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首相がくるくる代わる国の行き着く先

民主党の中で、「消費税で負けた」という理由付けのもとに、小沢氏グループを中心に菅さんを下ろそうという動きがあるという。何て愚かしいことだろう。まず第一に消費税で負けたと思うのが大間違い。しかも小沢グループから代表が出たら、もっと支持率が下がるということにも気づかない愚かさには開いた口が塞がらない。

しかし、それ以上にもっと愚かしいのは、こんなに首相をくるくる変えるということが国際政治の場で、どんなにマイナスか丸っきり分かっていないことだ。

先日、米国務次官補:くるくる代わる日本の首相に懸念という記事が出た。アメリカの高官が公的にこういう発言をするのは珍しいそうで、非常に遠慮がちなものだったけど、私としてはよく言ってくれたという気持ちだった。よほど腹に据えかねたのだろうが、アメリカの政治に関わる者なら誰でも思っている本音だからだ。 「トップがくるくる交代する国を相手にしても仕方ない」。会社だってトップがくるくる替われば信頼は限りなく失われて行くだろう。ましてや国のトップなのだ。

この記事が出て、民主党の中の菅さん下ろしも少しは収まるかと思った矢先の民主党の党内抗争、何て国際感覚の無いことだろう。小沢グループのことしか考えていないのだろうか。首のすげ替えが日本の国際政治の場面に於いて、どれだけ発言力を弱めるか、思いも寄らないのだろうか。こういう発言すら知らない程、勉強不足なのだろうか。

アメリカの大統領の任期は4年で、一度選んだらよほどの事が無い限り、途中で降りるということも降ろされるということも無い。ニクソンが降ろされたのはそれ程大きい事件だったのだ。基本的にはどんなに支持率が下がろうが、ぼろくそに言われようが、辞めるわけには行かない。

ブッシュさんなんか政権の後期は四面楚歌だったが、途中で政権を投げ出すという発想は全く無かっただろうし、日本のすぐ辞める首相の感覚は理解に苦しんだことだろう。半分、それが出来るのは羨ましかったかもしれないが、それでも歯を食いしばって大統領の任期を全うし、石もて追われる感じで終わったけれど、気のせいかほっとして嬉しそうにみえた。

日本の首相だって、日本の与党だって、政権を担当するということはそれだけの覚悟と忍耐が必要な筈だ。国民だってそうだ。一度選んだからには選んだ責任、選ばれた責任がある。よほどのことが無い限り、自分から辞めたり、自分達が選んだ代表の首のすげ替えをするべきではない。しかもこんなに短期に無責任過ぎる。支持率が下がった位のことで辞めてもらっては困るのだ。とことん地べたを這ってでも、日本の政治を良くするために過ちは訂正しつつも、先に進んでもらいたい。

アメリカの大統領がころころ代わったら、世界はどんなに混乱するだろうか。日本の首相なら、そんなに影響しないのは残念ながら事実だけど、その程度の国だと自分で認めているようなものだし、国際政治の場で信頼して頂けなくて結構と言っていることと同じだと思ったら、そう簡単に首のすげ替えは考えられない筈だ。

首相がくるくる代わる国は、国際社会でまともに相手にしてもらえないという事をもっと、強く深く理解するべきである。そういう国の行き着く先は暗い。せめて「誰がやっても同じ」という国民の深い絶望を理解した次元で動くべきである。コップの中の責任論は無責任過ぎる。
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by bs2005 | 2010-07-30 03:34 | 異論・曲論  

本当に「消費税のせい」なの?

鳩山さんから菅さんに代わって、一気に上がった支持率が、菅さんが消費税のことを言い出したばっかりに選挙には負けるし、支持率がガタ落ちしたということをよく聞くけれど、本当にそうなのか?

勿論、全く影響を受けなかったわけではないだろうし、あの提示の仕方とその後の曖昧な態度は影響しなかったと言えば嘘になるだろうけど、それでも消費税がそんなに左右したとは思えない。そうだとしたら、消費税を10%にと言いだしっぺの自民党が、あんなに議席を獲得するとは思えない。上げる時期はともかく、今のままの消費税で済むと思っている国民は少ないだろう。民主党はもっと根の深いところで負けたのだと思う。

民主党が、今の状態を「消費税をいきなり持ち出したから」、などという薄っぺらな観点から見る限り、民主党の支持は落ち続けるのではないだろうか。そもそも鳩山さんから鳩山内閣の中枢に居た菅さんに変わっただけで、あんなに支持率がころりと変わること自体、実に無責任かつ無内容な国民の対応だったと思う。気まぐれに上がったものがあっという間に下がるのは目に見えていた。政治家のお粗末さは日本の国民のお粗末さをそのまま反映しているのだろう。

政策を通すことも放棄して、あんな根拠のないムード的で無責任きわまる支持率の上昇をあてにして、選挙になだれこんだ民主党の浅はかなご都合主義、そこには先見の明も、物事を本質的に見る視点も全然無い。そもそも、その体質こそが選挙の大敗を招いたのだと思う。その本質的問題は、今度は民主党の代表選が迫っているからと言って、会期を短くしようという態度にも顕著に表れ、消費税を仮想敵にすることで無反省のまま温存されている。

軽率に選挙になだれ込まなければ通っていただろう政策も、ねじれ国会になってしまっては簡単には通るまい。国民にとって通った方が良かった政策かどうかは別としても、自分達が信じて賭けている筈の政策を、そもそも真剣に実現する気があったのか甚だ疑わしい。これが政策政党のやることだろうか。

野党だった民主党が与党になって、すぐまともな政治をするとは思っていなかったけれど、その浅はかさ、ご都合主義、先見の明の無さには呆れてしまう。選挙と首のすげ替えしか考えていないようだ。そしてそれは野党も全く同じ、、日本は一体どうなってしまうのだろうか。世界は待ってくれない。世界の中でどんどん置いてきぼりにされていく日本、悲しくなるばかりだ。
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by bs2005 | 2010-07-23 04:23 | 異論・曲論  

塩みがき効果?

たまたま市販の歯磨きには発ガン性物質が含まれている。そんなもので磨くより塩で磨いた方が良いという話を聞き、小心者の私はその日から塩で磨き始めました。オットにも勧めて。

そして数ヶ月、、ふと気づくとオットは熱いものを食べると歯茎が痛かったので歯医者から、これ以上悪化したら手術と言われていたのに、全然痛まなくなったのだとか。

私はこれと言って悩んでいた症状もなく、そのオットの話を半信半疑で聞いていたのですが、今回、日本に行ったとき、テレビで夜寝ている間に口の中が粘つくようになるのは老化のせいだという話を聞きました。

大分前から、その粘つきに不快感を覚えていた私、そうか!あれは老化のせいだったのか!と思いながら、ふと考えてみると、最近、全然、それが無いのです。塩みがきのせいのような気が、、。

だって以前は、寝る前にしっかり磨いても、その気持ち悪さで目覚める時もあった位なのに、今は全く無いのですから、、。オットの例にしても私の例にしても、科学的根拠は分かりませんが、、。

発ガン物質というのは、口から入るものより皮膚から入るものの方が、圧倒的にはるかに多く身体に残るのだとか。化粧品の「しっとり効果」を謳っているものに含まれる何とかという成分(名前忘れました・汗)は歯磨きにも入っているのです。

この成分は、化粧品の多様なものに幅広く入っているのです。だから化粧品は発ガン成分を含む食品よりずっとずっと怖いのだそうです。ただ名前を忘れてしまって、というか覚えられないので、化粧品はそのまま。他のものにも結構幅広く入っているものなんですけどね。忘れて調べられない、、、(汗)。

とりあえず、朝晩二回の歯磨きの一度だけでも塩みがきに代えてみたらいかがでしょうか?歯茎のひきしめ効果はあると思います。

追記:発ガン物質の名前、もう一度教えてもらいました。

最悪のものはPG (プロピレン・グリコール/Propylene Glycol):これは分子量が小さいので、お肌から血管まで浸透してしまいます。ウェットティッシュ、歯磨き、コンビニのおにぎりにまで使われている。

次に悪いのがDPG (ジプロピレン・グリコール/ Dipropylene Glycol):これは分子量が大きいので、血管までは届きません。飲み下さないようにすればまだ。。。 でも接触性皮膚炎の危険があります。

最後に、防腐剤・殺菌剤がわりによく使われているのがBG (ブチレン・グリコール/Butylene Glycol):これは分子量は小さいですが、無添加化粧品にまで使われてたりしますので、これが入っていないのを探すのは大変です。

スーパーで売られているもので完全無添加と言えるのは、手作り石鹸くらい、とのこと。それにしても、コンビニのお握り、美味しくて日本に行くとはまってしまっていたんですけどね~。

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by bs2005 | 2010-07-21 23:41 | 未知と無知  

『怒らないこと』

長年、野放しにしてきた怒りんぼうの自分を、遅ればせながらやっと少し変えて行かなければと思うようになってきていた昨今、たまたま、『怒らないこと』というタイトルの本を日本の書店で見つけました。それで即、求めました。(汗&笑) 既に30万部売れているとか。それだけ自他の怒りに翻弄されている人が多いんでしょうかね~。(笑)

読んですぐ改善というわけにも行かないので、覚書として残そうと思います。同病の方にもご参考になれば、、(笑)。

さて、先ず第一に著者は、「怒りたくないのに怒ってしまう」という人を、そんな言葉は嘘であり、本当は怒りたいから怒っているので、まず「私は怒りたいのだ。ロクなものではないのだ」と認めることが大事だと言ってます。

そして怒りというのにも色々な形があることを言っています。具体的には、怨み、軽視、張り合う態度、嫉妬、物惜しみ、反抗的態度、後悔、激怒などです。怒りにもこんなに種類があったんですね~。外からは「怒っている」ように見えなくても、人間の内部を蝕む怒りというのは、これだけあるのだと思うと、ちょっとコワイ、、。

以下、心に残った箇所の一部の抜粋を、、。(括弧になっている部分は直接の引用ではなく略している部分を埋める為の補充です。抜粋部分も原文そのままの引用ではなく、順不同でかなり省略してあります。)

怒る人は、精神的にも肉体的にも徹底的に弱いのです。平和を語る人が強者であり、(戦う人は)徹底的な弱者なのです。平和に必要なのは勇気です。反対に、戦争は弱さから生まれます。

「私こそ唯一正しい」が人間の本音。「私は間違いだらけ」だと分かると怒らない。私たちの心にある「私は正しい」という思考は間違いです。それを「私が正しい筈はないのだ」と訂正することです。

言葉は不完全ですから、完全に正しいということはあり得ません。その言葉を不完全な我々が精一杯に選んで話したところで、これまた不完全な相手にうまく伝わる保証など、どこにもないのです。

ですから、「自分が正しいという考え方は、非合理で、非真実で、嘘で、あり得ないことだ。このあり得ないことを頭で徹底的に信じている自分ほどの大バカ者は、世の中にいない」とはっきりと理解したら、もう怒らなくなってしまうのです。

まわりの人が怒って話しているのにつられて自分も怒るということは、「腐ったものを食べた人が吐いたものを、拾って食べるようなものだ」

(理不尽に怒りをぶつけてくる人に対しては)「この人は自分の怒りを表しているだけで、かわいそうな被害者だ」とその人の心を観てあげることです。

心の静けさや落ち着きは、その場ですぐに育てられるものなのです。

笑いは強者の証明で、怒りは敗北者の烙印です。

怒る人は負け犬です。知性のかけらもありません。たんなる怒りで動く肉の塊です。

「生きがいだ」などとこだわらない。(こだわるから、それを失ったときに)すごく不幸を感じてしまうのです。そんなものは自分で勝手に決めたものですから、心の持ち方しだいで、どうにでもなります。状況がどのように変わっても、それを拒絶したり否定したりしない心を育てれば、そこには怒りの生まれる余地はありません。

怒りが生まれないようにすることは、「怒りと戦う」こととは違います。(その感情も)また「怒り」なので、良くないのです。「なんとかして、怒らないような人格を育てよう」ということなのです。

(怒りを抑えたり、我慢しても)内側の怒りはそのままです。ですから、怒りが生まれたら、「あ、怒りだ。怒りだ。これは怒りの感情だ」とすぐ自分を観てください。外に向いている自分の目を、すぐ内に向けてください。そうすると、怒りは生まれたその瞬間で消えてしまう筈です。

いちばん大事なことは、「自分を観る」、ただそれだけです。


こういう修行を続けていると、どやし系ブログじゃなくなれるかな~?(笑)

参照:Google 検索による他の記事

上記の記事の中から著者の講演の紹介をした言葉

面白くない、退屈というのも怒りです。条件が好ましくない、ということが怒り。条件がそろっていると怒らないのです。愉しいのです。カンカンに怒ることだけが怒りではなくて、嫌な気分、退屈、あー嫌だというのも怒りです。だから、人間は一日じゅう怒ってるのです。
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by bs2005 | 2010-07-15 00:16 | 忙中閑の果実  

頑張るテレビ東京

期待を裏切らなかった池上彰の選挙特番
テレ東大健闘の立役者・池上彰 打ち合わせはファミレス

残念ながら、もうこちらに戻ってきていたので見ることは出来ませんでしたが、池上さんの解説なら面白かったでしょうね。私は今まで池上さんを全然知らなかったのですが、元NHK解説委員だとか。

今回、日本に戻って、無意味で騒がしいだけの番組のますます目に余るオンパレードに辟易としました。その中で存在価値があると思ったのは、彼が出演していた番組と、同じくテレビ東京でやっていた日高レポート。同じ在米でも、日高さんの考え方とは大分違う考え方を私は持っていますが、でも明確な立場を持った意見を提示することは考えるキッカケを作って良いと思います。

毒にも薬にもならない、皆が同じようなことを言っていて、そのくせ、実は何も言っていない、どころか巧みに言論操作だけはしている、そんな報道番組が横行していることにも怒りを感じました。池上さんのは分かりやすく、ショー的演出でしたが、とりあえず、こんな切り口からでも始めるのは意義があると思いました。

日本のテレビはもっとこういうものをやって行くべきでしょうね。旅行ものや料理もの、グルメもの、お笑い、そいう番組の再放送、そんなものばかりではどうしようもない。低予算ということで言えば、池上さんのも日高レポートもそんなに高くかからないように思います。

こういう番組を増やして「自分の頭で考える国民」を育てて行かないと、日本は落ちて行く一方だと思います。失礼ながら低予算のテレビ東京が出来るのだから、他の局でも出来る筈。テレビ東京の健闘ぶりを称えたいです。頑張れ!テレビ東京!
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by bs2005 | 2010-07-13 07:28 | 賛辞のあなた  

表参道お勧めレストラン

お勧めは表参道A2出口からすぐのTESOROというスペイン料理の店です。

プリフィックス・ランチコースが1500円、1800円とお手頃で美味しいです。お店の雰囲気も明るく、お洒落。気取っていないけれど、きちんとした感じもします。他にもこれより少し高くなりますが、依然としてお手頃価格のランチのコースがあります。パエリア・ランチも。上のサイトをご覧ください。気楽に利用できる価格帯なのも魅力です。

実は、これは国立新美術館のレストランブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼへのリベンジ記事でもあるんです。(笑)

前日、新美術館のこの有名なレストランの1800円のランチを目指して行ったのですが、平日11:30ちょっと過ぎで既に長蛇の列。やっと番が来たときは一日70食限定のそのコースはとっくに売り切れ、その上は2860円と5800円のしかありません。この不景気の中、昼から5千円以上もするランチを食べる気にはなれず、2860円のコースを頼みました。そこまでは良かったのです。もっと早く来なかったのが悪いんですから、。

でもメニューを見てびっくり、コースのそれぞれの中身の殆どは更に300円の追加料金を払わないと選べないものばかり。全部、そちらを選んだら、コースはそれだけで4000円近くになるし、更にコースだと言うのに、デザートは含まれても、コーヒー(または紅茶)は含まれていないのです。コーヒーが欲しければ300円追加。ちょっとあこぎ過ぎません?最初からコーヒー(または紅茶)込みの価格表示にするべきだと思うのです。こちらは意地になって、全て300円の追加が付かないものを選び、コーヒーも頼みませんでした。(涙&汗)こういうのhidden priceって云うんじゃなかったでしたっけ?あこぎな価格表示の典型。

美味しかったことは美味しかったのですが、そのあこぎさを埋め合わせる美味しさとは思えず、名声に乗っかって好きなことやっている感じ。美味しいと評判のレストランのようですが、こんな高飛車な商売をするほどの美味しさとは思えず、、、。こんなに名声高いこのレストランにいちゃもんをつけるのは、私ぐらいなものなのでしょうけど、、、(汗&笑)

翌日のこの店のランチはコーヒーのみならず、デザートもちゃんと付いて、量はずっとたっぷりで価格は半分以下。給仕をする人たちも皆、行儀よく感じよかったし、美味しさだってそんなに際立って違うとは思えませんでした。充分、美味しかったです。

お店の姿勢って大事だと思うんですよね。それでリベンジを兼ねてこちらの大宣伝に努めようと、、、。(笑) ひと駅違いです。新美術館の前、あるいはお帰りにお立ち寄りください。オルセー展の方は素晴らしかったです。お見逃し無く、、。も、勿論、新美術館に行ったのはあくまでこちらの展示が目的です。食べる方はあくまでついで、、(汗)。

実は日本に5週間ほど行ってました。出かけたのはこの二日だけ。娘に子供が生まれて、私も遅ればせながら、新米おばあちゃんになったのです。二週間以上もお産が早まったこともあり、予告も無く、いきなりブログを長期間お休みしてすみませんでした。もうブログを辞めたのだろうと思われた方、休んでいることに気づかなかった方の方が多いとは思いますが、、。(爆)
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by bs2005 | 2010-07-12 08:05 | お目を拝借  

今を生きる

三度目の癌に襲われた友人と半年ぶり位に会った。メールで話はしていたのだけど、お互いに忙しく、会う機会が無いまま時間が過ぎてしまった。

抗癌治療の効果が上がらず、医療的には為す術もない状態に陥っている状態の彼女と会うのは正直怖くもあった。どれだけ衰弱していることか、どんなに辛い思いをしていることか、、。

でも、最近のメールで医者から「余命はせいぜい5年」と言われたと言いながらも明るい文面だったこと、私が勝手に想像していたのは余命一年も無いのではと思われたのに5年というのは思ったほど悪くはないのかもしれないと希望を持ったこと、そして彼女自身が「皆、もう私は死んだと思っている感じだ。そっと邪魔をしないようにと気遣ってくれているようだけど、私はむしろ邪魔をしてもらいたい」という言葉に勇気付けられ、思い切って散歩に誘った。

会ったらこちらの胸がつぶれるほどの弱り方なのではと、会うまではびくついていたけれど、会ってみたら驚くほど元気だった。知らない人が見たら、彼女がそんな深刻な段階にいる癌患者だとは夢にも思わないだろう。言われても冗談としか思わないだろう。

元々、すごく体を鍛えている人で食生活にも人一倍気を使っている人だったので健康、頑丈そのものに見える。見えるだけでなく、歩くのもしゃきしゃきとしている。1時間半ほどバードウォッチングをしながら広い自然豊かな湖のある公園を歩いたのだけど、こちらが彼女のペースに追いつくのにふ~ふー言う位だった。嬉しい驚きだった。

「全然体力的にも見かけでも(健康だった)以前と変わらないね。誰もあなたが病気だとは思わないだろうね。」と言ったら、「以前と同じよ。自分でも痛みも苦痛も無いし、弱ったとも感じない。そう言うと医者には今にそうは行かなくなるから気をつけろと釘をさされるのだけどね。」と笑って言う。

そして「強いていえば良い方に変わったわね。」という。どういうことかと聞いてみたら、こういう経験をして、自分は以前よりずっと人に対して寛容に優しくなれた。人との関係もよくなったし、毎日が楽しいという。

「いやなヤツと思うような人も、今はそういう人であるのは何か理由があるのだろう、それなりに哀しさを抱えているのだろう、可哀想だと思うようになったので嫌う気持ちが無くなった」という。

「以前はそんな風には全然思わなかったのだけど、人はどんなささやかなことでも、その人の住む世界に貢献し得るのだとわかった。たとえばスーパーで袋詰めをしているアルバイトの男の子が優しく接してくれる、そんなことで私はすごく明るく優しい気持ちにさせられる。その日一日、明るい気分になれる。そうやって彼は立派に社会や人に対して貢献しているのだと思う。」という。

彼女の母親との関係も良くなったという。以前からすごく仲のよい母子関係だったので、「前からそうじゃない?」と言ったら、彼女の母親は、自分と意見が異ならない限りは世界一素敵な母親なのだけど、意見が異なると、時にはとても意地悪だったのだという。そんなことは聞いたことがなかったから驚いたのだけど、そんな人だったので、違う意見、好ましくない意見を言うときは聞いてくれなかったり、さえぎって徹底的に論破するタイプの人だったのだという。友人の頑固さもそんな母親譲りだったのかもしれない。

その母親が、彼女がどんな葬式をして欲しいかというような話をすると、以前の彼女なら、そんなことを話すのはいけないとか、間違っている、とか言うのに、何も言わずに淡々と穏やかに聞いてくれるのみならず、情報をくれたりするのだという。静かに優しく寄り添って聞いてくれるのだという。

それを聞いてとても切なくなった。母親はもう80はとうに超えている筈だ。その人が自分の娘が自分より先立つことになりそうであるのみならず、その彼女の葬式の話まで彼女の口から聞かされる。どんなに辛いことだろう。それでも、その娘が相談しておきたい気持ちを第一に考えるから、自分のそんな気持ちを抑えて、和やかに話し相手になることが出来るのだろう。親の究極の愛のようなものを感じた。

友人はそんなことを淡々とにこやかに話しながら、「自分がこういう目にあわなかったら、自分は今の境地になれなかったと思う。自分には必要な経験だった。だから、何故他の人じゃなく自分がこんな目に?なんて少しも思わない」と言った。

彼女は病気以前と同じボランティアの仕事も週二回続けている。昨日はそれで7時間も働いたという。以前から続けている週二回の仕事も続けている。家の中のペンキ塗りの仕事もやり、旅行にも数回出かけ、今はイエーメンやブラジル、その他の遠方への旅行をいくつか計画している。毎日充実して忙しい。

散歩を終えて、彼女は私よりよっぽど、今を生きていると思った。



参照:コメントの中で頃子さんが紹介してくださった頃子さんの記事『understand』
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by bs2005 | 2010-07-11 18:23 |