でしか解決しない悩みだからこそ解決できずに悩んだり、お金では解決しないからこそ解決できずに悩んだり、の狭間で、四苦八苦して生き、自分には「コレ」だという確信が訪れるのだろうか。「自分はコレ」と言い切れる人に微かな嫉妬を感じつつ、、、。



日経新聞 『YAZAWA 60 矢沢栄吉 (5)』 (2009年12月20日)より
[PR]

# by bs2005 | 2010-01-14 11:37 | 忙中閑の果実  

Small changes make a big difference.

年が明けて、初めてアメリカ人達のグループでテニスをした。テニスの合間の雑談に新年のresolution(決意、誓い)をしたかという話になった。大体、皆私とそう変わらない年で新年を迎えた回数も膨大になる。今更、そういうフレッシュな誓いを立てようという殊勝な人は居なかったようだった。

それでも一人が、テレビで良い言葉を聞いたという。それがタイトルの言葉。そう目新しい言葉でもない。日本語でも似たような表現で「ちりも積もれば山となる」とか「小さなことからコツコツと」というのがある。特別に衝撃を受ける言葉でもない。でも、誰もそうは言わなかったけれど、それで行こうかな~という雰囲気が漂った。

この年まで生きてくると身に染み込み過ぎて、おいそれと簡単には変えられないことばかり。それでも小さく変えることなら挑戦できそうだ。そして、小さい変化でもずっと続けていけば結構な変化を生み出せるのなら、やってみる価値はありそうだ。もうちょっと頑張ってみようか。皆、そんな思いだったのではないだろうか。

さて、問題は、どこから手をつけるか?それを考えている間にあっという間にまた新しい年になりそうだ。子どもの頃、新年早々来年のことをいうと、「鬼に笑われるよ」と言われたものだった。最近の一年はあっという間に経ってしまうので、鬼も笑わずに「年取ると一年は短いからね~」と同情してくれている気がする。

そうだ!小さい変化を具体的に何にするかを来年までに決める、これを新年の誓いにしよう!
[PR]

# by bs2005 | 2010-01-11 04:32 | こんな英語表現