カテゴリ:こんな英語表現( 194 )

 

日本人のキツイ英語表現

今までに何度か、日本人は「アメリカ人はストレートに率直にものを言う」という神話を信じ込み、英語で表現するときに、アメリカ人を不快にさせるストレート過ぎる言い方をしていることが多々あることを書いてきたけれど、具体性に欠けていたと思う。

先日、帰国の際、成田からのリムジン・バスに乗って、英語のアナウンスで「え?」と思う表現があったので、そのことを書いてみたい。

具体的に正確には覚えていないのだけど、大体こんな風な感じだったと思う。バスの中では携帯電話を慎むようにということを伝える為のものだ。

Portable phones are not allowed on the bus, as they annoy your neighbors.
(携帯電話の使用は許されていません。周りの迷惑になるからです。)

とても日本的な感覚がそのまま表れた英語表現だと思う。先ず第一に not allowed という表現。許されていない、禁止されているということをそのまま英語にしたのだと思うけれど、外国人にとっては、すごく強制的な、お上からのお達しのように感じて圧迫感のある居丈高な表現だと思う。子供扱いされているような感じもして、むっとする人もいるかもしれない。

また、日本人は周りの迷惑を常に念頭に考える国民だから、周りの人に不快感を与えるという注意をしたのだと思うけれど、わざわざ言うのは、これも相手を子供扱いしているか、そこまで説明しなければならない程、礼儀を知らない人と決め付けているような印象を与える。そこまで言うことはないだろうという感じは否めない。

では具体的に英語らしい表現を使うとどうなるか?多分、こんな感じだろう。

As a courtesy to other passengers please refrain from using your mobile phones.
As a courtesy to other passengers may we suggest you not use your mobile phones.

「他の乗客にご配慮頂き、携帯電話の使用を控えて頂けますでしょうか」と上記よりは大分ソフトに控えめに遠慮して感じられる。この微妙な違いはあまり分かって頂けないのかもしれないが、先の表現も日本語にしてみたら、そのストレートさ、きつさが分かってもらえるのではないか。日本語でこんなことを相手に言わないと思う。英語でも言うべきではない。

日本語に直訳しても失礼さは分かるような言い方を、日本人は往々にして英語でやってしまっていることの例になっただろうか。
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by bs2005 | 2011-07-01 09:33 | こんな英語表現  

luck out

英辞郎によると、lucked out には運が尽きたという意味とラッキーだったという意味と二通りあるようだ。今朝、友人が電話で We lucked out! と言ったとき、最初私は前者かと思ってしまって落胆しかかったのだけど、念のため確かめたら後者だった。普通は圧倒的に後者を意味するようだ。

luck runs out は運が尽きるという意味で、これなら分かりやすいけれど、前者の意味で使うときの文章がまだ分かっていない。それなのに、記事にしているのは、例文で面白い表現だな~と思ったものがあるからだ。

luck out in the husband department
   幸運にも素晴らしい夫に巡り合う
luck out in the wife department
   幸運にも素晴らしい妻に巡り合う


in the husband department, in the wife department なんて面白い言い方だと思う。この場合のdepartment は分野とか領域という意味で、言うまでもなくお店のデパートじゃないけれど。

そもそも、この表現を私が殆ど聞いたことが無いのも、こんな事言うのは結婚式とか新婚の時だけの表現なのかもしれない。(ひがみ?) 何年も連れ添ってこんなこと本音で言える人が、世の中、どれ位居るのかな~?隠し子(love child:非嫡出子)が見つかったばかりのシュワちゃん、絶対に言ってもらえないな~。うちのダンナも絶対言わないだろうな~。前者の意味ならともかくとしても。良い伴侶が売っているデパートがあると良いのに、、、(笑)
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by bs2005 | 2011-05-19 01:12 | こんな英語表現  

Candlelight Vigil on March 24th

ニュースなどでもよく出てくる、蝋燭を灯して被害者の為に祈る集まりのことをcandlelight vigil と言います。

vigil は寝ずの番という意味ですから、本来は夜を徹しての催しだったようですが、最近は必ずしもそうではないようで、今回の催しも6時半から8時までです。

シリコンバレーのサラトガ市に「箱根ガーデン」という日本庭園があるのですが、そちらでその催しが開かれます。テレビ局も来るそうなので、沢山の人が集まって祈る姿が日本の被災者にも届くと嬉しいです。

この催し、そもそもアメリカ人からの呼びかけで始まったとか。日本人主導でないのは、ちょっと残念な面もありますが、アメリカ人が率先して動いてくれたことは半面嬉しくもあります。

私のアメリカ人の友人達も寄付には続々と協力してくれているようですし、伝えられる被災者達の態度には感銘を受けてくれています。世界の他のどこでも、こういう具合には行かなかっただろうと日本人への尊敬を語ってくれる人も居て、日本人として誇らしく思っています。

先日は全くの赤の他人のアジア系の人が、私が日本人と知ると、「日本の親しい人々は大丈夫だったのか。テレビで見る度にこちらも胸が張り裂ける思いがする。何とか頑張って欲しい。ああいう中で頑張っている日本人の姿には驚嘆し、深い敬意を持っている。」と話しかけられました。こういう風に思っている人々が沢山居ることもこの機会にお伝えしたいです。

以下はその箱根ガーデンの財団理事長からの呼びかけです。ベイエリアのお近くの方は是非ご出席ください。ここ数日雨が続き寒いので、当日は防寒にはくれぐれも気をつけてください。


皆様

今回の東北関東大地震においては多くの命が失われ、多くの人々が避難所での不自由な生活を余儀なくされています。また、原子力発電所の事故に関しては多くの技術者やマネージメントの方々が日夜安全確保のために命を懸けて働いておられます。サラトガにある日本庭園を管理する箱根財団においては、キャンドルライト追悼・募金会を開催し、カリフォルニアの地から被災地の皆様に励ましの声をお伝えしたいと思います。

キャンドルライト追悼会は3月24日(木)午後6:30-8:00の間、箱根ガーデンにて行います。伊藤牧師の指導の下みなで祈りを捧げ、被災地に激励の言葉を送ろうではありませんか。入場は無料ですので、友人をお誘いの上お家族の皆様とともにご参加ください。キャンドルは当方で用意いたします。

箱根ガーデンについては下記を参照ください。
箱根ガーデン
地図

また、募金については在サンフランシスコ日本国総領事館の下記サイトを通じて送金ください。当日箱根ガーデンからも送金できるようにコンピューターの手配をしております。
サンフランシスコ領事館募金についてのサイト
(注:このサイトで見ると、領事館宛ての募金は日本赤十字社に送られるようです。先日の記事はその点間違っていたので訂正します。すみません。ただ日本赤十字は義援金とタイトルのついた募金は100%被災者に送金するそうです。支援金は違うそうです。

では木曜日に箱根ガーデンにてお待ちしております。

箱根財団理事長
松尾正人

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by bs2005 | 2011-03-22 12:24 | こんな英語表現  

In the most diginified and civilized manner

dignified
  (人の態度などが困難に直面しても冷静で)堂々とした、威厳のある、凛としている

civilized 文明度の高い、礼儀正しい、品のある、教養ある

manner  あり方、やり方

今回の大地震と大津波の想像を絶する状況は、世界に広く伝えられている。CNNは勿論、アメリカの三大ネットワークでも盛んに取り上げられている。そういう中で、被災者のありかたを大いなる感嘆と敬意を以ってこのように表現していることが多い。

忍耐強く、お互いに助け合って、我先にと人を押しのけたりもしない。商品が散らばってしまった店ではお客が棚に戻すのを手伝っていたりする、それどころか、その後ではその商品を長い列にきちんと並んで買う姿、、等々。日本人にとっては当たり前のようなことかもしれないが、これは世界の人々にとっては驚きなのである。

アメリカでもそうだが、こういう無秩序の状態になったとき、他の国であっという間に始まるのは略奪であり、暴動であり、レイプであり、、、我先にという行動が珍しくない。そういうことが一切、ただの一つもこの悲惨な日本では起きていない、、、。

日本人はごく自然なコミュニティ意識を持って、この無秩序の悲惨きわまりない中で、秩序立って冷静に助け合って生きている。そのことに世界は「何という人々か!」と感嘆している。

今、この胸のつぶれるような状況の中で、日本人は世界に対して面目を躍如し、土壇場に追い込まれた時の日本人の品格の高さを見せつけている。

NHKなどでも、もっとこういうことを報道して欲しい。そして、今、必死で頑張っている人々に、せめてもの慰み、励まし、勇気を与えて欲しいし、このことに高い誇りを持って復興の力にして頂きたいと遠くから切に祈っている。
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by bs2005 | 2011-03-13 21:45 | こんな英語表現  

There will be consequences.

「そんなことをしたら必ずそのつけは払わされるぞ!」とか「そんなことしたらただでは済まないよ」という感じの意味。

consequence は結果、帰結などと学校では習っていると思うが、「当然の帰結」とか、「必然的結果」という起きるべくして起きたというニュアンスが強い。result も「結果」という意味だが、これに比べると無色の感じだ。

京大の入試でネット利用でカンニングをした予備校生、3歳のいたいけな女の子を殺してしまった大学生、どちらもちょっと考えれば、そんな事をやったら、どういうことになるのか分かりそうなものなのに、最近、後のことは考えなかったのかという事件が多い。

社会全体が「やり得」「やり逃げ」が許される社会になってしまっているからだろうか。寒々とした気分になってくる。

ところで私も日頃、食べたい放題、やりたい放題の生活を送ってきたconsequenceか、年をとって抵抗力、免疫力が落ちてきたconsequenceからだろうか?

松の内も終わったかな~という頃、鼻と喉の症状だけの熱も出ないごく軽い風邪にかかったら、何とベッドから出るのがやっとという状態になってしまい、普通の生活がかろうじて出来るまでに2週間以上かかってしまった。若かった頃は、症状から言えば一晩寝ればけろりと直る程度の風邪なのに、そうなってしまった。(涙)

振り返ってみると、去年も全く同じような感じで2週間寝込んでしまった。つらつら考えるのに、若い頃なら、さっとやっつけられた風邪をやっつける力が無くなってしまったようだ。

大事な人々を次々と見送り、自分も弱ってきて、年を取ることのconsequenceをしみじみと感じ、すっかり弱気になってしまったのだけど、大分回復すると共に、少し心身の元気も戻ってきた。そうなれた一番の力は気遣ってくれた人々なんだけど。

風邪が完全に治らない頃に日本に行かなければならなかったり、その間に溜まった家事が山ほどあり、もう2ヶ月過ぎてしまったけれど、私の2011年はやっと今、始まるという感じだ。

There will be consequences.と自分に言い聞かせながら、やるべき事を真面目にちゃんと片付けていかねば、、、(汗)。
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by bs2005 | 2011-03-05 06:36 | こんな英語表現  

ぎょっ!

ずいぶん自分のブログにご無沙汰してしまった、、、。もうブログは辞めたんだな~と思われているだろうな~。自分でもそうかなと思う位、特別書くこともないしな~、一日記事6つに抑えていた自分はどこに行ったのか、、、なんて思っていた私が、急にこんな記事を書くと顰蹙を買いそうだな~と思いながら、ともかく書かずにいられず、、、。(汗&笑) 

先週の金曜日、ミックスダブルスを週一回楽しんでいるグループ(もう何十年も続いているグループで、皆、年とってしまった)に時々参加させてもらっていたので、グループのクリスマス・パーティに呼んでもらいました。

その時に聞いた衝撃の話。(と言っても例によって知らぬは私ばかりなのかもしれないけれど)

鶏って首を刎ねられても、しばらく首の無いまま走り回れるのだそうです。何と恐ろしい光景でしょう!その内の一人のおじさんは、子供の頃、その状態で3日間も走り回る鶏を見たことがあるとさえ言いました。あとで確かめたら、それは多分オーバーで私がからかわれたのだろうけど、ある程度の時間、首のないまま走り回れるのは確かで見た人も結構居るのです。

久しぶりに記事を書いている記事がこんなおどろおどろしいもので良いのだろうか?でも、我慢して読んでくださいね。(誰も私のブログなんてもう読みに来ていないか・笑)これが事実である証拠に英語にはこんな表現があるということも教えてもらいました。

I've been running around like a chicken with its head cut off.
(首を切られた鶏のように)慌てふためいてあちこち走り回っているよ。
   (忙しくて)バタバタしているよ。


日本語のサイトで見たら、こんな意味でしたが、アメリカ人の友人が説明してくれたところによると、この英語表現の感覚は、自分が何をしているか、自分の状態がどういう状態か分からずにただあたふたと動き回っている状態を言うのだそうです。考えてみると、私って生まれた時から、この状態のような、、、(汗)。首の無い鶏が自分の姿に見えてきた所に一番ぎょっとしてしまったという訳です。ぎょっとしながら今までを振り返ると納得。

追記:クリスマスにこんな話題が普通になされるのかと思われた方の為に、この話が始まったきっかけの話。(その場に居た他のアメリカ人が何でこんな時にそんな話をと笑っていたこともついでにお伝えしておきますね。)

そもそもはちょっと変わったペットを飼ったことがあるかという話からだったのです。そして、、

仲間の一人でいつも皆を笑わせてくれる人が10年かもっと前に、ひよこ5羽を上手に育てることが出来て成鳥になり、毎日卵を産むようになったのだそうです。喜んで飼っていたのですが、ある日、その内の一羽が自分の卵を食べているのを発見。鶏の飼育に詳しい自分の母親に、「どうしたら良いの?」と相談したところ、他の鶏も見て真似をして食べ始めるから、すぐその鶏を殺さなくてはいけないといわれたのだそう。

それで首を刎ねられても鶏はしばらく走り回るのを子供の頃、見て知っていたので、袋に入れて首だけだして実行したのだとか。それに一切関わろうとしなかったご主人と子供達は、彼女をchicken murderer(鶏殺し)としばらくからかっていたそう。そして、彼女の犠牲的?行為のおかげで、他の鶏は自分の卵を食べずに、せっせとそれからも産み続けたのだそう、、。めでたし、めでたし、、(かな?)

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by bs2005 | 2010-12-16 11:43 | こんな英語表現  

You are entitled to your opinion.

日本人のディベート観で一番勘違いしていること、ディベートと討論というものが基本的に似て非なるものになってしまっているもの、その基本にあるのがこのタイトルの考え方だと思う。日本人にはこの基本が欠けている。

「あなたはあなたの意見を持つ権利があり、あなたの信じる所を信じる権利があり、私はそれを尊重する」というような意味になる。

この考えが基本にあると、どうなるか?

「あなたの言うことは間違っています!」とか、「あなたの意見はおかしいと思います!」とか言わないということである。たとえ心で思っていても、そう言うことは大変失礼だと心から理解しているということである。顔を引きつらせて相手を睨んで反論したりしないということである。

言うとしたら、「私が間違っているかもしれませんが」とか「個人的見解に過ぎませんが」と切り出す。少なくても周りから尊敬される知的な人間は相手を全否定したりしない。それだけで知性を疑われてしまうからである。日本人は討論というと、論理で相手を打ち負かすという感覚になる。そういう感覚とディベートは無縁なものである。

その自覚に欠け、日本人同士が討論する時にはよく口にする「あなたは間違っている」「その考え方はおかしい」などという言葉を、そのまま英語に訳してアメリカ人の同席する会議などで使うから、相手を激怒させてしまう。そして何故相手が激怒しているかも分からない。その傲慢な失礼さに思いが及ばないのだ。

お互いがお互いを理解し、寄り添う為にディベートは為されるのだから、相手に対する敬意を失ってはいけないし、相手を全否定するようなことも言ってはいけない。謙虚に相手の言うことを聞き、理解し、丁寧に反論をにこやかに伝える。それが基本である。

最近、ハーバード大学の教授の白熱教室の番組宣伝をよく見る。男の人が「人類を救うためならば一人を殺すこともありうる」というようなことを言う。それに対して、顔を引きつらせて敵意をむき出しにして女性が「あなたのいうことは完全に間違っています!」と居丈高に鼻息も荒く言う。

こういう態度そのものがディベートに於いて許されないものであり、ディベートが成熟した論議であることを理解していないことを示してしまっている。最高学府と言われる東大でこのお粗末さである。

インド人は議論好きである。人が集まると延々とやり出す。しかし、彼らは終始一貫してにこやかに論議を楽しめる。論議という次元での日本人の未熟さはもっともっと焦点を当てられて猛省すべきことである。そうでなければ、日本人は国際社会の場でやっていけない。ここでも国際性の無さ、未熟さを暴露して行くことになってしまう。

・・・かく言う私も夫婦喧嘩ともなると口角泡を飛ばして、相手を打ち負かすことしか考えていない。(爆)私もディベートに関しては未熟そのものの日本人丸出しである。夫婦喧嘩だって本来はお互いを深く理解しあう為のものであるべきなのだが、、(汗) 私自身も含めて、日本人がスマートなディベートを出来るようになるのはいつの日のことか、、、(息)。
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by bs2005 | 2010-11-13 03:39 | こんな英語表現  

Take care!

よく書いていることだけど、アメリカ人との会話で落とし穴になるのが、受験英語ではむしろ初歩的な言葉で分かっていると安心しきってしまっているような言葉だ。

赤尾の豆単(団塊世代でないと分からない言葉だろうな~^^)で、「take care = 注意する、世話する」などと覚え、「Take care of yourself = 気をつけて、お大事に」などと覚える。受験にはそれで答えれば正解になるので、それ以上の注意も払ってこなかった言葉だ。

段々、親しいアメリカ人も増えてくると、別れ際に"Take care!"と言われたりする。そうすると受験用語の範囲内だと、いまいち腑に落ちない。何に気をつけろと言うのか?別に身体の具合が悪くないのに「お大事に」じゃピンと来ないけど?などと思いながら、自分じゃ意味が分かっていると思い込んでいるので、不思議に思いながらも改めて調べようともしない。

何年も経ってから、そうか、日本語でいうと「じゃあ、元気でね!」という感じに多分一番近いんだろうなとやっと気づく。親しくない人からそう言われた記憶も無いから、くだけた言い方なんだろうと思う。そこで初めて調べてみる。当然にも上記以外のもう一つの意味、「じゃあね、さよなら、元気でね」という意味の別れ際のくだけた表現だと出てくる。

アメリカ人の男性から突然離婚を迫られた日本人の友人が、彼の気持ちがいまいち分からないと言った。どうしてかと言うと、彼は" I want you to take care of yourself."と言うのだそうだ。大事にして欲しいと気遣ってくれるからには、少しは気持ちが残っているのではないかと、それで決心がつかず迷ってしまうのだと。

でも、その他の彼の全ての態度は冷淡そのものだ。彼女を追い出しにかかっているようなことばかりしている。「自分の面倒は自分でみろ、もう俺にみさせるな」、そういう意味で言っているのではないかと言ったら、彼女はハッとして、それで全ての説明がつくとストンと納得した顔をした。簡単でよく分かっていると思うような言葉のワナは時に深刻ですらある。

それはともかく皆さん、Take Care!
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by bs2005 | 2010-10-12 11:38 | こんな英語表現  

dish のこんな意味

何気なく記事のタイトルを見ていたらある女優が dishes on breakup. とか She dishes on split. という表現が出ていた。breakup とか split は破局とか別れの意味だけど、dish は皿という意味位しか知らない。名刺が動詞として使われるケースはよくあるけれど、皿を動詞化した意味というのも分からない。

それで調べてみた。そうしたら皿から推測できる意味以外に

名刺では
  *いい女、美女{びじょ}、魅力的{みりょくてき}な女
  *ゴシップ、うわさ、おしゃべり

動詞では

  *〔皿の形に〕へこむ、へこませる
  *うわさ話をする、おしゃべりする、雑談{ざつだん}する
  *(敵を)料理{りょうり}する、やっつける
  *イライラさせる、ばかにする、罵{ののし}る、けなす

という意味があるそう、、。

記事の方を見てみたら、この場合は「ざっくばらんに語る」という感じの意味で使っているようだった。日本語のくだけた表現だと「ぶちまける」という感じに一番近いのかも?皿にぶちまける感じからかなという気もする。

よくあることだけど、こういう中学一年で習うような簡単で分かりきっている言葉の全然知らない意味で、時々???の状態になる。こういう自分が分かっていると思い込んでいる言葉の罠の方が怖い。

友人達と話していても、時々誤解して、とんでもないトンチンカンなことを言ってるんだろうな~。(汗)
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by bs2005 | 2010-09-29 00:43 | こんな英語表現  

obituary

obituaryというのは新聞に掲載される死亡告示記事である。その人の経歴、人となり、お別れ会(memorial service)の連絡も兼ねる。短いものから長いものまで色々だし、無料のものから有料のものまで新聞によっても違う。数行で写真も無しというのもごく普通である。

昨日の地元紙に先月亡くなった友人 J. のobituaryが掲載されていたと友人達の話から知った。新聞のかなりのスペースを割いた写真もついた記事だ。新聞の実際の記事を持っていた人も居た。

載っていた写真は彼と分からない位、大分前の写真だ。鼻と口には見覚えがあるけれど、目は全然知らない人の目のようだ。私の知っている彼の目はいつも笑っているような、ひょうきんな目で、こんな目じゃなかった。頭にはもう毛が残っていなかったけれど、写真の彼は毛も結構残っているし、精悍で有能そうな目をしている。生きている頃にこの写真を見ていたら、「歴史上の偉人みたいに見えるね」と彼をからかったことだろう。

自慢をしない人だった。産婦人科医であったことも彼の口から聞いたわけではない。その彼の唯一の自慢らしきものは、”I am good-looking."ということだった。得意の冗談だとしか思ってなかったけれど、意外に本音だったのかもしれない。なかなかハンサムだ。もし私がそう言ったら、きっとJ. は「だからそう言っただろう!」と言い返しただろう。そして私はきっと"I met you after you got ugly." と言い返し、二人で大笑いしたことだろう。

友人達は改めて彼の業績を読んで、「彼は本当に謙虚な人だったね。こんなことを自分からひけらかしたり一切せずに、いつも陽気で朗らかで謙虚で優しかった。これだけのことを黒人の彼が成し遂げるまでには随分苦労しただろうし、嫌な目にもあっただろうに、彼からはそういう怒りのエネルギーみたいなものを一切感じなかった。心から穏やかに人生を楽しみ人を愛している感じだった」と口々に言い、皆で再び新鮮な気持ちで彼の死を惜しんだ。

彼からはごくさりげなく何でも無いことのように、昔は産婦人科医が黒人だと知ると診察を拒否する患者も結構居たと聞いたことがある。そんな怒りは彼の中のどこにも見られなかった。怒りを心の奥深くに閉じ込めた感じすら全く無かった。彼からみたら些細なことで怒っている私は宇宙人みたいに見えたかもしれない。

こんな立派な人だったのに、J. は私の前では何度も同じ冗談を繰り返したり、ちょっと抜けていたり、時には世話が焼けたり、愛すべき「しょーもないヤツ」だった。 J. は、私のしょーもなさに付き合ってくれていたのかもしれない。亡くなってから、彼の器量の大きさ、優しさを色々の機会により強く実感し、後悔と戸惑いすら感じている。これが私の沢山のきつい冗談への、彼の最も強力なお返しなのかなと今は思ったりしている。「技あり!」と云ったところか?

実際に掲載されたobituary
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by bs2005 | 2010-09-14 05:05 | こんな英語表現