人災であることの証拠

既出記事の中で、この原発事故が人災である根拠の一つに当初のアメリカ政府の申し出を断ったことを挙げましたが、それについて読売がその実態を暴露する記事を出しています。読むとその内実のひどさに怒りで身が震える思いです。

枝野さんは巧みに、「内閣は関知していない」と断ったことをごまかす言い方をしていますが、正式に依頼したのがあんなに後であることから考えても、初めの申し出に即対応しなかったことは明白で、もう日本の政府や東電の説明を聞く気にもなれません。原発事故の問題が出て間も無く、アメリカのラジオ放送では「駐米大使フジサキが」と発言を引用して断ったことを報道しています。

映像も情報もCNNの方がはるかに詳しく具体的です。NHKでは全然見ない映像、情報も沢山出しています。一体、日本の報道陣は何をしてきたのでしょうか。読売も、もっと早くこういう事実を出し政府に抗議するべきでした。今、CNNでは盛んに日本の情報のあまりの不透明さ・不正確さと、誰が一番トップの責任者として判断を下し、動いているのかすら見えてこない事を強く批判しています。

そもそも事故の最初の段階での認識が甘すぎました。自分達で安全神話を信じ込んでいたのでしょうか。初めから廃炉にしていれば、ここまでの危機状況になっていなかったかもしれない。海水投入を行った今、どのみち今は廃炉しか道はないとアメリカでは報道されています。

今、「天災なのだから東電を責めるな」「人災などと非難するのはとんでもない。最前線で犠牲的に闘っている人々を応援すべきだ」という論議のすりかえが行われているようです。

私が批判しているのは最前線で戦っている人々ではありません。40年も前に建てられた原発の最悪の場合を想定した訓練が東電(東電だけでなく原子力業界全体の問題です。どこに起きても同じだったでしょうから)でも、政府(今の菅政権だけではありません。今までの全ての政権です)でも、これまで何十年も時間が与えられながら為されてこなかったことです。危険きわまりない原発の安全性を守るシステムの構築があまりにも不十分なものであったことです。

批判しているのは、最悪の事態に備えたシステムを構築してこなかったトップに居た人々です。その力を持っていた人々です。戦争と同じく、現場の人間はこういう(自分達は安全なところに居る)トップの代わりに、充分な武器も持たずに闘わされているのですから、最大の被害者は正に、今、前線で闘っている人々です。

愛社精神、愛国精神を鼓舞されて自ら応募する犠牲的精神、崇高な精神を持った人々は、こういう最悪の事態に充分な訓練を受けているとは思えません。

想定外の事態などと言いますが、未曾有の津波はともかく、原発事故としてはチェルノブイリ事故があります。あのレベルの最悪の事態に対して、どれだけの訓練をしてきたのか。机上論とマニュアル作り以上の実際の訓練をどれだけしてきたのか?とても充分してきたとは思えません。

どうしてそう言えるのかと言えば、東電がこういう人々を募集したというその事実そのものが証明しています。日頃から最悪の事態に備えた訓練を積み重ね、エキスパートの部隊を育てていれば、募集などしている暇に全国から召集して、すぐ送り込めた筈です。

こういうエキスパートの育成・組織化は、会社の枠を超え原子力業界全体が一緒にやってくるべきことだったのです。やってきていないのは、今、東電だけが必死になっていることでも証明されています。業界全体でやってきていれば今頃他の電力会社からも、とっくにエキスパート部隊を送り込めている筈です。高見の見物とは何ということでしょう!

最悪の状況に対する充分な訓練も受けずに、今、命がけで現場にいる人々の犠牲的精神は、感謝してもしきれませんが、そのことと原子力業界と政治家の怠慢を批判することとは全く別の次元のことです。崇高な彼らの為にこそ、私達は原子力業界と政治家の傲慢と怠慢が引き起こした人災であることから目をそむけてはならないのだと思います。

天災だからという言い訳は通用しないと思います。原発を作る時に、どのような天災に対しても安全であると大見得を切り、住民達を説得してきた以上、安全設計、日常の安全運営は勿論ですが、それ以上に天災時、最悪の状況にも安全を守るシステムを作り上げる義務はあった筈です。「想定外でした」では済まされないし、実践的訓練、エキスパートを育ててこなかったことはその責任を放棄していたと言われても仕方ないと思います。

政治家もこういう状態の時に、素早く効率的にどう動くか具体的に検討してきたのでしょうか?アメリカやIAEAの応援を正式に要請するのに何日もかかり、東電と政府の合同委員会の立ち上げもそれ以上に遅れた有様を見ていると、政権交代にうつつを抜かし、超党派でやっておかなければならなかった事は全く何十年もやって来なかったのだと思います。

何もかも後手後手の姿は、実践的に最悪の状況に備えるということをあらゆる手を尽くしてやってこなかったことの証明であり、ここまで深刻な事態を引き起こしてしまったのは人災といわれても仕方のない重い事実だと思います。

被災地以外同士のメール、携帯も被災地の連絡の妨害になるそうですね。ネットで書くこともそうではないかと出来るだけ記事を控えようとしているのですが、我慢しきれませんでした。ぜめて、当分、コメント、TBは閉じますので悪しからず。
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# by bs2005 | 2011-03-18 10:39  

ベイエリア在住の方々へ

遠くで祖国のこの悲惨な状態をただ見ているしかないのは本当に辛いことですね。

そして日本の政府やマスコミが報道していることと、外国の報道にはかなりの隔たりがあり、初めは渦中の日本の方がより正確なのだろうと思っていましたが、経過を見ていると日に日に、日本の報道、政府発表の方が信じられなくなってきていることも辛いことです。

CNNでは今日は「Keep them honest」というタイトルの報道すらやっています。日本の専門家と日本に到着したアメリカの専門家の意見もかなり違うようです。それを全然追及できないか、全く中途半端にしか出来ない日本の報道の無力さにも、苛立ちを覚えておられるのではないでしょうか。記者会見にはその局のトップの知識を持った人間を派遣する位の知恵を働かせてもらいたいものです。

でも、どんな辛さももどかしさも、今惨事の真っ只中におられる方々の苦労には遠く及ばないのは言うまでもないことです。被害地ではない同士の間でのメール、携帯ですらも、携帯やメールの扱える量が限られている今は、励ましメールも安否確認メールも被災地の連絡の妨害になってしまうとあさイチでやっていました。

今出来ることは寄付位しか無いようです。はなはだ心もとないですが、やれることを少しでもやると気持ちは少しだけでも和らぐものです。本当に本当にちょっとの和らぎですが、無いよりましでしょう。

Red Cross (赤十字) が、アメリカ在住の方にとっての一般的な寄付先だと思いますが、他のこういう団体同様、寄付した全額が被害者に回るわけではありません。組織の運営費に回るお金も無視できません。赤十字はその比率が寄付金の中で占めるのは少ないですが。また遠く日本の寄付先に送金するのも送金手続き費にばかにならない金額がかかってしまいます。

そこで税金対策の領収書は発行してもらえませんが、今、こちらに居る日本人でそんなことを気にする人はおられないと信じます。出来るだけ全額が日本の被災者に届くことを一番に願っておられるだろうと思います。

そういう方の為に以下に寄付送付先をお伝えします。サンフランシスコの領事館に送る方法があります。ベイエリアでない方もこちらで構いませんが、お近くの大使館、領事館があれば問い合わせてみてください。

1.小切手宛先 Consulate General of Japan

  Consulate General of Japan in San Francisco
  (Atten: Japan Earthquake Relief Fund)

  50 Fremont Street, Suite 2300, San Francisco, CA 94105

2.オンラインバンキング(Union Bank)

  口座名 Consulate General of Japan
 口座番号 1040037760
   ABA番号:122000496
   支店住所:1675 Post Street, San Francisco, CA94115-3699
   電話番号:1-800-2384486

追記:領事館は日本赤十字に送金するそうですが、これは義援金なので全額被災者に送られるそうです。支援金は違うそうです。
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# by bs2005 | 2011-03-18 07:32  

嬉しい記事ーSympathy for Japan, and Admiration

ニューヨークタイムズ東京支局長だった人が書いている記事です。これだけの長い文を短時間で翻訳する力が無いので、英文のままです。すみません。

Nicholas D. Kristof - A New York Times Blog
March 11, 2011, 10:33 am


Sympathy for Japan, and Admiration


By NICHOLAS KRISTOF

Our hearts are all with the Japanese today, after the terrible earthquake there – the worst ever recorded in Japan. But, having covered the 1995 Kobe earthquake (which killed more than 6,000 people and left 300,000 homeless) when I lived in Japan as Tokyo bureau chief for The New York Times, I have to add: Watch Japan in the coming days and weeks, and I bet we can also learn some lessons.

It’s not that Japan’s government handles earthquakes particularly well. The government utterly mismanaged the rescue efforts after the 1995 quake, and its regulatory apparatus disgraced itself by impounding Tylenol and search dogs sent by other countries. In those first few frantic days, when people were still alive under the rubble, some died unnecessarily because of the government’s incompetence.

But the Japanese people themselves were truly noble in their perseverance and stoicism and orderliness. There’s a common Japanese word, “gaman,” that doesn’t really have an English equivalent, but is something like “toughing it out.” And that’s what the people of Kobe did, with a courage, unity and common purpose that left me awed.

Japan’s orderliness and civility often impressed me during my years living in Japan, but never more so than after the Kobe quake. Pretty much the entire port of Kobe was destroyed, with shop windows broken all across the city. I looked all over for a case of looting, or violent jostling over rescue supplies. Finally, I was delighted to find a store owner who told me that he’d been robbed by two men. Somewhat melodramatically, I asked him something like: And were you surprised that fellow Japanese would take advantage of a natural disaster and turn to crime? He looked surprised and responded, as I recall: Who said anything about Japanese. They were foreigners.

Japan has an underclass, the burakumin, and also treats ethnic Koreans with disdain. But compared to other countries, Japan has little extreme poverty and a greater sense of common purpose. The middle class is unusually broad, and corporate tycoons traditionally were embarrassed to be seen as being paid too much. That sense of common purpose is part of the country’s social fabric, and it is especially visible after a natural disaster or crisis.

I don’t want to overdo that. Japan’s civility masks problems with bullying from schools to the work place, gangs like the yakuza rake in profits from illegal activity, and politicians and construction tycoons exchanging favors so as to loot the taxpayer. But it was striking in the aftermath of the Kobe earthquake to see even the yakuza set up counters to give away supplies to earthquake survivors. And Japan’s social fabric never tore. Barely even creased.

This stoicism is built into the Japanese language. People always say “shikata ga nai” – it can’t be helped. And one of the most common things to say to someone else is “ganbatte kudasai” – tough it out, be strong. Natural disasters are seen as part of Japan’s “unmei,” or fate – a term that is written by combining the characters for movement and life. I remember reading an ancient account, I believe from 16th century Jesuit visitors, of an earthquake devastating a village, and then within hours the peasants began rebuilding their homes.

Uncomplaining, collective resilience is steeped into the Japanese soul. We sent our eldest son to Japanese school briefly, and I’ll never forget seeing all the little kids having to go to school in shorts even in the dead of winter. The idea was that it built character. I thought it just gave kids colds. But it was one more effort to instill “gaman.” And it’s “gaman” that helped Japan recovered from World War II and tolerated the “lost decade” after the bubble economy burst in about 1990. Indeed, it might be better if Japanese complained a bit more – perhaps then their politicians would be more responsive.

One factor may also have to do with our relationship with nature. Americans see themselves as in confrontation with nature, taming it. In contrast, the Japanese conception is that humans are simply one part of nature, riding its tides — including many, many earthquakes throughout history. The Kanto earthquake of 1923 killed more than 100,000 people. The Japanese word for nature, shizen, is a modern one, dating back only a bit more than 100 years, because traditionally there was no need to express the concept. In an essay in the Times after the Kobe quake, I made some of these same points and ended with a 17th century haiku from one of Japan’s greatest poets, Basho:

The vicissitudes of life.
Sad, to become finally
A bamboo shoot.

I find something noble and courageous in Japan’s resilience and perseverance, and it will be on display in the coming days. This will also be a time when the tight knit of Japan’s social fabric, its toughness and resilience, shine through. And my hunch is that the Japanese will, by and large, work together — something of a contrast to the polarization and bickering and dog-eat-dog model of politics now on display from Wisconsin to Washington. So maybe we can learn just a little bit from Japan. In short, our hearts go out to Japan, and we extend our deepest sympathy for the tragic quake. But also, our deepest admiration.

類似記事(日本文)
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# by bs2005 | 2011-03-16 07:53  

津波は天災でも原発事故は天災ではない

元々、私は反原発の立場なので、原発の事故はそれが天災によって引き起こされたものであろうと、そもそも作ったこと自体が人災だと思っている。しかし、今回の場合はどの立場から言っても明白な人災に見える。

一つは、テレビで専門家が明言していたけれど、東電の対応があまりにもお粗末だということ。第一次の空炊き状態は海水を入れていたポンプの燃料だか電池だったかが切れた為だというが、それは元々4時間しか持たないものだから、まめに取り替えていなければならなかったのだとか。

この専門家は、東電はこういう事態に対してのマニュアルは作ってあったかもしれないが、その他の色々の点から見ても、訓練はまともにやっていなかったのではないかという。その通りだとしか思えない。でなければお粗末すぎる。

二つ目は、何と昨日やっと、IAEAの専門家に応援の依頼をしているという。初めから向こうは申し出ていたというのに。アメリカ政府も同じく申し出ていた。スリーマイルの経験を持つ国だ。その後の研究も進んでいただろう。そういう国の申し出を政府高官は「わが国は独力で対処できる」と断ったと聞く。

こういう時は、即応援を求めて可能な限りの知恵を集めるべきではないのか。経験のある国、IAEAのようにそういう知識を集めて持っているであろう組織の力を最初から求めるべきだったのではないのか。三人寄れば文殊の知恵という。手に入る知恵はあらゆる手を尽くして求めるべきだったのではないだろうか。あまりに傲慢すぎる。今更求めたって向こうだってもう手の打ちようがないのではないのか。

こういう基本的な手落ちが起きるというのは、こんなにも危険な原発を導入し、55個も日本中に作りながら、政治家も超党派でこういう事態を想定した訓練をしてこなかったからだろう。

「安全である」と言えば、それで安全になるとでも思っていたのだろうか。こんな危険なものを安全にする為の努力は徹底してされているべきだったのに、そういう努力が200%為されても足りない位なのに、100%にだってはるかに届かない感じがする。誰から見たって今回の事故は人災と認めざるを得ないのではないだろうか。

初めに緊急事態の連絡があって以来、私はメルトダウンが心配で心配でたまらず、家に居られる時間はずっと日本のニュースに釘付けになっている。幸か不幸かCNNもテレビジャパンも24時間やっているので、夜もおちおち眠れず、頻繁に起きてチェックしては、「だから言ったじゃないの~!原発なんか作るなって!」と、寝不足でよれよれになりながら吼えまくっている。

私がいくら言ったって今までだって全く無力で、今頃言ったって状況は同じなのだから仕方ないのだけど、口走らずにいられない。

廃棄物の処理もまだ答が出ていない、今回の地震のような天災にどこまで対処できるか不明である、ミサイルなどを使用したテロ攻撃にあったらひとたまりもない。原発が安全などというのは全くのまやかしでしかない。

どんなにエネルギーが不足しようと、「原発は絶対に使ってはならない禁じ手」という認識を持って、今まで原発の開発に賭けた人的金銭的資源を代替資源の開発に注いでいたら、また本格的節電に取り組み、生活のありかたそのものをとらえ直してきていたら、今日のような事態はそもそも起こらなかった筈である。

もっともっと不便な世の中だったかもしれない、遅々とした歩みだったかもしれない。でも、こういう世の中になっていきなり節電などという不便さに比べたら、もっともっと穏やかな不便さで済んだかもしれない。今回の事故からの回復は、その倍の経費と時間が掛かるかもしれない。「急がば回れ」は正しい。安易な原発ではなく、安全なエネルギーの開発とその開発の度合いに見合った生活様式を選ぶ、という「狭き門」を選ぶべきだったのだと思う。

エコ、温暖化の中での救世主のように原発を扱うのも大間違いだ。餃子さえまともに安全に作れないような国に、原発を多数売って会社が儲かれば済むものではない。こういうことが起こらない保証はどこにもない。

今回の事故は、あらゆるレベルでの傲慢が引き起こした人災である。既に天災で打ちのめされている人々は天災、人災、二重の被災者である。気の毒でたまらない。

参考記事
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# by bs2005 | 2011-03-15 07:50 | 異論・曲論  

In the most diginified and civilized manner

dignified
  (人の態度などが困難に直面しても冷静で)堂々とした、威厳のある、凛としている

civilized 文明度の高い、礼儀正しい、品のある、教養ある

manner  あり方、やり方

今回の大地震と大津波の想像を絶する状況は、世界に広く伝えられている。CNNは勿論、アメリカの三大ネットワークでも盛んに取り上げられている。そういう中で、被災者のありかたを大いなる感嘆と敬意を以ってこのように表現していることが多い。

忍耐強く、お互いに助け合って、我先にと人を押しのけたりもしない。商品が散らばってしまった店ではお客が棚に戻すのを手伝っていたりする、それどころか、その後ではその商品を長い列にきちんと並んで買う姿、、等々。日本人にとっては当たり前のようなことかもしれないが、これは世界の人々にとっては驚きなのである。

アメリカでもそうだが、こういう無秩序の状態になったとき、他の国であっという間に始まるのは略奪であり、暴動であり、レイプであり、、、我先にという行動が珍しくない。そういうことが一切、ただの一つもこの悲惨な日本では起きていない、、、。

日本人はごく自然なコミュニティ意識を持って、この無秩序の悲惨きわまりない中で、秩序立って冷静に助け合って生きている。そのことに世界は「何という人々か!」と感嘆している。

今、この胸のつぶれるような状況の中で、日本人は世界に対して面目を躍如し、土壇場に追い込まれた時の日本人の品格の高さを見せつけている。

NHKなどでも、もっとこういうことを報道して欲しい。そして、今、必死で頑張っている人々に、せめてもの慰み、励まし、勇気を与えて欲しいし、このことに高い誇りを持って復興の力にして頂きたいと遠くから切に祈っている。
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# by bs2005 | 2011-03-13 21:45 | こんな英語表現  

地震および津波のお見舞い申し上げます

ただならぬ映像を昨日からずっと見ております。アメリカのテレビでも通常の番組を中止して長時間映像を流しておりました。悪夢であったらと思わずにいられない映像が、現実のものであることに、心がとても痛みます。

そのさ中におられる方々に心からお見舞い申し上げます。

かつてない大災害ですが、これ以上の被害が広がらないことと、被害を受けた土地の一日も早い回復をお祈りしています。

先日の記事にコメント頂いた方々、有難うございます。今はとても明るくコメントの’お返事を書く気になれないので、そちらも同じお気持ちとは思いますが、お返事しばらくお待ちください。すみません。

このブログに来てくださっている方々とその方々の大事な方々のご無事を心から祈りつつ、、、
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# by bs2005 | 2011-03-12 01:11  

『四十九日のレシピ』から

夢は叶わぬこともある

努力は報われぬこともある

正義は勝つとは限らない

 
だ・け・ど、、、、


やってみなきゃ分からない

さあ、頑張ろう!

『四十九日のレシピ』
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# by bs2005 | 2011-03-06 18:23  

There will be consequences.

「そんなことをしたら必ずそのつけは払わされるぞ!」とか「そんなことしたらただでは済まないよ」という感じの意味。

consequence は結果、帰結などと学校では習っていると思うが、「当然の帰結」とか、「必然的結果」という起きるべくして起きたというニュアンスが強い。result も「結果」という意味だが、これに比べると無色の感じだ。

京大の入試でネット利用でカンニングをした予備校生、3歳のいたいけな女の子を殺してしまった大学生、どちらもちょっと考えれば、そんな事をやったら、どういうことになるのか分かりそうなものなのに、最近、後のことは考えなかったのかという事件が多い。

社会全体が「やり得」「やり逃げ」が許される社会になってしまっているからだろうか。寒々とした気分になってくる。

ところで私も日頃、食べたい放題、やりたい放題の生活を送ってきたconsequenceか、年をとって抵抗力、免疫力が落ちてきたconsequenceからだろうか?

松の内も終わったかな~という頃、鼻と喉の症状だけの熱も出ないごく軽い風邪にかかったら、何とベッドから出るのがやっとという状態になってしまい、普通の生活がかろうじて出来るまでに2週間以上かかってしまった。若かった頃は、症状から言えば一晩寝ればけろりと直る程度の風邪なのに、そうなってしまった。(涙)

振り返ってみると、去年も全く同じような感じで2週間寝込んでしまった。つらつら考えるのに、若い頃なら、さっとやっつけられた風邪をやっつける力が無くなってしまったようだ。

大事な人々を次々と見送り、自分も弱ってきて、年を取ることのconsequenceをしみじみと感じ、すっかり弱気になってしまったのだけど、大分回復すると共に、少し心身の元気も戻ってきた。そうなれた一番の力は気遣ってくれた人々なんだけど。

風邪が完全に治らない頃に日本に行かなければならなかったり、その間に溜まった家事が山ほどあり、もう2ヶ月過ぎてしまったけれど、私の2011年はやっと今、始まるという感じだ。

There will be consequences.と自分に言い聞かせながら、やるべき事を真面目にちゃんと片付けていかねば、、、(汗)。
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# by bs2005 | 2011-03-05 06:36 | こんな英語表現  

初夢の訓示

遅ればせながら明けましておめでとうございます♪

新年の挨拶も遅ればせながら、初夢も大変遅ればせに見ました。もっと前に見た感触はあるのですが、起きた時には覚えていなかった、、(汗&笑)

それが今日の初夢は強烈でした。盛り沢山!ギリシャのようなモロッコのような町で海に向かって何人かの仲間(誰だか不明)と歩いているのですが、海岸で遊んでいる人々を襲ってくるのが人食い鯨の大群という大スペクタクル!

逃げる途中で会う友人は結婚式の予約に行くのですが、7年も付き合った挙句にやっと結婚することにこぎつけたそうだけど、そう嬉しそうでもなく不安そう。(起きてから気づいたのですが、そもそもこの友人はもう何十年と連れ添っているご主人が居る!)

帰る途中で娘の一人に会い、娘はそのまま逆方向に。私は忘れ物をしたのでそちらの方向に引き返し、途中で娘に会い、何かを忠告(多分、人食い鯨が居て危ないという話を)するのですが、娘はいつものように聞く耳を持たず、、(笑)迷路のようなその町で私は忘れ物があるだろうところに戻れずウロウロ。

そうこうしながら喫茶店に入るのですが、その中には足でこぐ空中自転車(車輪が上にあり、ロープウェイのように繋がって運転手は仰向けに寝て漕いでいる!)で人を乗せている仕事をしている何だか悪そうなむくつけき男の人達。その店はその発着駅でもあるのです。店には亡くなった母も居て何やら言ってます。どこかに向かって慌しく急いでいる高校時代の悪友とぶつかりそうになって、「コラ、コラ」と呼びかけて驚かしたり、、

その店は吉本興業直営の店なのだそうで、そのお店のマダムが失敗を恐れてぐじぐじ言っているお客に向かって言う言葉。「失敗を怖がっていては駄目よ!失敗しないでどうやって経験を積むの?!失敗するということは経験を積むということなのよ。」

ここで「う~ん、なかなか、このマダム良いことを言うな~。確かにそうだな~」と思ったら目が覚めました。寝ぼけ半分、これは初夢で与えられた訓示だと思い、書き留めることに、、。

支離滅裂な夢でしたし、失敗だらけの人生、今更、失敗を恐れたりはしないのですが、失敗を重ねるということを経験を積んできたのだと前向きにとらえる自覚には多少欠けていたような気がします。そう言われてみれば確かに沢山経験を積んできたな~。今年も沢山経験を積むぞ!という気にさせてくれた夢でした。

実は昨年の夏からパソコンを基礎から勉強しなおし始め、今はエクセルの勉強をしています。60の手習い、正確には61の手習いですが、エクセルの次はワード、その次は、、と頑張って行こうと思っているところに見た夢、転び転び何とか続けて行きたいです。

そんな訳でますます多忙をきわめ、ブログにもご無沙汰すると思いますが、今年もよろしくお願いします。

皆様にとって2011年が素晴らしい一年でありますように♪
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# by bs2005 | 2011-01-06 02:09 | 日々是口実  

記憶の痛み

気づいたときにはその舟は

もうとっくに沖に向かっていた

叫んでも声はもう届かない

More
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# by bs2005 | 2010-12-18 14:37  

ぎょっ!

ずいぶん自分のブログにご無沙汰してしまった、、、。もうブログは辞めたんだな~と思われているだろうな~。自分でもそうかなと思う位、特別書くこともないしな~、一日記事6つに抑えていた自分はどこに行ったのか、、、なんて思っていた私が、急にこんな記事を書くと顰蹙を買いそうだな~と思いながら、ともかく書かずにいられず、、、。(汗&笑) 

先週の金曜日、ミックスダブルスを週一回楽しんでいるグループ(もう何十年も続いているグループで、皆、年とってしまった)に時々参加させてもらっていたので、グループのクリスマス・パーティに呼んでもらいました。

その時に聞いた衝撃の話。(と言っても例によって知らぬは私ばかりなのかもしれないけれど)

鶏って首を刎ねられても、しばらく首の無いまま走り回れるのだそうです。何と恐ろしい光景でしょう!その内の一人のおじさんは、子供の頃、その状態で3日間も走り回る鶏を見たことがあるとさえ言いました。あとで確かめたら、それは多分オーバーで私がからかわれたのだろうけど、ある程度の時間、首のないまま走り回れるのは確かで見た人も結構居るのです。

久しぶりに記事を書いている記事がこんなおどろおどろしいもので良いのだろうか?でも、我慢して読んでくださいね。(誰も私のブログなんてもう読みに来ていないか・笑)これが事実である証拠に英語にはこんな表現があるということも教えてもらいました。

I've been running around like a chicken with its head cut off.
(首を切られた鶏のように)慌てふためいてあちこち走り回っているよ。
   (忙しくて)バタバタしているよ。


日本語のサイトで見たら、こんな意味でしたが、アメリカ人の友人が説明してくれたところによると、この英語表現の感覚は、自分が何をしているか、自分の状態がどういう状態か分からずにただあたふたと動き回っている状態を言うのだそうです。考えてみると、私って生まれた時から、この状態のような、、、(汗)。首の無い鶏が自分の姿に見えてきた所に一番ぎょっとしてしまったという訳です。ぎょっとしながら今までを振り返ると納得。

追記:クリスマスにこんな話題が普通になされるのかと思われた方の為に、この話が始まったきっかけの話。(その場に居た他のアメリカ人が何でこんな時にそんな話をと笑っていたこともついでにお伝えしておきますね。)

そもそもはちょっと変わったペットを飼ったことがあるかという話からだったのです。そして、、

仲間の一人でいつも皆を笑わせてくれる人が10年かもっと前に、ひよこ5羽を上手に育てることが出来て成鳥になり、毎日卵を産むようになったのだそうです。喜んで飼っていたのですが、ある日、その内の一羽が自分の卵を食べているのを発見。鶏の飼育に詳しい自分の母親に、「どうしたら良いの?」と相談したところ、他の鶏も見て真似をして食べ始めるから、すぐその鶏を殺さなくてはいけないといわれたのだそう。

それで首を刎ねられても鶏はしばらく走り回るのを子供の頃、見て知っていたので、袋に入れて首だけだして実行したのだとか。それに一切関わろうとしなかったご主人と子供達は、彼女をchicken murderer(鶏殺し)としばらくからかっていたそう。そして、彼女の犠牲的?行為のおかげで、他の鶏は自分の卵を食べずに、せっせとそれからも産み続けたのだそう、、。めでたし、めでたし、、(かな?)

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# by bs2005 | 2010-12-16 11:43 | こんな英語表現  

You are entitled to your opinion.

日本人のディベート観で一番勘違いしていること、ディベートと討論というものが基本的に似て非なるものになってしまっているもの、その基本にあるのがこのタイトルの考え方だと思う。日本人にはこの基本が欠けている。

「あなたはあなたの意見を持つ権利があり、あなたの信じる所を信じる権利があり、私はそれを尊重する」というような意味になる。

この考えが基本にあると、どうなるか?

「あなたの言うことは間違っています!」とか、「あなたの意見はおかしいと思います!」とか言わないということである。たとえ心で思っていても、そう言うことは大変失礼だと心から理解しているということである。顔を引きつらせて相手を睨んで反論したりしないということである。

言うとしたら、「私が間違っているかもしれませんが」とか「個人的見解に過ぎませんが」と切り出す。少なくても周りから尊敬される知的な人間は相手を全否定したりしない。それだけで知性を疑われてしまうからである。日本人は討論というと、論理で相手を打ち負かすという感覚になる。そういう感覚とディベートは無縁なものである。

その自覚に欠け、日本人同士が討論する時にはよく口にする「あなたは間違っている」「その考え方はおかしい」などという言葉を、そのまま英語に訳してアメリカ人の同席する会議などで使うから、相手を激怒させてしまう。そして何故相手が激怒しているかも分からない。その傲慢な失礼さに思いが及ばないのだ。

お互いがお互いを理解し、寄り添う為にディベートは為されるのだから、相手に対する敬意を失ってはいけないし、相手を全否定するようなことも言ってはいけない。謙虚に相手の言うことを聞き、理解し、丁寧に反論をにこやかに伝える。それが基本である。

最近、ハーバード大学の教授の白熱教室の番組宣伝をよく見る。男の人が「人類を救うためならば一人を殺すこともありうる」というようなことを言う。それに対して、顔を引きつらせて敵意をむき出しにして女性が「あなたのいうことは完全に間違っています!」と居丈高に鼻息も荒く言う。

こういう態度そのものがディベートに於いて許されないものであり、ディベートが成熟した論議であることを理解していないことを示してしまっている。最高学府と言われる東大でこのお粗末さである。

インド人は議論好きである。人が集まると延々とやり出す。しかし、彼らは終始一貫してにこやかに論議を楽しめる。論議という次元での日本人の未熟さはもっともっと焦点を当てられて猛省すべきことである。そうでなければ、日本人は国際社会の場でやっていけない。ここでも国際性の無さ、未熟さを暴露して行くことになってしまう。

・・・かく言う私も夫婦喧嘩ともなると口角泡を飛ばして、相手を打ち負かすことしか考えていない。(爆)私もディベートに関しては未熟そのものの日本人丸出しである。夫婦喧嘩だって本来はお互いを深く理解しあう為のものであるべきなのだが、、(汗) 私自身も含めて、日本人がスマートなディベートを出来るようになるのはいつの日のことか、、、(息)。
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# by bs2005 | 2010-11-13 03:39 | こんな英語表現  

決定的に欠けるもの

ブログを始めた頃から、このまま行けば日本はとんでもないことになると警鐘を鳴らし続けてきた。アジアの国が日本を追い抜くのに10年も掛かると思っている国民は日本人だけだとも度々言い続けてきた。弱小ブログの悲しさで、そんなことをいくら言っても結局、今のどうしようもない事態に陥っているのは、情けないというより哀しい。

何よりも決定的なのはスピード感の無さである。政治にしても経済にしても、既に始まっていた凋落の状況を切り抜けて行く為に打つ手を出していくのが遅すぎる。出す以前に考える段階でもたついている。何も決まらない、、。

日本の論議のあり方、決定過程の時間の掛かり方、それが諸悪の根源のように思う。

こちらで日本とビジネスの関係を持つアメリカ人が一番呆れていたことは、日本人は長時間の会議を何度もするということだった。アメリカ人は一回の会議は大抵一時間で済む。議論をそこである程度したら持ち帰り、次には先に進むということで、決定にかかる時間も短い。毎回だらだら、あ~でもないこ~でもないという延々とした議論の繰り返しに付き合うのは苦痛で仕方が無いとも言っていた。

裏の根回しとか、長時間の会議が当たり前のように行われてきて、日本人はスピードの欠如への危機感を持たな過ぎたのだと思う。

ビジネスを日本に持ち込んでも返事が来るまでに延々と時間がかかる。その間によその国があっという間に契約を済ませて良い話を持って行ってしまう。そんなことも嫌というほど見てきた。

裁判員制度の時にも散々言ったことだけど、そもそもきちんとしたディベート教育が為されていないので、論議を合理的に冷静にスピード感を持ってフェアに出来ないというようなことが諸々の決定を遅らせ、世界のスピードにどんどん取り残されている今の日本を生み出しているように思える。

決めるのに時間が掛かりすぎる、ひどい時は何も決まらないまま終わる、、、。これは日本人のディベート能力の低さによるのだと思う。根が深いだけに克服は簡単ではないだろう。ますます暗澹としてくる。
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# by bs2005 | 2010-11-03 23:40 | 異論・曲論  

容疑者の家は友人の家!

もう7、8年になるのだろうか。正確に覚えていないのだけど、テニス友達の一人でご主人がボストンの大学の教授として招かれ、ボストンに引っ越した友人が居る。

数年に一度帰ってくる度に、彼女を囲んでランチをしたりしていた。その友人がかなり久しぶりにまた帰ってきて、彼女の友人の家に泊まっているので、そこで夕食を共にしようと友人達に連絡が来た。いつもはもっと集まるのだが、今回はSFジャイアンツがワールドシリーズの真っ最中のせいか、数はあまり多くなかったけど私は出かけて行った。

彼女に初めて会った頃は、ずけずけとものをいうし、テニスで一緒に組むと、あれこれと注文がうるさい、それで苦手で避けていたのに、いつの間にか全然苦手じゃなくなり親しくなった。彼女が来るなら是非会いたいと思ったし、彼女の方も「あなたには是非来てもらいたかったのよ」と喜んでくれた。初めの頃を考えると、いつの間にそうなったのかと不思議な感じがする。

最近、色々大変らしいという噂を聞いていたのだけど、会ったら、そんなことは微塵も感じさせない、全然変わらない意気軒昂とした彼女だった。ユーモアのセンスも少しも衰えていず、大いに笑わせてもらった。少人数ならではのこじんまりとした親密な雰囲気の中で、ワールドシリーズを見ながらコマーシャルの合間に、そして終わった後に会話を楽しんだ。勿論、ジャイアンツの第二戦の圧勝を一緒に歓声を挙げて喜びもした。

色々笑わせてもらった話の中で驚いた話は、彼女の今住んでいる家がABCの新しいドラマ・シリーズの1シーン(3分前後の放送時間)になるという。彼女の家が容疑者の家になるというのが、何となく彼女に似合った話に思えて、そこも笑ってしまった。

出演する女性が彼女の家の居間に居たと云うのもへ~っという感じだ。"Desperate Housewives"の主要な女優陣の中の50代後半の女優と名前を言ったのだけど、ピンと来なかった。そんな年代の女性が主役陣に居たっけ?皆もっと若い感じだけどと思いながら、その女優よりもテレビ撮影の方に興味が湧いてその話を聞いていた。

帰ってから、検索でその番組を調べて主役の名前を見て驚いた。彼女の家に来たのは正にそのドラマの主役で、"Desperate Housewives"の中でもひときわしっとりと色っぽい女性だった。40代とばかり思い込んでいた。画面から想像するよりずっと小柄で、すごく痩せていたけれど、すごくプロフェッショナルな静かな女性だったという。撮影クルーも実にプロフェッショナルだったそう。

その新シリーズは"Body of Proof"で、彼女の家は第九話か第十話に放送されるという。楽しみだ。
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# by bs2005 | 2010-10-30 05:00 |  

イヤな私、、、(汗)

出来るだけ週に二度はヨガに行くようにしている。頭の怪我でバランス感覚に歪みが出て1年も蟄居していた私にとってはリハビリとして欠かせない。

私の行っているクラスは人気が高く他のクラスより混む。私はなるべく早めに行って、自分の居心地の良いスポットを確保する。前後もあまり接近しないようにマットを置く。割り込むには狭すぎる空間を確保しながら、隅に陣取る。今日も右と後ろに壁を控えた場所をゲットできた。今日はそれほど混んでいないようなので、人が入り込めるほど広くはしない程度に少し右側の壁から余裕をもって空けた。

よしよし、、と思っていたら、急に混んできて、私の右側の壁沿いに、クラスの始まる寸前に一人がやや強引に入ってきた。そんなに広い空間ではなかったのだけど、ちょっと余裕を持たせた自分も甘かったのだから、ま、仕方ないと、少し左に移った。その反動でもう一人入れるスペースがあった左側が少し狭くなったが、動かないと右側の人とぶつかってしまうので仕方ない。強引に入り込んできた人は壁側の場所を取りたかったのだろう。私も壁側が好きなので気持ちは分かる。ここまでは鷹揚だった。問題は狭くなった左側だ。

出来れば、ここには人が来て欲しくない。狭すぎる。それにここに無理に来なくても、まだここより余裕のある空間が傍には少し残っている。ここに誰かが来るのはそういう場所が全部取られてからだろうと思っていたら、クラスが始まってから遅れてきた女性が、そういう空間を無視して私の左に入ってきた。

「他の方が広いのに、どうしてここに来るワケ?私がせっかく早く来て確保した居心地良い空間だったのに」とむっとする。仕方ないから後ろの壁にぎりぎりまで下がる。居心地の良さは失われるけれど、横には余裕がないので前後にずれるより仕方ない。

遅れて来てそういう適応を強いた女性に、私はひそかな敵愾心を持ってしまい、クラスの間、彼女には負けないゾ!なんて色々のポーズにいつもより気合を入れて頑張った。クラスでは同じ方向を向くので彼女の顔は見えない。彼女の背中に敵愾心を持ちながらヨガに励み、何とか一度もぶつからずに無事にクラスは終わった。

終わってマットを片付けていたら、その彼女が私に声をかけてきた。顔は初めて見たけれど、意外にも温和で優しい顔をしている。そうして一言、「場所を私の為にずらしてくれて有難う!」と人懐こい笑顔で言った。私はとっさに"You are welcome" と笑顔で言い、言った途端にその自分の偽善性とちっちゃなことで敵愾心を抱いていた自分を大いに恥じた。

寛容で何でも「いいよ、いいよ」といつも笑っている感じだったJ. 、私の良い所も悪い所も知り尽くしていた彼は、きっと天国から一部始終を見ながら「自分が死んでも、ちっとも変わってないな~」と笑っていたことだろう。私のちっぽけな敵愾心も、声をかけられた時の動揺も全部見透かして、”I got you!"(「見~ちゃった!」)と思い切りからかいたかった事だろう。

それにしても、たった一言の笑顔の「有難う!」の効果は大きい。お蔭ですっかり反省させられた「イヤな私」である。そもそも人気のある混んでいるクラスで、一人で居心地なんか追求していた方が悪いのである、、(汗)。
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# by bs2005 | 2010-10-13 07:50 | 私の自戒録  

Take care!

よく書いていることだけど、アメリカ人との会話で落とし穴になるのが、受験英語ではむしろ初歩的な言葉で分かっていると安心しきってしまっているような言葉だ。

赤尾の豆単(団塊世代でないと分からない言葉だろうな~^^)で、「take care = 注意する、世話する」などと覚え、「Take care of yourself = 気をつけて、お大事に」などと覚える。受験にはそれで答えれば正解になるので、それ以上の注意も払ってこなかった言葉だ。

段々、親しいアメリカ人も増えてくると、別れ際に"Take care!"と言われたりする。そうすると受験用語の範囲内だと、いまいち腑に落ちない。何に気をつけろと言うのか?別に身体の具合が悪くないのに「お大事に」じゃピンと来ないけど?などと思いながら、自分じゃ意味が分かっていると思い込んでいるので、不思議に思いながらも改めて調べようともしない。

何年も経ってから、そうか、日本語でいうと「じゃあ、元気でね!」という感じに多分一番近いんだろうなとやっと気づく。親しくない人からそう言われた記憶も無いから、くだけた言い方なんだろうと思う。そこで初めて調べてみる。当然にも上記以外のもう一つの意味、「じゃあね、さよなら、元気でね」という意味の別れ際のくだけた表現だと出てくる。

アメリカ人の男性から突然離婚を迫られた日本人の友人が、彼の気持ちがいまいち分からないと言った。どうしてかと言うと、彼は" I want you to take care of yourself."と言うのだそうだ。大事にして欲しいと気遣ってくれるからには、少しは気持ちが残っているのではないかと、それで決心がつかず迷ってしまうのだと。

でも、その他の彼の全ての態度は冷淡そのものだ。彼女を追い出しにかかっているようなことばかりしている。「自分の面倒は自分でみろ、もう俺にみさせるな」、そういう意味で言っているのではないかと言ったら、彼女はハッとして、それで全ての説明がつくとストンと納得した顔をした。簡単でよく分かっていると思うような言葉のワナは時に深刻ですらある。

それはともかく皆さん、Take Care!
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# by bs2005 | 2010-10-12 11:38 | こんな英語表現  

この年で、すっぴんで外出に挑戦?!

タモリの入浴法が凄い!とインターネット上で話題になっているというので、記事を見てみた。湯船に10分じっと浸かって、石鹸もシャンプーも使わないのが、彼の肌が女性タレント達の羨む艶の良さの秘密らしいという。人間の本来持つ自己洗浄力を大事にすることが肌を守るらしい、という。

と言っても、彼は女性タレントほどメーキャップをしているわけでもないから、そもそもそんなにむきになって洗わなくても良いのかもしれない。髪もそう多くはないみたいだ。タモリに効果があっても、一般的にはどうなのかなと半信半疑だった。そんなことを茶飲み話にしていたら、その話を聞いていた一人が驚くべきことを言った。彼女は自分の体験からそれが信じられるのだという。

昔は化粧をばっちりしなければならない仕事上、かなりメーキャップも念入りにしていたのだけれど、ある日、そういう生活に嫌気がさしてきて、ファンデーションを塗るのさえ止め、洗顔も石鹸を一切使わない洗顔に徹して数十年。ファンデーションを塗らないので石鹸を使わなくても汚れは落とせる、石鹸を使わないので肌から必要以上のものを取り除いていないので、健康な肌になる、だからファンデーションは要らないという好循環に入っているようだ。

数年前まではそのまま何もつけず、眉と口紅だけ。最近は年齢のせいか洗顔後に少しつっぱるので保湿スプレーをするだけ。数年前からダイソーで売っている海綿状のもので、丁寧に顔も身体も洗っているとか。初めは顔だけ海綿上のものを使っていたが効果があるようなので身体にも使い始め、身体にも効果が感じられるという。

そういう彼女の顔が、マユと口紅以外はすっぴんだとはとても思えない自然な艶と綺麗な色の肌をしている。今まですっぴんとは夢にも思わないでいた。十代の若い女性ならともかく、私よりは若いとはいえ、立派な中年女性なのに。普通、中年女性がすっぴんだと、どす黒いような、くすんだ張りの無い顔色だけど、彼女は健康的に艶々している。そういう洗顔とすっぴんを始める前とは明らかに違うのだという。

私の場合、もう年だし、テニスで日焼け止めを塗ったりするので石鹸をまるっきり使わないでは無理だろう。今更とてもすっぴんでは通らない肌の色だし、遅すぎると思ったのだけど、少しずつ取り入れてみようと思い直した。

早速お風呂で実践。ただ髪はやっぱりシャンプーを使わないと汚れが取れていない感じだけど、肌は確かにいつもより艶が良い感じがしないでもない。

シャワーの時以外は顔と身体に石鹸は使わない。朝起きたときも石鹸は使わない。手は衛生上、石鹸を使う、、すっぴんでも問題なさそうな場所には出来るだけファンデーションなどはつけないで出かける、等々、自分なりのルールを決めて、少しだけでも取り入れて行こうかと思い始めた。
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# by bs2005 | 2010-10-06 09:27 | 未知と無知  

dish のこんな意味

何気なく記事のタイトルを見ていたらある女優が dishes on breakup. とか She dishes on split. という表現が出ていた。breakup とか split は破局とか別れの意味だけど、dish は皿という意味位しか知らない。名刺が動詞として使われるケースはよくあるけれど、皿を動詞化した意味というのも分からない。

それで調べてみた。そうしたら皿から推測できる意味以外に

名刺では
  *いい女、美女{びじょ}、魅力的{みりょくてき}な女
  *ゴシップ、うわさ、おしゃべり

動詞では

  *〔皿の形に〕へこむ、へこませる
  *うわさ話をする、おしゃべりする、雑談{ざつだん}する
  *(敵を)料理{りょうり}する、やっつける
  *イライラさせる、ばかにする、罵{ののし}る、けなす

という意味があるそう、、。

記事の方を見てみたら、この場合は「ざっくばらんに語る」という感じの意味で使っているようだった。日本語のくだけた表現だと「ぶちまける」という感じに一番近いのかも?皿にぶちまける感じからかなという気もする。

よくあることだけど、こういう中学一年で習うような簡単で分かりきっている言葉の全然知らない意味で、時々???の状態になる。こういう自分が分かっていると思い込んでいる言葉の罠の方が怖い。

友人達と話していても、時々誤解して、とんでもないトンチンカンなことを言ってるんだろうな~。(汗)
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# by bs2005 | 2010-09-29 00:43 | こんな英語表現  

白秋の日々

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『朱夏(しゅか)』という警察小説をたまたま人から借りて読んだ。その人もたまたま人から貰ったもののようだ。サスペンスとして読むと大したことはない。作者もサスペンスとして書いているというよりも時代批判、社会批判のつもりで書いているようにみえる。

中味はともかく、このタイトルの意味が分からなかった。聞いたことがない言葉。その種明かしが事件が解決したあと、最後の方に出てくる。この言葉がタイトルになっていることからも、ここが一番作者の伝えたいことだったのだと思う。いつものように多少はしょりながら引用すると、、

「いい年の大人が未だに青春している、などとばかなことを言っている」

「この国は何もかもがマーケット中心で動いている。くだらねえ国になっちまったもんです」

「いいか、青春の次には朱夏が来る」

「そう朱色の夏。燃えるような夏の時代だ。そして人は白秋、つまり白い秋を迎え、やがて玄冬で人生を終える。玄冬とは黒い冬、死のことだ。最も充実するのは夏の時代だ。そして秋には秋の枯れた味わいがある。青春ばかりがもてはやされるのはおかしい」


こうしてみると私は白秋の真っ最中に居るということか。人は否応も無く、誰もが、青春、朱夏、白秋を経て、玄冬を迎えるという道を歩まされる。道半ばにして終わるという場合もあることを考えれば、白秋を迎えていることも、もっと感謝の念を持つべきなのだろう。

今与えられている人生が一度きりのものであるということの意味の深さ、その奇蹟を人生の深まりとともに感じる。今の深さで分かっていたら、もっと別のように生きられたのかもしれないが、これは誰しも避けられないことなのだろう。今日は白秋の後に玄冬を迎えた友人の追悼式、、。
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# by bs2005 | 2010-09-26 05:23  

上には上が、、

シリコンバレーに住んでいると、自分とは桁違いの金持ちとも、ごく普通にテニスをしたりする。今までで一番凄かったのは、門から家に行くまで車でかなり走って豪邸に着いたと思ったら、それは車庫で、その奥にお屋敷があったというものだった。その豪邸の裏にあるコートでテニスをした。ここらへんのビジネスの社会では知らない人は居ないような人だったようだけど、私は未だによく知らない。一度だけの出会いだったので名前も忘れた。

その人ほどではないけれど、昔よく私の世代で言われたひばり御殿とか田中角栄の家など、大き目のウサギ小屋にしか思えないだろうなという家に住んでいる友人は結構居る。外国旅行を年に何度もしている友人も、自分の飛行機で操縦して旅行するという友人も普通に回りに居る。テニスコートとプールの両方を庭に持っているというのも珍しくない。

そんな友人の一人で数ヶ月前に夫婦で中国に一ヶ月ほど旅行していた友人が、二週間ほどギリシャ、地中海の旅行に出かけるという。別に驚きもしなかったけれど、その旅行の中味を聞いて驚いた。

たまたまゴルフ場で出会った夫婦と何となく話が合って、一緒にギリシャに行こう、家内の誕生日祝いの旅行なんだと言われたという。それでどういうグループに誘われているのかと訊いてみたら、グループではなく、彼らのプライベート・ジェットで一緒に行こうと言うのだという。

そこまでは出発前に聞いていて、プライベート・ジェットというのは凄いなと思っていたのだけど、今日帰ってきた彼女に話を聞いたら、聞きしに勝るとはこのことだ。

その飛行機は9人の客を乗せることが出来、一人一人の椅子はベッドにもなるのだという。そして専従パイロットが二人、アテンダントも居て、4人だけの乗客の為に至れり尽くせりのサービスをしてくれる。映画も好きなものが見られる。食べ物も飲み物も豪華なこと、この上無い。機内は広く、インテリアも贅を尽くしている。

そして向こうの空港に着いたら、何と飛行機から税関の建物までリモが迎えに来て乗せてくれる。荷物は一切持たないで済む。手続きが終わってホテルまではまた別のリモが送ってくれる、、、と一事が万事、こんな調子だったのだという。

私の友人は、私から見れば既に充分優雅な生活を送っている金持ちだけど、その彼女が驚くような贅沢な毎日だったのだそうだ。そしてもっと驚いたことは、その夫婦は3年に一度プライベートジェットを新しいのに買い換えているのだそう。

道にはホームレスの人が居て物乞いをし、カリフォルニアの失業率は12%にまで及んでいる一方で、こんな金持ちがいる。アメリカの金持ちは日本の金持ちと違って皆慈善活動や募金には熱心で、自分だけで贅沢を楽しんでいるわけではないけれど、それにしても、という感じだ。やはり、どこかいびつな感じがする。このいびつさがリーマンショックへと繋がったのだと思うのだけど、本質的なところではそういう部分は少しも変わっていないようだ。アメリカの問題は根深いところにあると思うのは貧乏人の僻みか?
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# by bs2005 | 2010-09-14 12:59 | 日米雑記  

『The Art of Racing in the Rain』を読み終えて


d0042100_10325298.jpgアメリカ人の友人が勧めてくれた本の中の一つ、『The Art of Racing in the Rain』を読み終えた。

アメリカ人に本を薦められることはよくあるのだけど、日本語の本ですら積ん読の山を築いている私、英語で読み終える自信もなく、今まで殆ど無視してきた。なのに何故か今回は読んでみようかなという気になった。でも、買ったら間違いなく積ん読の山に紛れ込む。それで今まで利用していなかった図書館に登録して申し込んだ。

順番待ちで4人目だったが意外と早く借りられることになった。貸し出し期間は3週間、三回まで更新できるという。期限があった方が必死で読むだろうし、合計9週間ならいかに私でも読めるだろうと思ってダラダラ読んでいる内にあと3日で最初の期限が来るという。そこで更新しようとしたら、何と順番待ちの人が居る本は更新できないのだそうだ。それで慌てて四分の1位しかまだ読んでいなかった本を、用事が溜まって余り時間が無い中、必死で読み終えた。最後は期限ぎりぎりまで図書館に腰を据え読める所までという戦術で読み終えた。

読み終えてみたら、実に良い本だった。自分が思っていたような本ではなかったけれど、最後は図書館という公共の場で涙ぐしゃぐしゃ、カウンターに返しに行ったのだけど、係りの人も私を見て変な顔をしていた。最後は図書館でという作戦は失敗だったけれど、それでも読む価値のある本だった。

日本語になっているのかどうか分からない。でも、いつか映画にはなるような気がする。そういう要素を沢山持っていた。既にプロモーション・ビデオ(?)は出ているみたい。→追記:映画も2012年に出来るようだ。楽しみ!


主人公は犬で、犬の立場から書いてある本ということだったので、何となくコミカルな本を想像していたのだけど、ユーモアのセンスはそこかしこにありながらも、もっともっと深く、もっともっと優しく温かく、切ない本だった。

主人公の犬の飼い主はレーサーなので、レースに関する話が沢山出てくる。彼は雨の中で雨に逆らわず、しかし雨にひるまずに忍耐強く冷静に巧みにスピードを失わずに運転できるという特技が、レーサーの中でも目立った存在だった。主人公の犬は、そういうご主人と一緒なので、レース通である。

レースやレーサーに特別の興味は無い私には、だから初め、なかなか話の中に入り込めなかった。しかし、読み進む内に、主人公はレースを語るときに、同時に人生をレースにたとえて語っていたのだということがわかる。

独身だった頃から飼い主と一緒に暮らし、二人きりの生活に彼の奥さんという存在が入り込み、初めは戸惑いながらも、その生活に馴染み、やがて子供も生まれ、家族の一員として暮らしていく主人公。

しかし、やがて悲劇がこの家族を襲う。犬の独特の嗅覚で彼はその問題が発覚する前から分かっているのだが、言葉での伝達手段を持っていない彼にはどうすることも出来ない。一つの悲劇が次の悲劇へと連なり、彼の飼い主は実に気の毒で不当な立場に立たされ、殆ど全てを失いかける。しかし、彼はこの状況、人生のどしゃぶり期をレースと同じように冷静に忍耐強く乗り切る。

その間、この犬は実に深い愛情と優しさ、深さで彼を見守り、支え、飼い主が自暴自棄になりかけた時には、犬に出来るあらゆる手段(その中には、おしっこを引っ掛けるというのもあるのがユーモラス)を講じて、文字通り飼い主を破滅から救い出す。やがて八方塞りの状況から飼い主がやっと抜け出せ、幸せになれるときに飼い主の腕の中で寿命を迎える。しかし、その後も、、、という話。

犬は話せないだけで人間の悲しみも喜びも全て分かっている、犬の深い優しさ、考え深さ、洞察力、、、犬を家族の一員として持った人には共感できるところが大きいだろう、そんなものが全編を漂う。犬好きには涙なしでは読めない小説。英語を苦にしない犬好きの方には必読の本だった。日本語でまだ翻訳されていないのなら、一日も早くそうなって欲しい。
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# by bs2005 | 2010-09-14 09:42 | 忙中閑の果実  

obituary

obituaryというのは新聞に掲載される死亡告示記事である。その人の経歴、人となり、お別れ会(memorial service)の連絡も兼ねる。短いものから長いものまで色々だし、無料のものから有料のものまで新聞によっても違う。数行で写真も無しというのもごく普通である。

昨日の地元紙に先月亡くなった友人 J. のobituaryが掲載されていたと友人達の話から知った。新聞のかなりのスペースを割いた写真もついた記事だ。新聞の実際の記事を持っていた人も居た。

載っていた写真は彼と分からない位、大分前の写真だ。鼻と口には見覚えがあるけれど、目は全然知らない人の目のようだ。私の知っている彼の目はいつも笑っているような、ひょうきんな目で、こんな目じゃなかった。頭にはもう毛が残っていなかったけれど、写真の彼は毛も結構残っているし、精悍で有能そうな目をしている。生きている頃にこの写真を見ていたら、「歴史上の偉人みたいに見えるね」と彼をからかったことだろう。

自慢をしない人だった。産婦人科医であったことも彼の口から聞いたわけではない。その彼の唯一の自慢らしきものは、”I am good-looking."ということだった。得意の冗談だとしか思ってなかったけれど、意外に本音だったのかもしれない。なかなかハンサムだ。もし私がそう言ったら、きっとJ. は「だからそう言っただろう!」と言い返しただろう。そして私はきっと"I met you after you got ugly." と言い返し、二人で大笑いしたことだろう。

友人達は改めて彼の業績を読んで、「彼は本当に謙虚な人だったね。こんなことを自分からひけらかしたり一切せずに、いつも陽気で朗らかで謙虚で優しかった。これだけのことを黒人の彼が成し遂げるまでには随分苦労しただろうし、嫌な目にもあっただろうに、彼からはそういう怒りのエネルギーみたいなものを一切感じなかった。心から穏やかに人生を楽しみ人を愛している感じだった」と口々に言い、皆で再び新鮮な気持ちで彼の死を惜しんだ。

彼からはごくさりげなく何でも無いことのように、昔は産婦人科医が黒人だと知ると診察を拒否する患者も結構居たと聞いたことがある。そんな怒りは彼の中のどこにも見られなかった。怒りを心の奥深くに閉じ込めた感じすら全く無かった。彼からみたら些細なことで怒っている私は宇宙人みたいに見えたかもしれない。

こんな立派な人だったのに、J. は私の前では何度も同じ冗談を繰り返したり、ちょっと抜けていたり、時には世話が焼けたり、愛すべき「しょーもないヤツ」だった。 J. は、私のしょーもなさに付き合ってくれていたのかもしれない。亡くなってから、彼の器量の大きさ、優しさを色々の機会により強く実感し、後悔と戸惑いすら感じている。これが私の沢山のきつい冗談への、彼の最も強力なお返しなのかなと今は思ったりしている。「技あり!」と云ったところか?

実際に掲載されたobituary
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# by bs2005 | 2010-09-14 05:05 | こんな英語表現  

”Someday" (original)

Someday 『ちいさなあなたへ』の英語のオリジナル版を図書館で借りて来たので、英文を自分自身の覚書として書き留めておこうと思う。カバーの裏に" A mother's love leads to a mother's dream - every mother's dream - for her child to live life to its fullest. とあり、更に A deceptively simple, powerful ode to the potential of love and the potential in life, Someday is the book, you'll want to share with someone else...today.とあった。

One day I counted your fingers and kissed each one.
One day the first snowflakes fell, and I held you up
and watched them melt on your baby skin.
One day we crossed the street, and you held my hand tight.
Then, you were my baby, and now you are my child.
Sometimes, when you sleep, I watch you dream, and I dream too......
That someday you will dive into the cool, clear water of a lake.
Someday you will walk into a deep wood.
Someday your eyes will be filled with a joy so deep that they shine.
Someday you will run so fast and so far your heart will feel like fire.
Someday you will swing high - so high, higher than you ever dared to swing.
Someday you will hear something so sad that you will fold up with sorrow.
Someday you will call a song to the wind,
and the wind will carry your song away.
Someday I will stand on this porch
and watch your arms waving to me until I no longer see you.
Someday you will look at this house
and wonder how something that feels so big can look so small.
Someday you will feel a small weight against your strong back.
Someday I will watch you brushing your child's hair.
Someday, a long time from now, your own hair will glow silver in the Sun.
And when that day comes, love, you will remember me.

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# by bs2005 | 2010-09-10 08:31 | 忙中閑の果実  

レシピ以前の超簡単お洒落サラダ

久しぶりにレシピ以前のレシピをば、、。

トマト 2個位
胡瓜 一本
すし酢 適量

トマトは皮をむいて適当な大きさにざく切りにし、お皿に盛る。
上に胡瓜を皮をむかずにすりおろし、上からすし酢を回しかける。それだけ。(笑)

もう一品欲しいなと思って、ざっと作ったのですが、意外と見た目がお洒落。しかも美味しい。どさくさに紛れて作るのではなく、早めに作って冷蔵庫でキ~ンと冷やしておくと、猛暑にはぴったりのさっぱりサラダかも。おまけに調理時間が超短いので、夏ばてしていても作れる。いかが?

注:お洒落といっても、うちのむくつけき献立の中に入ると、という意味で、それほどお洒落でもないんですけどね。(汗)

そうそう、しらす干しや玉葱のみじん切りなどを少々加えても彩りも更によくなり、美味しいと思います。
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# by bs2005 | 2010-09-07 10:59 | レシピに挑戦  

Someday 『ちいさなあなたへ』

大人も楽しめる絵本として『ちいさなあなたへ』(”Someday” by Alison McGhee and Peter Reynolds)という本をアサイチで紹介していた。お母さんになった女性が子どもに向けて語りかける内容。

初めての孫に対しても、初めての母親になった娘に対しても、今の自分にぴったりそのままの気持ちだ。初めての子どもだった娘が生まれたばかりの頃のことを、最近はよく思い浮かべる。

娘もあんな思いで自分の娘に接しているのだろうと思うと、孫だけでなく娘にも愛しさが募る。あの頃、母になった私や私の娘を見ていた、今は亡き両親への思いも募る。脈々とその子ども、その次の世代にと伝わってきた思いに全身が包まれていく、、。

それで思わず円高なのに娘と孫娘の贈り物として注文してしまった、、、^^;

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『ちいさなあなたへ』

あの日、私は あなたの 小さな指を数え、 その一本一本に キスを した

初めて雪が降った日 空へ向けて抱き上げた
あなたの まあるい ほっぺの上で 雪が融けていった

道を渡る時、あなたは いつも私の手にしがみついてきた

いつのまにやら あなたは大きくなって
私の赤ちゃんは私の子どもになった

すやすやと夢を 見ている あなたを見ながら、
私も時々夢を 見る・・・

いつか きっと、あなたも 飛び込むのだろう。
ひんやり透きとおった湖の水の中へ

ほの暗い森へさまよいこむこともあるかもしれない。

嬉しくて楽しくて、瞳を きらきら輝かせる 日が きっと ある

心臓が 張り裂けそうに なるまで 早く、遠くへ、駆けて行く日も 来るだろう

もっと 高く、もっと 高くと 弾みを つけて、眩暈がするほど高くまで、
大胆にブランコを高く揺らす日もあるだろう。

悲しい知らせに耳を塞ぎたくなる日も あるだろう

あなたが風に向かって高らかに歌う歌を 風が遠い所へ運んで行く

やがて、精一杯手を振りながら次第に遠ざかって行くあなたを
見送る日がやってくる

あなたは 振り返り、あんなに大きかった家がとても ちっぽけに 見えることに驚くだろう

いつか あなたも、たくましくなったその背中に小さな重さを背負う時が
来るかもしれない。

私の前で子どもの柔らかな髪の毛を梳かすのかも知れない

そうして いつか長い年月の果てにはあなた自身の髪も
銀色に輝く日がやってくる

わたしの愛しい子
その時にあなたは私を思い出すことでしょう


(絵本の翻訳とは異なります。絵本の実物が手元に無いのでウエブで集めた情報によってまとめたものなので、、。)
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# by bs2005 | 2010-09-04 04:32 | 忙中閑の果実  

眠れぬ夜の為に-Hello Mother Hello Father

ここ数年は真夜中に目が覚めてしまう。殆ど決まったように2時か3時に目が覚め、その時間は日本のニュースが見られる時間なのでテレビをつい見てしまう。それでますます眠れなくなる。

同世代のアメリカ人のある友人は、眠れなくなった時に歌うことにしている歌があるのだという。それを最初からずっと歌っていると眠れるそう。私にはそういう歌が無いのでちょっと嫉妬を感じた。(笑)

回りのアメリカ人も皆知っている歌のようだったので、どんな歌か調べてみた。1963年に流行った歌だそうで、大橋巨泉みたいなおじさんが歌っている。聞いてみたら、何だかのどかで、それを聴いて楽しそうに笑っている観客も古き良きアメリカの観客という感じ。もう戻ってこない時代という感じがして切ない。



*下記にその歌と拙訳をつけますので、それを見ながらお聴きになることをお勧めします。なかなか愉快な歌詞です。

Hello Muddah, Hello Fadduh 
お母さん、お父さん、こんにちは!
Here I am at Camp Granada 
グラナダ・キャンプに居るんだよ。
Camp is very entertaining 
キャンプは面白いよ。
And they say we'll have some fun if it stops raining! 
皆が雨が止んだら楽しくなるって言ってるんだ。

I went hiking with Joyce Fivey, 
ジョイス・ファイビイとハイキングに行ったんだよ。
He developed poison ivy.  
彼はポイズン・アイビィ(毒のあるツタ)にかぶれちゃったんだ。
You remember Lennard Skynard, 
レナード・スキィナードを覚えてるだろう。
He got tomain poisoning last night after dinner!
彼は昨日の夕食のあとで食中毒になったんだ。

All the counselors hate the waiters, 
カウンセラーは皆、待つ子ども達を嫌がるんだ。
And the lake has alligators!
それに湖にはワニが居るんだ!
And the head coach wants no sissies, 
それからヘッドコーチは弱虫は許さないんだ。
So he reads to us from something called 'Ulysses'.
だから僕達に『ユリシーズ』とか云うものから読んで聞かせるんだ。

No, I don't want (this should scare ya), 
こんなこと言って脅かしたくないんだけど、
But my bunkmate has malaria! 
僕の同室の友達はマラリアになってしまったんだ!
You remember Geoffrey Hardy, 
ジェフリー・ハーディを覚えているだろう。
They're about to organize a searching party! 
もうすぐ彼を捜索する隊を編成するんだよ!

Take me home, oh mother, father. 
迎えに来てよ。あぁ、お母さん、お父さん
Take me home, I hate Grenada. 
迎えに来てよ。グラナダなんて大嫌いさ。
Don't leave me out in the forest, 
森に置き去りにしないで。
Where I might get eaten by a bear! 
熊に食べられちゃうかも!

Take me home, I promise that I will not make noise, 
迎えにきてよ。うるさくしないって約束するから。
Or mess the house with other boys. 
他の男の子達と家をぐちゃぐちゃにしたりしないよ。
Oh please don't make me stay; 
お願いだから、ここにもう居させないで。
I've been here one whole day! 
もう丸一日、ここに居たんだから。

Dearest father, darling mother, 
大好きなお父さん、優しいお母さん、
How's my precious little brother? 
僕のかけがえのない弟はどうしている?
Let me come home if you miss me; 
僕が居なくて淋しいと思ってくれているのなら、家に帰らせてよ。
I would even let Aunt Bertha hug and kiss me!
そうしてくれたら、あのバーサおばさんに抱きしめられてキスさえされても許すよ。

Wait a minute; it stopped hailing. 
ちょっと待って。雹が止んだ。
Guys are swimming, guys are sailing. 
皆、泳いだり、舟に乗ったり、
Playing baseball; gee that's better. 
野球やったり、ああ、ずっとましになった。
Mother, father, kindly disregard this letter! 
お母さん、お父さん、この手紙のことは忘れてくれるよね。

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# by bs2005 | 2010-09-03 13:43 | 日米雑記  

My wife knows everything vs My wife does not know everything

競走馬の名前には変わったもの、愉快なものが多いけれど、このレースで出てきた馬の名前は笑ってしまった。1頭はMy wife knows everything. ご丁寧にも同じレースにMy wife does not know everything.というのも参加している。しかも最後はこの二頭の一騎打ち。

当然ながら(笑)、My wife knows everything. がMy wife does not know everything.に勝った。My wife does not know everything.の追い込みを辛くもかわして、、。

家族のダイナミズムというものは世界共通だとよく感じる。そこを起点にお互いを理解しあえば、戦争などというものはもっと避けられるのではないかと思ってしまう。

アメリカの男性が奥さんの前でMy wife knows everything. と、こちらにウィンクしながら笑うという場面は結構多い。本音はMy wife does not know everything.だけど、そんなことコワくて言えないからね(笑)、という感じ。

実況中継でこの二頭の名前が交互に叫ばれていたのは、とてもユーモラスだった。


J.が生きていたら、これを見て大喜びして笑っただろうに。笑い声が聞こえるようだ。
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# by bs2005 | 2010-08-26 00:57 | お勧めYouTubeビデオ  

For he is a jolly good fellow.

今朝未明に悲しい知らせをメールの中に見つけた。先週の金曜日の早朝に、大好きな友人が亡くなっていた。

とても親しくさせてもらっていた友人J。思い出はあり過ぎる位。私よりずっと年上で、引退したお医者さんだから、分からないアメリカの生活上のことから、健康上のこと、困ったときには何でも相談していた。私のジョークの切り返しが面白いからとよくいろいろなことに誘ってくれた。冗談の大好きな、いつも笑っているような人だった。

亡くなってみて皆が「いつも朗らかで楽しく、嫌なことを言ったり、したりすることの一切無い優しい人だった」と口を揃えて言う。本当に優しく楽しい人だった。怒りっぽい私を笑っていさめてくれたり、本音で付き合えた友人だった。

とても親しくさせてもらっていたのに、J.が肝臓移植を待っていたこと、亡くなる前は肝臓癌を患っていたことを全く知らなかった。人一倍元気でタフな人だったので、年齢的には80歳近いけれど、あと十年、二十年は軽く行けるだろうと思い込んでいた。回りの友人も殆ど癌のことは知らなかった。

5月、娘の出産の為に日本に戻る前日にたまたま電話をくれた。7月、戻った頃、出産は無事だったかと電話をくれた。J.は産婦人科医だったので、破水した娘に不安を抱えて飛び立つ私を安心させてくれた。二回ともいつもと変わらぬ朗らかで冗談好きなJ. だった。

肝臓癌で亡くなったことを知ったときは、何で教えてくれなかったのか、何で言ってくれなかったのかと思った。水くさいじゃないかと。5月にはもう分かっていた筈だ。7月には別れのつもりでかけてきたのかもしれない。でも、そんなことはおくびにも出さなかった。だから私も何も気づかず、いつもと同じように冗談を言って「又ね」と軽い気持ちで電話を切った。

訃報を聞いたときは、だから、そのことがとても辛かった。言ってくれたら、すぐにでも会いに行ったのに。もう一度会いたかったのに、、、と。

でも今思うのは、いつも朗らかで冗談ばかり言っていたJ, 弱った自分を見せたくなかったのかもしれない。私に心配をかけたくなかったのかもしれない。いつも楽しい自分を見せていたかったのかもしれない。私にかけてきたのも、そんな病気を忘れたかったのかもしれない。

For he is a jolly good fellow. (だって彼は陽気な善いやつなんだもの)

キング牧師と変わらない年代の黒人として生まれ、黒人のハンディを背負いながら医者になったJ.。同年代の中では珍しい存在だったろう。それだけ、ものすごい努力と苦労をしてきたのだろうけれど、一度も差別に関する苦い言葉を聞いたことが無い。いつもお茶目な笑顔を絶やさない人だった。白人にも沢山友人が居た。

ただ一つだけおかしそうに笑って話してくれた差別の話。昔、何もかも黒人と白人が違う施設を使わされていた頃、友人達とドライブしていた時、間違ってガソリンスタンドの白人用のポンプを使ってしまった。オーナーは飛び出して来て、今取ったガソリンを戻せという。謝ってお金は払うのだからと言っても、元に戻せと怒っている。入れてしまったものを今更と困っていたら、そのオーナーはホースを持ち出して、自分の口で吸い出して戻したのだそうだ。J. はお茶目な目で「あの人、身体壊して長生きできなかったと思うよ」と笑っていた。

辛い話や暗い話はしない人だった。いつも私をからかってきて、私もそれに切り返すのが忙しくて、そんなJ.を尊敬している、なんてひとことも言ったことがなかった。私の方も、J. をおちょくるようなことばかり言っていた。面と向かって褒めたり、感謝の言葉を改めて言った記憶が無い。

そうして何も知らず突然訪れた別れ。J.は既にもうお骨になっているという。今日、カリフォルニアらしい広くて大きく抜けるように明るい空を見て、「もうこの空の下のどこにもJ. はいないのだ」と痛切に思った。たまらなく淋しかった。

何で言ってくれなかったのという思いは消えないけれど、J. は初めて会った15年近く前から最後まで、いつもjolly good fellowだった。何も教えてくれなかったのも、きっとそれがJ.のスタイルだったのだろうと自分を慰めている。

さようなら、J. いつも有難う。あなたのことは忘れないよ。沢山の楽しい思い出、有難う。さようなら、jolly good fellow、J. とってもとっても淋しいよ。

関連記事:obituary



<American version>

For he's a jolly good fellow, for he's a jolly good fellow
For he's a jolly good fellow , which nobody can deny
Which nobody can deny, which nobody can deny
For he's a jolly good fellow, for he's a jolly good fellow
For he's a jolly good fellow , which nobody can deny!

この歌は引退、昇進、誕生日などを祝うときの歌だそうで、祝福の歌だそうです。亡くなったときには不似合いの歌かもしれませんが、jolly good fellow というのは正にJ.そのもので、J.の人生をJ.らしく全うしたことを祝福したいです。

jolly: 陽気な、明るい、素敵な
jolly fellow: 愉快な男、面白い男
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# by bs2005 | 2010-08-24 17:21 |  

ゴーヤとうなぎは合う!

ゴーヤとうなぎの和え物(紫蘇、茗荷入り)を試してみました。意外にもおいしい!これとよく似たレシピが他にもあり、複数あるということはこの組み合わせは美味しいのだろうとやってみたら、美味しい!類似レシピは市販のたれでなく、同量の醤油、みりん、砂糖をとろりと煮詰めたたれを手作りしてました。ゴーヤの苦味とタレの甘味が合うのです。

類似レシピ

以前、意外で美味しい組み合わせーうなぎとピーマンという記事を書きましたが、まだまだうなぎのミスマッチには可能性がありそう。
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# by bs2005 | 2010-08-24 10:43 | レシピに挑戦  

蜂蜜と酢の美容・健康利用法

NHKの『あさイチ』で紹介していたものを自分自身の覚書のために、、

って言いながら、「覚書」のカテゴリーの記事は記事にしただけで、そのまま今まで忘れ果てている記事がてんこもりなんですけどね。(汗) 簡単なものだけでも続けられるといいな~。

利用法の数々
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# by bs2005 | 2010-08-20 08:15 | 覚え書き