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フィリバスター

英語のスペリングはfilibuster。たまたま或る記事の中で見た。

その記事は、オバマが選んだ最高裁の判事の後任に対して共和党がfilibusterの可能性は低いけれど、直ちに賛成するわけには行かない。厳密に検討すると言っている。民主党の議席数から言えば、共和党の支持が得られなくても任命は承認されるけれど、filibusterという手段に出た場合、それを覆す規程数には足りない。というような内容のものだ。 日本の衆院で三分の二の再可決みたいな規定だろうか。

反対を押し切るには足りない議席数ということだが、共和党もそこまでの反対をするからには、相当の根拠を必要とする。ヒスパニック系の女性判事だから、ヒスパニック系や女性の支持はますます失いかねない。今のところ、嫌だな~という以上のものは見つかっていないので、これから頑張ろうというところか。

それにしても、filibuster という単語、今までに見た記憶が無い。一体どういう意味なのかと思って英辞郎でfilibusterを調べてみたら、な~んだ、議事進行妨害という意味だそうだ。アメリカではあまり見たことないけれど、日本の議会ではしょっちゅう見ていることじゃないか。

調べてみて、もっと驚いたのはフィリバスターというカタカナ英語になっていること。聞いたことなかったな~。パソコンでも簡単に変換できる。私だけが知らないカタカナ英語なのだろうか?まあ、日本では身近なことだから、普通に出回っていても不思議ではないし、世間の誰もが知っていて、私だけが知らないというのも珍しいことではないのだけど、、(汗)。

こんな私もゴースト・バスターズの方は知っていたんだけどね。(笑)
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by bs2005 | 2009-05-28 00:32 | こんな英語表現  

あまりにもアメリカ的な、、、、

あるアメリカ人のテニス友達の急死の知らせを受けた。子どもさんの一人がまだ高校生というのだから、50歳そこそこなのではと思う。自宅の庭で倒れて冷たくなっているところを、翌朝訪れた彼女の身内によって発見されたのだそうだ。

テニス友達と言っても、最近は会うこともなかった。私が頭の怪我からやっとコートに復帰した頃、彼女は肩だか背中だかを痛めてすれ違いになった。彼女とは本当にごく表面的な付き合いだった。テニスをして別れるだけの、、。心の中をさらけ出して語るようなことはお互いに一切無かった。そういう機会さえ無かった。色々の深い事情を聞いたのは彼女が亡くなってからだった。

彼女はスタイルもよく、あでやかな顔立ちが目を引いた。超エリートの仕事を持っていた。テニスも上手だった。初めて会った頃は、とても大きな家に住んでいるという噂で、ハンサムで同じく超エリートのご主人との間に、可愛い子ども二人に恵まれているとかで、いつも朗らかに笑っている人だった。全てを手中にしている感じの人だった。その頃、嫌な思いをしたことはない。まだ付き合い始めたばかりだったからかもしれない。

それから数年経って、幸せそのものに見えた彼女が、二人の子どもを引き取って離婚したと聞いた。すごく傷つけあう離婚だったらしいと人の噂にちらりと聞いた。亡くなってから聞いた話では、離婚まもなく夫には新しい彼女との間に赤ちゃんが生まれて、そのことにも彼女は深く傷ついたのだともいう。でも私が会うときは変わらぬ彼女だった。辛そうな様子は見たことが無い。

二、三年もしない内にずっと年下の素敵な男性と再婚することになったと、それも人づてに聞いた。とてもその結婚を喜んでいたとも。

その頃から一、二年経った頃だろうか。自分勝手なことを言ったり、ゲームの約束に来なかったり、逆に約束していないのにやって来たり、、と、いいかげんな彼女の面を知るようになったのは。こんな人だったのかと思った。しかし、基本的に大したことじゃないので笑って許すか、冗談交じりに文句を言いながらも、こちらが彼女の我儘に折れるという感じで付き合っていた。

最後に彼女とやりとりをしたのはメールでだった。会うことはなくなっていたのだけど、たまたま、或る件が彼女に絡んでいて、彼女は非常に自分勝手なことを言った。私一人のことならば折れたのだけど、他の人が絡んでくるので、今度は簡単に折れるわけには行かなかった。

彼女の言い分はどんどんエスカレートして行った。回りの人が「そんなことを言うなんて彼女はおかしい、何か他に問題を抱えているのでは」というほど、筋の通らない言い分を繰り返し、こちらの言い分は一切理解しようともしなかった。

話は平行線のままで、私はもう話し合うのは止めようと言った。これ以上話し合っても無駄としか思えなかったからだ。お互いに不機嫌なまま、メールのやり取りは終わった。それが彼女との最後だった。それからほんの半年ばかりの今、仲たがいしたまま、彼女は逝ってしまった。言い争ったことは、命の重さに比べれば本当に取るに足らないことだったのに、もう取り返しはつかない。

私の別の友人が彼女の死を教えてくれた。彼女自身、昔は亡くなった彼女とよくテニスをしたけれど、深い付き合いはなく、最近の彼女のことは知らなかった。詳しい事情を知る人からその死を知らされ、残された子供達の為にお葬式に沢山の人が来て、彼らにとって沢山の人に愛された母親というイメージの葬式であって欲しいと、出来る限り知らせたのだという。

知らせた人々も最近の彼女のことは知らず驚いていたという。けれど、その友人の努力の甲斐あってか、葬式には沢山の人が訪れ、盛大なものだったそうだ。どれだけの人が本当の彼女を知り、彼女の本当の心の内や苦しみを知っていたのかは分からないけれども、、。

詳しい事情を知っている人の話によると、彼女の二度目の結婚も、数年もしない内に駄目になっていたのだという。そして最近はアルコール中毒が悪化し、病院に通ったり、彼女の飲酒を止めようとする支援グループが家に来たりしていたのだけど、それも効き目が無くという状態だったのだそうだ。彼女のアルコール中毒がいつから始まったのかまでは分からない。ただ約束にいい加減になっていたのはお酒のせいだったらしい。

彼女がどうして倒れていたのか、倒れた段階で見つかっていれば助かったのか、そういうことも分からない。子供さん達が何故家に居なかったのか、子供さん達は最近は前夫に引き取られていたのか、それも分からない。分かっているのは彼女はたった一人で逝ってしまったということだけ。彼女の最期の瞬間がどんなものだったのかは誰も知らない。

今、頭に浮かぶのは、不思議なことに最近の彼女ではなく、ずっと昔の初めて会った頃の、幸せな結婚生活の中でキラキラ輝いていた眩しいような笑顔ばかり、、。

本当の自分は全然私に見せなかった彼女、それを知らなかったばかりか、彼女が苦しんでいるのかもと思い測ることもしようとしなかった私。お互いにたった一度の人生なのに、本当には一度も出会わず、すれ違うばかりで唐突に終わってしまった彼女とのご縁。

どうぞ今は心安らかにありますように。合掌。
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by bs2005 | 2009-05-26 03:47 |  

日馬富士、初優勝おめでとう!

誰にも負けない位の努力を重ね、力士としては小さな身体で、真っ向からの勝負にいつも賭けてきた日馬富士、「勝ち負けに拘らず、お客さんに喜んでもらえる良い相撲を」と言い続けてきて、言うよりはるかに難しいその実践に努力してきた日馬富士。

あなたを讃えることも応援することも、あまりにも当然過ぎることであると同時に、日本に居ない自分がわざわざ書くのも躊躇われて、今まで応援記事も賞賛記事も書いてこなかったように思いますが、今回、ただ一度だけ、おめでとうを言わせてもらいます。

大関になってからの勝てない辛い日々、自分の相撲を取れない辛さ、それを乗り越えて見事に掴んだ初優勝。これから何度か優勝はするでしょうが、忘れられない優勝になったことでしょう。

大関になったときの次の目標は優勝と言われてましたが、優勝をしたからには、今度の目標は横綱。これもあなたならきっと果たすでしょう。だから、その時、もうお祝いの記事は書きません。そして肩書きなどは関係ありません。負け越しか勝ち越しかも、、。大関になるまでは、大幅に負け越したときだって、良い相撲を取り続けてきてくれたあなたです。

大関になっての不調の原因は、大関らしい相撲を取ることへのこだわりだったというあなた、大関であろうがなかろうが、自分らしい相撲を取ることに専念することにして、その壁を乗り越えたあなた。

今まで安馬という名前に馴染みすぎて、日馬富士と呼べませんでした。自分らしい相撲を取り切って優勝に漕ぎ着けた今場所のお蔭で、その新しい名前にもやっと馴染めそうです。

横綱になろうがなるまいが、自分らしさを見失わずに、いつまでも今のままのひたむきで真っ直ぐなあなたらしい相撲、「お客さんを喜ばせる良い相撲」を見せ続けてください。本当に本当に初優勝、おめでとうございます!
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by bs2005 | 2009-05-25 01:31 | 賛辞のあなた  

自分達が散々やってきたことなのに、、、

「日本“感染源”扱い…韓国の「危険国」指定に大揺れ」という記事を読んだ。

韓国は19日、日本を「危険地域」に指定し、日本から航空機や船で入国したすべての乗客の追跡調査や機内検疫を強化する方針を打ち出した。いまや日本はすっかりアジアの“感染源”扱いだという。

それに対し、日本の医師からは韓国の措置に異論が噴出、 「日本は、地域の診療所の充実度が世界でも突出して高い。国民皆保険制度も確立しており、少しでも異変を感じたらまじめに医師の診察を受ける習慣ができている。他の国は感染者数が少ないのではなく、診療習慣や診療機関の数、検査体制などの面で日本ほど正確に実態を把握できていないだけと思われます」こう憤るのは、東京慈恵会医科大の浦島充佳・准教授。だとか。

韓国はアメリカ・カナダ・メキシコに対する日本の対応を模範にしているだけではないのか。自分達が散々やってきたことをされたからと言って、こんな文句が言えるのだろうか。言えるとしたら、自分たちがやっていた時に異議を唱えていた人間だけだと思うけれど。

あのやりかたが正しいと思うならば文句は言えない。日本の診療体制がどうであれ、今や日本は世界第四位の感染国なのだから。今になって大揺れになったり、こんなことを言うのは、アメリカ、カナダ、メキシコに対しても、アジアに対しても失礼だ。何故、そんなことも分からないのか?今更、こんなことを言うのは恥ずかしすぎる、、。

言えることがあるとしたら、機内検疫で症状が既に出ていても陰性となった感染者があったこと、潜伏期の患者には無効であること、追跡調査も相当の準備と人員が必要であり、困難であること、機内検疫をやるならごくわずかの特定の国からの便だけを選んでも今の段階では有効性が低いこと、それより国内医療体制の整備に全力を尽くした方が良いこと、無駄に騒いで医療拒否やら過剰反応を引き起こさないこと等々、日本が学んだことを教えてあげる位だろう。
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by bs2005 | 2009-05-22 23:47 | 異論・曲論  

素朴な疑問ー犯人はマスク?

アメリカの悪名高い感染都市のど真ん中で、マスク無しで暮らしている娘やその周りの人が全く新型インフルに罹っていないのに、観光などでたかだか一週間とか二週間しか居なかった人が感染している。日本より先に国内感染をしていた国、マスクもあまり見かけないイギリス、スペインなどより日本は既に感染数が増えている。一体全体、どうしてなのだろう?

ひょっとしてマスクではないか?外出すれば色々の機会に人が触ったものに触る。病院内ではあるまいし、一回、一回消毒などは不可能である。マスクをしていれば自然にマスクに触ってしまう。そうやってマスクの外側に菌を集めてしまっているのではないか。していなければ、風と一緒に通り過ぎて行くような菌をそうやって集めて、家に持ち帰っているのではあるまいか。そして、そのマスクに触ることで、目だの鼻だのの粘膜に移しているのではないか。

こうやって罹ってもいない人間がマスクをすることこそが、感染の原因になっているのではないか?少なくともマスクをして新型インフルに罹っている確率は、しないで罹っている人の確率を圧倒的に上回っているのではないか?
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by bs2005 | 2009-05-22 04:50 | 未知と無知  

何かがとても間違っている、、、

少し前に新型インフルかもと疑いがかけられた高校生の通っていた学校の校長が、新型ではないという結果に涙をこぼして安心している姿が報道されていた。今度の洗足学園では、感染した女子高校生が「申し訳ないと伝えて欲しい」と言っていたと学校の関係者が涙ぐんでいた。まるで犯罪でも犯したかのような恐縮ぶりだ。

彼女たちはアメリカで食事以外マスクを外さなかったし、極力感染予防に努めていたという。そうだろう。模擬国連に参加するような真面目で優秀な生徒たち、きっと周りから浮き上がるほど真面目にやっていたのだろう。そこまでしたって罹る時は罹る。罹らない時は罹らない。予防の徹底を宣伝をするのは良いけれど、いいかげん、罹る時は罹るということも徹底した方がよい。

そうでないと、罹った人間はこんな風に肩身の狭い思いをすることになる。何度も言うけれど、生半可なことでは感染を防げないから、このインフルエンザは怖いのだ。完全に防ぎ切れるものではない。罹るかどうかは半分以上、運みたいなものだ。

私の娘はアメリカの感染都市に住み、公共の交通機関を利用して、毎日、人込みの中を観光客も沢山通る街のど真ん中のオフィス街にマスクもせず、通っている。回りも同じだ。そして彼女の知る限り、新型インフルにかかった人は居ない。知人の知り合いにも居ない。皆、元気に通勤している。

私の住む町もそうだ。彼女の居るところほどじゃないけれど、感染者は住んでいる。でも、町でマスクをしている人間は居ない。行事もお祭りも例年通りにやっている。私も回りに新型インフルに罹った人を知らない。友人、知人の間でも聞かない。勿論、罹って申し訳ないなんて話はどこでも聞いたことがない。

どこに居たって、マスクをしようが、予防に励もうが、罹る時は罹る。罹らない時は罹らない。罹ったことにこんなに肩身の狭い思いをしなければならない日本、まるで魔女狩りのようにさえ見える。アメリカとは大違いだ。

こちらに住む私の友人の日本のお母様は長期入院している。もう80代半ば。彼女は頻繁に帰国してお見舞いに行っていた。先日もその予定だった。でも、キャンセルを余儀なくされた。お母様の入院している病院から、アメリカからの方は病院内に入っては困ると断られたのだという。

彼女は新型インフルには罹っていないし、元気そのものだ。発熱もしていない。彼女の周りにもそういう人は一人も居ない。でもそういうことだそうだ。アメリカに住む人間はそれだけでクロということなのだろう。

彼女のお母様は今すぐ命にどうのこうのということはないけれど、高齢だからいつそうなるか分からない。アメリカに住んでいる人間は病院に居る親の死に目にも会えないことになる。圧倒的大多数は新型インフルと無縁に暮らしているというのに、、。この論理で言えば、その内、神戸在住の人も病院での臨終に立ち会えなくなる。

今、医療機関ではマスクがなくなっていて、診療にあたる人間がマスクがかけられなくなる事態が早晩来るかも知れないという。過剰反応は禁物だけど、閉鎖された空間の中ではマスクはした方がしないよりは良いという。ましてやそういう閉じられた空間で発熱した人間を相手にする医療者には、心理的にも絶対必要なものだ。完全に安全を保証するものでないとは言え、無防備にさらされるのは気の毒でしかない。マスクの効用に疑問があっても、マスクの不在は医療拒否に繫がりかねない。

それなのに、マスクは売り切れて7月まで手に入らないという。その頃には新型は収まっているだろう。医療機関にはこういうことが起こらないように、公的機関は医療機関に渡る分は確保しておくべきだった。30年近く前のトイペ騒動を思い出す。マスクが安全を保証するものでもないし、ここまで必要かどうかも疑問なのに、町中がパニックを起こして、肝心のあるべき場所にマスクがない。医療関係者どころか、罹った人間こそマスクが必要なのに、下手をすると罹った患者にもマスクは入手困難になるかもしれない。

今度の新型インフルの日本での騒ぎ方を見ていると、何かがとても間違っている感じを否めない。そして、それは日本の本質的あり方から来ているように見える。科学的に現実的に対応できない。感情的、非科学的に対応して肝腎の現実的対応はお粗末。

政府は当初、新型インフルを強毒性のものとして対応していたが弱毒性のものへの切り替えがうまく行っていないのだと言う。水際作戦も強毒性のものとしての対応だったと言い訳がましく言っている。

弱毒性のものさえ食い止められなかった水際作戦、そして国内感染の事態になったら、医療拒否だの医療体制の不備が目に付くばかりか、医療関係者はマスクさえ充分でないという。当初の想定通りの強毒性のものだったら、今頃日本は圧倒的な死者を出しているだろう。

今回の新型インフルへの対応、国内体制の不備は徹底的に反省するべきだし、マスコミ、報道のありかたも反省するべきだ。そうでないと、来るべき強毒性のインフルエンザに日本は現実的な対応が出来ないだろう。弱毒性のものに対してさえ、こうなのだから。
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by bs2005 | 2009-05-22 00:08 | 異論・曲論  

まことしやかな国 ニッポン

水際で感染を食い止めると言う。水際死守と叫ぶ人も居る。だけど潜伏期の患者はどんどんスルーする。感染は既にアメリカ、カナダ、メキシコだけじゃないのに、その三カ国からの便だけ検疫をして、他の便はスルー。ザルのごとき検疫体制でありながら水際阻止と言い続ける。あたかも本当にそれが出来るかのように、本当にそれを実行しているかのように。

国内で感染患者がごく当然にも見つかったら、今度は感染拡大を阻止するという。マスクと手洗い、消毒であたかも感染拡大が防げるかのように、あたかもまだ間に合うかのように。

新型インフルエンザが怖いのは、そもそも生半可な手段では感染を阻止できないからではないのか。感染を阻止できないものを拡大だって阻止できるわけがない。たかが知れている。今に日本のあちこちに患者が雨後の竹の子のように現れる。

そうなっても季節性のものとそう変わらないのだから騒ぐにあたらない。季節性のものだって毎年死者は出ている。パニックに陥ることはない。少なくとも今の段階では、季節のインフルエンザと同じように行動していれば良い。

弱毒性のものに対して、町中がマスクをしたり、患者の出ていない学校を閉鎖したり、修学旅行をやめたり、用心深いのは結構だけど、そんなことをしても感染するものは感染する。拡大するものは拡大する。もう既に止められる段階をとっくに過ぎている。感染は拡大すると覚悟を決めた方が、ずっと現実的で生産的な対応が出来ると思う。

問題は感染が拡大したときに、どこまでそれに対処できるかだ。いかに医療拒否を起こさない、需要にスムーズにきめ細かく対処できる医療体制を作るかということだ。時間稼ぎの意味しかなかった水際作戦が、時間稼ぎとしてさえ役立ってこなかったことは、今の対処のお粗末な遅れ方を見ても明らかだ。

水際阻止などというポーズ以上のものでないものをまことしやかに本気でやって、そちらにエネルギーを無駄に費やし過ぎたから、こうなる。水際作戦などという特殊な作戦に長々とうつつを抜かしている間に、もっと他の国での対処の仕方を勉強し、参考にしてやるべきことが沢山あったのではないか。

弱毒性と分かったあとでも依然として過剰反応しているくせに、肝心のことが立ち遅れているこんな国が他にあるのだろうか?日本に行ったアメリカ人は、成田での水中眼鏡をかけたかのような検疫官たちのものものしさに、SFホラー映画の世界に居るみたいな気持ちにさせられたと笑っているという。

外国から見たら何もかも異常な感じは否めない。そしてここまで大騒ぎして、今や感染数世界第四位だとか、、。情けなくなってくる。

今度こそ、同じ間違いは犯さず、感染拡大は前提にして動くべきだ。ザルのごとき水際作戦で国内感染を阻止できるような幻想を与え続け、今度は感染拡大阻止を声高に叫んで、そんなことが出来るかのような幻想を政府もマスコミも専門家も広げている。どこまでまことしやかな国なのだろうか、ニッポンは?

関連過去記事:「水際作戦」の日本性
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by bs2005 | 2009-05-19 23:47 | 異論・曲論  

マザー・テレサに会いたい

私の大好きな番組NHK『あの人に会いたい』で、マザー・テレサを取り上げていました。『マザー・テレサの揺らぎ」という記事を書いて以来初めて、彼女が語る姿を目の当たりにしました。

あの記事で新たな角度から彼女を見るようになっていた私は、彼女のひたむきさ、洗われたような表情の美しさに、改めてより深い地平から感動しました。

金融危機で多くの国が貧困に直面し、日本などでもホームレスの人が増えて不安に怯える人が激増している今、彼女は何と言うでしょうか。彼女が亡くなって11年、、、。番組のタイトル通り、こういう時代の今だからこそ彼女に会いたい、そう思いました。

番組で語っていたことは、既に色々なところで紹介されている言葉だとは思いますが、改めて、ここに書き留めておきたいと思います。

多くの日本人が分かっていないようですが、日本にも貧しい人がいると思います。心の貧しさもあります。愛に飢えた人たち、、、豊かな国ほど心が貧しい、、、物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。

私は溝の中で死に掛かっていた人達を助けたことがあります。その人たちは「貧しい人生を送りましたが、天使として死ぬことが出来ます。」と言ってくれました。そのような病いを持った貧しい人々は全て神の子ども達なのです。愛され、愛する為に生まれてきた神の子ども達なのです。ですからそういった人たち全てが私の妹であり、私の弟でありと考えるのです。その為に顔に笑みを浮かべて平和な気持ちで亡くなってもらいたいと考えます。

貧しい人を愛した両親からその愛し方を学びました。愛は家庭から始まる。家庭に神の愛をもたらせば、平和と喜びが満ち、それは隣人にも及びます。隣人への愛も深まり、平和が来ます。

貧しい人たちはその貧困が強制されるわけですけれども、私たちは持たないことを選んでいるのです。テレビを持たない、ラジオを持たない、それによって貧困者たちのその貧しさを知りたい、理解したいと思うのです。そういう方法を取らなければ、貧困者たちに接近することが出来ないでしょう。

貧しさは自由だと思います。私は自由です。何も持っておりません。

私たちは毎日7000人分の食事をカルカッタで用意します。小さな子ども達、男の人も、女の人も、たとえどんな宗教を持っていても、与えることによって、その愛の喜びを分かち合うことが出来るのです。

小さな子ども、4才の子どもでしたが、マザー・テレサが人々に与える砂糖を持っていないということを聞きまして、家に帰ってお母さんにこう言ったのです。「私は三日間、お砂糖を食べないから、このお砂糖をマザー・テレサに上げてちょうだい。」 自分が痛むまで人を愛するということだと思います。

日本の方々も、このようなやり方を分かって頂きたいと思います。捨てるということではありません。自分が傷つくまで与えるということです。

今日の最大の悪は、すぐ傍にいる人が苦しんでいても無関心でいることです。

昨日は去り、明日は未知、あるのは今だけ。子ども達の救済も今が大切です。

(50年を振り返って長い道のりだったかという質問に答えて)
いえ、昨日のことのよう、、、、再び最初から始めなければならないとしても、私はまた同じことをするでしょう。

世界の中で人は単なる数ではありません。素晴らしいことは、神が、子どもを、あなたを、私を造られたことです。街の貧しい人も、飢えた人も、裸の人も御姿に似せて造り、愛し合わせたことです。単なる数では決してありません。

また聖書で美しいのは神がこう語られていることです。「たとえ母がわが子を忘れても、忘れうることがあっても、私はあなた方を忘れない。」

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by bs2005 | 2009-05-19 12:08 | 忙中閑の果実  

三五八漬けの素のレシピと芋煮のレシピ

先日、「かき回さない方がよい糠床?」の記事を載せたら、思いがけなく昔からの友人、ミントママさんがぶんな毎日の方にコメントをくれました。彼女はよく私の記事を読んでいてくれていたそうなのですが、パソコンは苦手と言っていたので、そんなにマメに読んでくれていたこと自体が意外で、嬉しかったのです。もっと意外だったのは、そのコメント。一部を抜粋してご紹介すると、、

ご無沙汰しております(^J^) 三五八のことが書かれていたのでこれは黙っていられないと思い、コメントさせていただきますね!

私何十年と三五八の素を作り続けていますp(^◇^)q 山形にいるときからいつも食べてました.

素は常温で、漬けるものは冷蔵庫で半日ぐらいでOKです。日本にいるときに食べてもらったと思いますよ・・・何しろ楽です。


既に三五八漬けとはずっと以前に出会って、食べさせてもらってさえいたなんて!^^;

以前は日本に帰る度に、ほぼ毎回のようにお宅にお邪魔して、彼女の手料理をご馳走になっていたのですが、ここ数年は母がさらに弱ってきて遠出して余り傍を離れたくなかったことやら、こちらの頭の怪我などのことがあってずいぶんご無沙汰していたのです。彼女は山形出身で芋煮を出して頂いて感動したのは覚えていたのですが、彼女の家で三五八漬けを頂いたことは記憶にありませんでした。

でも、よく考えてみると彼女のお宅で美味しい漬物を頂いて、お皿にこんもりと出してくださったのに、美味しさの余り、図々しくお代わりまでしたことは思い出したのです。多分その時、糠漬けと思い込んでいて三五八漬けを食べている自覚が無かったのかもしれません。

記憶ではその時の漬物は主に茄子だった気がするので、彼女のレシピには書いてありませんが茄子も美味しいと思います。私は今までに胡瓜、セロリ、大根、人参、アボガド、ピーマン、パプリカなどを漬けてみて皆、美味しかったです。

ともかく、そんなことがキッカケで彼女が国際電話をしてくれて、久しぶりのお喋りを楽しむことが出来ました。彼女から掛けてくれた国際電話で話したのは初めてでした。こんな風に旧交が温められるのもブログのお蔭!

そして電話の中で彼女が快く了承してくださったのが、彼女が自宅で作っている三五八漬けの素のレシピと、彼女がよくご馳走してくれた芋煮のレシピをブログでご紹介し、麹を初め材料が入手しやすい日本の皆さんにお裾分けすることでした。今日、メールで届いたので早速アップさせて頂きます。

芋煮の方は以前ご馳走になった時、彼女に作り方を教わり、私も作ったことがあるのですが、舌が芋煮の味を覚えていなくて、私の作ったものは、彼女の作ったものとは似ても似つかない薄っぺらな味でした。それでそのまま二度と作っていないんです。今回、もう一度挑戦してみようかな~。

彼女の芋煮のレシピの調味料は全て適量で、分量では表せないそうです。昔から馴染んで作ってきたものってそんなものですよね。舌と手先が季節の温度と湿度にあった量を覚えているけれど、大匙何杯とかでは表せない、無理に表しても、どこか不自然な味になってしまう。そこに郷土料理の素敵さ、温かさがあるような気もします。

郷土料理って不思議ですね。その郷土で育った人には勿論、たくさんの温かい思い出と一緒の、胸がきゅんとなる味だと思いますが、その土地で育っていない人間にもその素朴な温かさ・懐かしさが伝わります。

母が亡くなった直後に実家に届いた頃子さんの青森名物「けの汁」も、心にしみじみと響く懐かしく温かい味でしたが、きっとあれも大匙何杯とかいうレシピでは表現し切れない味なのだと思います。まだお会いしたことのない頃子さん、そんな方からまだ行ったことのない青森のこんな素敵な味を味わせて頂ける、、、これも勿論、またまたブログのお蔭!

まだ山形にも行ったことはないのですが、山形の人の素敵さと、山形の料理の素晴らしさを教えてくれたミントママさん、いつも有難う!

三五八漬けの素の作り方 

材料

麹・・・・・・・・400グラム[みやここうじ]を2袋使ってます
もち米・・・・・1,5キロ[普通に炊いて、人肌に冷ます]
塩・・・・・・・・900グラム

作り方

麹と塩をさらさらに混ぜておいて、冷ましたもち米とよく混ぜ合わせる。
タッパーのような密封容器に入れて、常温で2ヶ月間醗酵させる。この間は開けないこと!
容器に水分がつかないように注意する。(ぶん注:水分がついていると腐るもとになるそうです。)
出来上がっても常温でOKです。
きゅうり1本に大体大さじ一杯弱をまぶすようにして、ビニール袋か、タッパーに入れて
冷蔵庫で半日ぐらいで食べられます。
一度漬けると3日から4日間は大丈夫です。
かぶ、大根,人参など美味しいですよ。


芋煮の作り方

材料

サトイモ、大根、ささがき牛蒡、牛肉[バラ]、長ネギ、こんにゃく、シメジ
大根はあっても、なくてもお好みでかまいません。

作り方

煮えにくいものからたっぷりの水で煮て牛肉は煮立っているときに入れる。
醤油、酒、みりん、ダシをけんちん汁の要領で加える。
もともと川原など屋外で作るものなのでとてもいいかげんです。


私が今持っている三五八漬けは、中に漬け込み、水分が出てきたら三五八漬けの素を足していくという指示なのですが、糠漬けよりはるかにすぐ、ずっと多くの水分が出てきてしまって、素の減りが激しいのです。水分が入っているので彼女のもののように常温保存は出来ませんが、出てきた水分でも漬けられるとはサイトの方に書いてあったので、それで漬かるなら、ここにある少量をまぶすという方法も行けるのではないかと思うので試してみます。うまく行けば、その方が無駄が無さそう、、。^^ ←やってみたら、うちにあるものでは少量をまぶすという方法ではあまりしっかり漬かりませんでした。元々、同じものではないので当たり前の話ですが。(汗)
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by bs2005 | 2009-05-19 04:32 | レシピに挑戦  

ミシェル・オバマの魅力をたっぷり

オバマの選挙中に記事やコメントへのお返事の中で、ミシェルはオバマに勝るとも劣らない人物で、こういう女性を一生の伴侶に選んだ事、もっと言えば、こういう女性が彼を選んだということだけで、オバマを信じられると書いてきました。選挙期間中からずっとオバマの当選によって、日本の皆さんにも彼女の素晴らしさが伝わる機会が増えることを祈ってきました。

今回、時間が無いので翻訳は出来ませんが、それでも彼女の颯爽としたキャリアウーマンとしての魅力だけでなく、精神的にも見事に自立した女性の魅力はすごく伝わってくるのではないかと思い、彼女が卒業式で述べた祝辞の出来立てほやほやのビデオをお届けします。

キャリア・ウーマンでありながらも、何よりも家族、子どもを大事に愛情深く最優先して生きてきた女性、彼女と並んでいる時、時々オバマが母親に寄り添う男の子のように見える時があります。オバマにとってはそれだけ心から愛し、信じ、頼りにしている女性だと思います。日本からもこういう女性がどんどん育って行って欲しいものです。

追記:時間の無い方は、パート3をご覧下さい。パート3が最も聞かせるところです。オバマも大統領として初めての卒業式の祝辞でミシェルと同じようなことを言っているのですが、ミシェルの方がずっとパワフルだと思います。

オバマがよく「ミシェルが自分を育てた」というようなことを言いますが、この演説二つを聞き比べると、本当にそうなんだろうな~という感じがしてきます。彼らによって育てられる二人のお嬢さんの未来に大きな夢を描かずにいられません。尚、おまけにオバマのその演説も最後に追加で載せました。






おまけ:オバマが大統領として初めて行った卒業式の祝辞。演説が上手と誰もが認める彼ですが、この二つを比べる限り、ミシェルの方がその説得力で上を行っていると思うんですが、いかがでしょう?



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by bs2005 | 2009-05-18 05:15 | ドラマ・ド・オバマ