カテゴリ:『ぶんな毎日』ダイジェスト( 7 )

 

『ぶんな毎日』よりの転載記事・オン・パレード その2

『ぶんな毎日』よりの転載記事・オン・パレード その1に続いての第二弾です。第一弾では、忘れていた感動ものが選考基準だったのですが、第一弾では副次的な目的だった<『ぶんな毎日』カテゴリー>の充実の方に走りたくなりました。私をよく知る方には予想通りの展開だと思いますが、、(汗&笑) 

それで、次回からは、感動とは無縁でも、思い入れの強い記事、私のブログにしては反響の大きかった記事、単に気に入っている記事なども記載して行こうと思います。でも、今回はとりあえず既成路線で、、^^;。

タイの少女のHaiku
長嶋茂雄さんの語る「誇り」
映画監督 降旗康男さんの言葉
「日本一短い『母』への手紙」より
[PR]

by bs2005 | 2009-04-02 08:00 | 『ぶんな毎日』ダイジェスト  

『ぶんな毎日』よりの転載記事・オン・パレード その1

一つ前の記事で調子づいてしまい、あちらに書いたまま忘れていた心に響いた話、言葉を自分の記録の為にこちらにまとめて、これから何回かに分けて転載することにしました。以前読んで頂いた方には、全く自分勝手な理由の記事ですみません。まあ、そもそも大体私の記事は自分勝手なんですが、、(汗)

この機会に、ほったらかしだった<『ぶんな毎日』ダイジェスト>のカテゴリーの充実(?)を図ることも企んでおります。どこまで自分勝手なんだか、、、(汗&笑)

『こどもの詩』より
さらに『こどもの詩』より
星野道夫さんの本より
中学生の詩のご紹介
石垣りんさんの詩
チャップリンの映画より
『ローラ、叫んでごらん』
日経新聞 2005年3月掲載 『私の履歴書』(石坂公成(きみしげ)氏)に寄せて
石坂啓(漫画家)さんの言葉より
名言 あれこれ
[PR]

by bs2005 | 2009-03-28 01:11 | 『ぶんな毎日』ダイジェスト  

『ぶんな毎日』よりの転載記事ー「日本中を泣かせた一つの小石」

号泣するほど感動した話でさえケロリと忘れてしまう私、そういえば以前、とっても良い話があった筈と探してみました。このお話をご存知でない方の為に、転載します。

年を取ると共に、ますます涙もろくなってきた私、たまたま昨日、ある人の「人は腹黒くなればなる程、涙もろくなる」という言葉を聞いて、それはあるかも、、(汗、汗)と思ったりしました。この話読んで、腹黒い方、大いに泣いて心を洗って下さい。感動されなかった方、ご心配なく。心がまだ綺麗なのかもしれません。(笑)

*  *  *  以下、 転載記事 ( 2005-05-27掲載)  *  *  *  

今、犬養孝という方の『万葉の人びと』(新潮文庫)を読んでいます。

日本人なんだから、万葉集位、もう少し知らなければと読み始めました。読みやすくて、万葉の時代のひとびとが、すごく生き生きと身近に感じられます。お勧めの本です。犬養さんは、大阪大学で学生に教えておられた時、学生達を全国の万葉集ゆかりの土地に連れて行って話をされたそうで、そこで話された万葉集の時代の人々の詩心に感激して、出席も取らないのにたくさんの学生が、いつも次回を待ちかねて参加して来たそうです。それを基にして書かれた本のようです。

まだ読み初めですが、その第三回のお話「霊魂」の中のお話に感動したので、その部分をご紹介したいと思います。ここで犬養さんは、物は、人が触れる事によって、人の魂が移るのだと言ってます。だから、形見の品というのも、その人が触ったという事によって、ただの品物を超えた魂の移ったものになる、そのように万葉の人々は感じてきたし、それは、現代の私達にも根付いているのだと言われます。その一つの例として挙げられたのがこのお話でした。

みなさんも見てらっしゃると思うんですが、NHKで、いつだったか「こんにちは奥さん」という時間だったと思うんですが、もう大分前ですがね、こういうのを見ました。八十をすぎたおじいさんとおばあさんが、初めて二人揃って旅行をした。そういう人たちを何組かスタジオに連れて来て感想を聞くんですね。

 さて、「どこへ行ったんですか」と聞いたら、「鹿児島へ行った」と言う。戦争中、自分の長男が鹿児島から飛行機で飛び発ったきり帰らないで戦死ということになっている。そこで、一度夫婦そろって息子が飛び発った所を訪ねてみたいと思っていた。

 さて、現地に行ったら、雨が降っていたんです。そうしたら、自動車の運転手が、「おじいちゃん達、そういうことなら、いとわないからどこまででも行ってさがしてあげる」と言ってくれた。行ってみたらそこに飛行場なんかありゃしない。記念塔のようなものが立っていて、砂利が敷いてあった。

おじいちゃんはその石が欲しかった。もしかしたら息子が最後に踏んだ石であるかも知れない。けれど公共のものだから、いただくわけにもいかないと思っていたら、運転手が、「ひとつ、坊ちゃんが踏んだかもわかりませんからお持ちになったら」と言う。「ああそう言ってくれるか、それじゃいただいていくか」というわけで、その石を持ってきた。

「じゃ、ここにお持ちですか」ってアナウンサーが言ったら、おばあちゃんが、もう涙を出して、そして震える手で、ハンカチの中から石を出すんです。布きれの中からね。私は何の気なしに朝のご飯を食べながら、横目でテレビを見ていました。そうしたら、涙がワァーッと出てきました。

だって、おじいさんとおばあさんにとっては、ただの石ころがもう、息子そのものになっているんです。そうしたらどうでしょう。アナウンサーの方も鼻声になっていたし、それから集まっているご婦人達もみんな泣いています。あの瞬間、日本中を泣かしたんじゃないでしょうか。何でもない小石一つが。

それは、本当は、関係のない何でもない石かも知れない。その石が日本中の人を泣かせるというのは何でしょう。人間の心というものでしょう。心の厚みですね。石は石ですよ、平凡な。その石を、そういう風に考えるというところに、人間の心の厚み、人間に対する頼もしさというものを感じます。だから、「信濃なる 千曲の川の 細石も 君し踏みてば 玉と拾わむ」なんていうのは、全く人間の頼もしさを身近に感じさせる歌だと思うのです。

万葉は、千三百年も前で古いけれども、一番古くて、一番新しいということを前に申しました。本当に古くて新しい心、それが万葉の心ですね。
 (転載記事ー完)    

そちらの記事にコメントを送って頂いているので、TBという形でオリジナルの記事を送っておきました。自分のブログの記事を紹介して、そこに自分でTBする、、、完全に一人相撲の世界です。(笑)
[PR]

by bs2005 | 2009-03-27 23:41 | 『ぶんな毎日』ダイジェスト  

夢でキリストに噛みついた時


by bp2004 | 2005-02-13 07:54 | 待夢(time)すりっぷ from ぶんな毎日

私は今だにクリスチャンではない。でも夢にキリストが出てきた事がある。輝くように眩しくて、顔は見えなかったけど、はっきりキリストと分かった。眩しくて、目がつぶれるような感じで、それが分かった。

その頃、私は重い病気に苦しむ両親が、長男だからと祖母の世話を押し付けられている事に強い義憤を覚えていた。それまでだって自分の家庭を二の次にしても、長男として、兄弟の面倒を散々見てきた父である。

それなのに何と一方的な事かと腹を立てていた。功徳を積んで死んでから天国に行ったって、それが何だと思っていた。自分はどんな事があっても、あなたは長男だからとか、自分は嫁に行った身だからとか、死んでも口にしないと心に誓っていた。

それで夢に出てきたキリストに向かって、大胆にも、「死んでからどんな良い目にあったってしょうがない。この世には不公平が多すぎる。死んでから報われてもそれはそちらの自己満足だ。」みたいな文句を言った。本当に怖い者知らずとは怖ろしい。そしてキリストは何か弁解らしい事を言うか、多少、謝罪めいた事を言ってくれるかと思った。

そしたら、キリストは顔色も変えずに、たった一言、「天国は屈服したものの為にあるのではない。」と言って、さっと消えた。

その途端、すごく納得した。そうだよね、屈服したものばかりが集まっている所なんて、何の魅力もない。負けずに、最後まで重荷を胸を張って背負ったからこそ、行ける所なんだと思った。そういう人達ばかりが居るからこそ、素晴しい場所なんだと思った。

身体中を義憤という形でがんじがらめに縛っていたものが、その途端、さっとほどけて、身体が急に楽になって目が醒めた。慌てて、その言葉をノートに書き記した。起きた時に忘れたくなかったので。

今でも私のノートにはその時の、寝ぼけた乱れた筆跡のその言葉が書いてある。あれからもう30年近く経つのだけど、昨日の夢のように鮮やかに思い描ける。

その頃読んでいた曽野綾子の本の影響はあったのかも知れないけど、今でも私はあの時、キリストが本当に私の夢に現われてくれたのではないかと、実は思っている。あの夢で私は本当に救われたので。 それにしても凄い夢を見たものである。
by bp2004 | 2005-02-13 07:54 | 待夢(time)すりっぷ | Trackback |
[PR]

by bs2005 | 2006-04-03 16:06 | 『ぶんな毎日』ダイジェスト  

マリアンの贈り物

by bp2004 | 2005-05-04 09:24 | 待夢(time)すりっぷ from ぶんな毎日

マリアンが亡くなって、もう6年近くなる。3度癌に掛かり、4度目に血液の癌、白血病に罹って亡くなってしまった。亡くなる一週間位前に会った。好転していて、この病気も必ず克服して見せると、彼女らしい前向きの姿だった。

彼女が亡くなって、こんなに時間が経ってしまったけれど、私の中で、彼女は色褪せるどころか、ますます輝きを増している。彼女が私に贈ってくれたものの大きさが、時間が経つ程に分かって来る。



何て大きい存在だったのだろう。時間が経つ程にそれを実感する。彼女に会えて、心と心を通わせる事が出来たのは、私にとって、何と幸運だった事だろう。感謝しても、しても、しきれない思いだ。

彼女が私に与えてくれたものは無数にある。自分に自信を持たせてくれた事、そのままで良いのだと言い続けてくれた事、私を理解してくれた事、私を必要としてくれた事、切りがない。でも、その中でも、今の私を支えてくれている、とてつもなく大きな贈り物がある。

それは、彼女がいつも"Have no fear. Don't let fear control you."と言い続けてくれた事だ。怖れるな。怖れに支配されるな。どんな事の選択であれ、怖れに基づいた選択であってはならない。そうなるかも知れない、ああなるかも知れないという怖れで、行動を決めては行けないと、彼女は言い続けてくれた。

ブログに書いてある事を読むと、私は、気の強い、血の気の多い、威張りたがりのおばさんそのものである。それ自体がそう実像と違う訳ではないのだが、実は私は小心者でもある。「こんな事書いて、こてんぱんにやられるかも、」とか、「こんな事書いて、嫌われるだろう」とか、そういう怖れは人並みに持っている。

日常生活での怖れも数え出したら切りがない。ただ、行動を選ぶ時は、そういう怖れに負けないように、そういう事に基づいて行動しないように、いつも自分に鞭打っている。

呆れる程たくさん、自分を鞭打たないと、実行出来ない事すらある。でも、いつもそういう時は、マリアンの笑顔と一緒に、怖れを持つなと言った彼女の言葉が浮かぶ。そして、何とか、怖れによる選択でない選択を選べている。

そうすると、自分が強くなって行くのが分かる。その方が自分を本当に理解し、支えてくれる人が出来るのも分かってくる。そうすると、自分が本来の自分に近づけるのも分かる。怖れに負けない選択をすれば、失う事より得る事の方が大きいという事も分かる。

マリアンに会う前の私は、何と全てに怯えていた事だろう。彼女に会って、私はどんなに楽になれた事だろう。彼女がくれた贈り物は、時間が経てば経つほど、私の中で、燦然と輝きを増している。

マリアン、あなたに会えた人生で良かった。有難う!心の中のあなたとしか話せないのは淋しいです。でも、私、あなたの贈り物は大事にしています。見ていてね!
by bp2004 | 2005-05-04 09:24 | 待夢(time)すりっぷ |
[PR]

by bs2005 | 2006-04-03 16:03 | 『ぶんな毎日』ダイジェスト  

「ある良心的な脳外科医」(『ぶんな毎日』引っ越し記事)

2004-12-15 掲載 カテゴリー「お目を拝借情報」

自分がやるとは思ってもいなかったブログを始めるきっかけとなったブログの紹介記事なので保存しておきたいのです。

ある良心的な脳外科医
[PR]

by bs2005 | 2006-01-30 04:26 | 『ぶんな毎日』ダイジェスト  

「明るい人」 (「ぶんな毎日」からの転載記事) 

2005-01-31 01:50『ぶんな毎日』 掲載 カテゴリー「待夢(time)すりっぷ」

「明るい人」
[PR]

by bs2005 | 2006-01-29 01:31 | 『ぶんな毎日』ダイジェスト