カテゴリ:忙中閑の果実( 354 )

 

『The Art of Racing in the Rain』を読み終えて


d0042100_10325298.jpgアメリカ人の友人が勧めてくれた本の中の一つ、『The Art of Racing in the Rain』を読み終えた。

アメリカ人に本を薦められることはよくあるのだけど、日本語の本ですら積ん読の山を築いている私、英語で読み終える自信もなく、今まで殆ど無視してきた。なのに何故か今回は読んでみようかなという気になった。でも、買ったら間違いなく積ん読の山に紛れ込む。それで今まで利用していなかった図書館に登録して申し込んだ。

順番待ちで4人目だったが意外と早く借りられることになった。貸し出し期間は3週間、三回まで更新できるという。期限があった方が必死で読むだろうし、合計9週間ならいかに私でも読めるだろうと思ってダラダラ読んでいる内にあと3日で最初の期限が来るという。そこで更新しようとしたら、何と順番待ちの人が居る本は更新できないのだそうだ。それで慌てて四分の1位しかまだ読んでいなかった本を、用事が溜まって余り時間が無い中、必死で読み終えた。最後は期限ぎりぎりまで図書館に腰を据え読める所までという戦術で読み終えた。

読み終えてみたら、実に良い本だった。自分が思っていたような本ではなかったけれど、最後は図書館という公共の場で涙ぐしゃぐしゃ、カウンターに返しに行ったのだけど、係りの人も私を見て変な顔をしていた。最後は図書館でという作戦は失敗だったけれど、それでも読む価値のある本だった。

日本語になっているのかどうか分からない。でも、いつか映画にはなるような気がする。そういう要素を沢山持っていた。既にプロモーション・ビデオ(?)は出ているみたい。→追記:映画も2012年に出来るようだ。楽しみ!


主人公は犬で、犬の立場から書いてある本ということだったので、何となくコミカルな本を想像していたのだけど、ユーモアのセンスはそこかしこにありながらも、もっともっと深く、もっともっと優しく温かく、切ない本だった。

主人公の犬の飼い主はレーサーなので、レースに関する話が沢山出てくる。彼は雨の中で雨に逆らわず、しかし雨にひるまずに忍耐強く冷静に巧みにスピードを失わずに運転できるという特技が、レーサーの中でも目立った存在だった。主人公の犬は、そういうご主人と一緒なので、レース通である。

レースやレーサーに特別の興味は無い私には、だから初め、なかなか話の中に入り込めなかった。しかし、読み進む内に、主人公はレースを語るときに、同時に人生をレースにたとえて語っていたのだということがわかる。

独身だった頃から飼い主と一緒に暮らし、二人きりの生活に彼の奥さんという存在が入り込み、初めは戸惑いながらも、その生活に馴染み、やがて子供も生まれ、家族の一員として暮らしていく主人公。

しかし、やがて悲劇がこの家族を襲う。犬の独特の嗅覚で彼はその問題が発覚する前から分かっているのだが、言葉での伝達手段を持っていない彼にはどうすることも出来ない。一つの悲劇が次の悲劇へと連なり、彼の飼い主は実に気の毒で不当な立場に立たされ、殆ど全てを失いかける。しかし、彼はこの状況、人生のどしゃぶり期をレースと同じように冷静に忍耐強く乗り切る。

その間、この犬は実に深い愛情と優しさ、深さで彼を見守り、支え、飼い主が自暴自棄になりかけた時には、犬に出来るあらゆる手段(その中には、おしっこを引っ掛けるというのもあるのがユーモラス)を講じて、文字通り飼い主を破滅から救い出す。やがて八方塞りの状況から飼い主がやっと抜け出せ、幸せになれるときに飼い主の腕の中で寿命を迎える。しかし、その後も、、、という話。

犬は話せないだけで人間の悲しみも喜びも全て分かっている、犬の深い優しさ、考え深さ、洞察力、、、犬を家族の一員として持った人には共感できるところが大きいだろう、そんなものが全編を漂う。犬好きには涙なしでは読めない小説。英語を苦にしない犬好きの方には必読の本だった。日本語でまだ翻訳されていないのなら、一日も早くそうなって欲しい。
[PR]

by bs2005 | 2010-09-14 09:42 | 忙中閑の果実  

”Someday" (original)

Someday 『ちいさなあなたへ』の英語のオリジナル版を図書館で借りて来たので、英文を自分自身の覚書として書き留めておこうと思う。カバーの裏に" A mother's love leads to a mother's dream - every mother's dream - for her child to live life to its fullest. とあり、更に A deceptively simple, powerful ode to the potential of love and the potential in life, Someday is the book, you'll want to share with someone else...today.とあった。

One day I counted your fingers and kissed each one.
One day the first snowflakes fell, and I held you up
and watched them melt on your baby skin.
One day we crossed the street, and you held my hand tight.
Then, you were my baby, and now you are my child.
Sometimes, when you sleep, I watch you dream, and I dream too......
That someday you will dive into the cool, clear water of a lake.
Someday you will walk into a deep wood.
Someday your eyes will be filled with a joy so deep that they shine.
Someday you will run so fast and so far your heart will feel like fire.
Someday you will swing high - so high, higher than you ever dared to swing.
Someday you will hear something so sad that you will fold up with sorrow.
Someday you will call a song to the wind,
and the wind will carry your song away.
Someday I will stand on this porch
and watch your arms waving to me until I no longer see you.
Someday you will look at this house
and wonder how something that feels so big can look so small.
Someday you will feel a small weight against your strong back.
Someday I will watch you brushing your child's hair.
Someday, a long time from now, your own hair will glow silver in the Sun.
And when that day comes, love, you will remember me.

[PR]

by bs2005 | 2010-09-10 08:31 | 忙中閑の果実  

Someday 『ちいさなあなたへ』

大人も楽しめる絵本として『ちいさなあなたへ』(”Someday” by Alison McGhee and Peter Reynolds)という本をアサイチで紹介していた。お母さんになった女性が子どもに向けて語りかける内容。

初めての孫に対しても、初めての母親になった娘に対しても、今の自分にぴったりそのままの気持ちだ。初めての子どもだった娘が生まれたばかりの頃のことを、最近はよく思い浮かべる。

娘もあんな思いで自分の娘に接しているのだろうと思うと、孫だけでなく娘にも愛しさが募る。あの頃、母になった私や私の娘を見ていた、今は亡き両親への思いも募る。脈々とその子ども、その次の世代にと伝わってきた思いに全身が包まれていく、、。

それで思わず円高なのに娘と孫娘の贈り物として注文してしまった、、、^^;

d0042100_4541074.jpg


『ちいさなあなたへ』

あの日、私は あなたの 小さな指を数え、 その一本一本に キスを した

初めて雪が降った日 空へ向けて抱き上げた
あなたの まあるい ほっぺの上で 雪が融けていった

道を渡る時、あなたは いつも私の手にしがみついてきた

いつのまにやら あなたは大きくなって
私の赤ちゃんは私の子どもになった

すやすやと夢を 見ている あなたを見ながら、
私も時々夢を 見る・・・

いつか きっと、あなたも 飛び込むのだろう。
ひんやり透きとおった湖の水の中へ

ほの暗い森へさまよいこむこともあるかもしれない。

嬉しくて楽しくて、瞳を きらきら輝かせる 日が きっと ある

心臓が 張り裂けそうに なるまで 早く、遠くへ、駆けて行く日も 来るだろう

もっと 高く、もっと 高くと 弾みを つけて、眩暈がするほど高くまで、
大胆にブランコを高く揺らす日もあるだろう。

悲しい知らせに耳を塞ぎたくなる日も あるだろう

あなたが風に向かって高らかに歌う歌を 風が遠い所へ運んで行く

やがて、精一杯手を振りながら次第に遠ざかって行くあなたを
見送る日がやってくる

あなたは 振り返り、あんなに大きかった家がとても ちっぽけに 見えることに驚くだろう

いつか あなたも、たくましくなったその背中に小さな重さを背負う時が
来るかもしれない。

私の前で子どもの柔らかな髪の毛を梳かすのかも知れない

そうして いつか長い年月の果てにはあなた自身の髪も
銀色に輝く日がやってくる

わたしの愛しい子
その時にあなたは私を思い出すことでしょう


(絵本の翻訳とは異なります。絵本の実物が手元に無いのでウエブで集めた情報によってまとめたものなので、、。)
[PR]

by bs2005 | 2010-09-04 04:32 | 忙中閑の果実  

女のいくさを闘い抜く

NHKの大河ドラマ『篤姫』の脚本家だった田淵久美子さんのインタビュー番組を、こちらのテレビで見た。彼女が書く来年の大河ドラマも、男の時代を生きた女性を中心に据えたもので、『江(ごう)~姫たちの戦国』というタイトル。お市の方の三女のお姫さま、江が主役だという。戦国時代の中で運命に翻弄されながらも、主体的に生きようとした女性たちを描きたいという。

そのドラマの中で田淵さんが考えた信長とお市の方の会話、

信長 「おなごにいくさはわからん。」
お市 「おなごのいくさとは生きることにございます。本日、ただ今を生きることでございます。」


このお市の方のセリフの毅然とした素敵さにしびれた。自分も励まされたけれど、色々の場で、そんな風に「ただ今を必死で生きている」友人たちにも贈りたい言葉だ。

女のいくさとは、生きることであり、生かすことなのだと思う。
[PR]

by bs2005 | 2010-08-07 07:44 | 忙中閑の果実  

『怒らないこと』

長年、野放しにしてきた怒りんぼうの自分を、遅ればせながらやっと少し変えて行かなければと思うようになってきていた昨今、たまたま、『怒らないこと』というタイトルの本を日本の書店で見つけました。それで即、求めました。(汗&笑) 既に30万部売れているとか。それだけ自他の怒りに翻弄されている人が多いんでしょうかね~。(笑)

読んですぐ改善というわけにも行かないので、覚書として残そうと思います。同病の方にもご参考になれば、、(笑)。

さて、先ず第一に著者は、「怒りたくないのに怒ってしまう」という人を、そんな言葉は嘘であり、本当は怒りたいから怒っているので、まず「私は怒りたいのだ。ロクなものではないのだ」と認めることが大事だと言ってます。

そして怒りというのにも色々な形があることを言っています。具体的には、怨み、軽視、張り合う態度、嫉妬、物惜しみ、反抗的態度、後悔、激怒などです。怒りにもこんなに種類があったんですね~。外からは「怒っている」ように見えなくても、人間の内部を蝕む怒りというのは、これだけあるのだと思うと、ちょっとコワイ、、。

以下、心に残った箇所の一部の抜粋を、、。(括弧になっている部分は直接の引用ではなく略している部分を埋める為の補充です。抜粋部分も原文そのままの引用ではなく、順不同でかなり省略してあります。)

怒る人は、精神的にも肉体的にも徹底的に弱いのです。平和を語る人が強者であり、(戦う人は)徹底的な弱者なのです。平和に必要なのは勇気です。反対に、戦争は弱さから生まれます。

「私こそ唯一正しい」が人間の本音。「私は間違いだらけ」だと分かると怒らない。私たちの心にある「私は正しい」という思考は間違いです。それを「私が正しい筈はないのだ」と訂正することです。

言葉は不完全ですから、完全に正しいということはあり得ません。その言葉を不完全な我々が精一杯に選んで話したところで、これまた不完全な相手にうまく伝わる保証など、どこにもないのです。

ですから、「自分が正しいという考え方は、非合理で、非真実で、嘘で、あり得ないことだ。このあり得ないことを頭で徹底的に信じている自分ほどの大バカ者は、世の中にいない」とはっきりと理解したら、もう怒らなくなってしまうのです。

まわりの人が怒って話しているのにつられて自分も怒るということは、「腐ったものを食べた人が吐いたものを、拾って食べるようなものだ」

(理不尽に怒りをぶつけてくる人に対しては)「この人は自分の怒りを表しているだけで、かわいそうな被害者だ」とその人の心を観てあげることです。

心の静けさや落ち着きは、その場ですぐに育てられるものなのです。

笑いは強者の証明で、怒りは敗北者の烙印です。

怒る人は負け犬です。知性のかけらもありません。たんなる怒りで動く肉の塊です。

「生きがいだ」などとこだわらない。(こだわるから、それを失ったときに)すごく不幸を感じてしまうのです。そんなものは自分で勝手に決めたものですから、心の持ち方しだいで、どうにでもなります。状況がどのように変わっても、それを拒絶したり否定したりしない心を育てれば、そこには怒りの生まれる余地はありません。

怒りが生まれないようにすることは、「怒りと戦う」こととは違います。(その感情も)また「怒り」なので、良くないのです。「なんとかして、怒らないような人格を育てよう」ということなのです。

(怒りを抑えたり、我慢しても)内側の怒りはそのままです。ですから、怒りが生まれたら、「あ、怒りだ。怒りだ。これは怒りの感情だ」とすぐ自分を観てください。外に向いている自分の目を、すぐ内に向けてください。そうすると、怒りは生まれたその瞬間で消えてしまう筈です。

いちばん大事なことは、「自分を観る」、ただそれだけです。


こういう修行を続けていると、どやし系ブログじゃなくなれるかな~?(笑)

参照:Google 検索による他の記事

上記の記事の中から著者の講演の紹介をした言葉

面白くない、退屈というのも怒りです。条件が好ましくない、ということが怒り。条件がそろっていると怒らないのです。愉しいのです。カンカンに怒ることだけが怒りではなくて、嫌な気分、退屈、あー嫌だというのも怒りです。だから、人間は一日じゅう怒ってるのです。
[PR]

by bs2005 | 2010-07-15 00:16 | 忙中閑の果実  

NHK俳句より

    灯を消せば

    涼しき星や

     窓に入る

                      夏目漱石



平山やよいさん(詩人)のお気に入りの俳句として紹介されていました。夏目漱石が俳句を書いたことも詩を書いたことも知らず、それでもさすが夏目漱石と感銘。

平山やよいさんは画伯平山郁夫さんの娘さんで、お父上より絵は絶対描くなと言われていて、言葉での表現を選んで詩人になられたとか。何だか画家の親子の絆のようなものを逆に感じました。

お父上が亡くなられたあとに遺品を整理していて俳句や詩を書かれていたことを知り、生前に知っていたら、詩の話を一緒に出来たのにと残念に思われたとか、、、皆、親が亡くなったあとで中味は異なっても似たような思いを抱くものなのですね。
[PR]

by bs2005 | 2010-05-12 22:52 | 忙中閑の果実  

永ちゃんの言葉

98年の正月に友人と側近に裏切られ、オーストラリアのゴールドコーストを舞台にした詐欺事件に巻き込まれ、35億の負債を負った永ちゃんこと矢沢栄吉。それまで「銭こそが正義、銭さえあれば正義も悪魔も全部買える」と豪語していた彼、自分が昔よくお金のことを言っていたのは、憧れがあったという。父を亡くし、母に去られるという幼少時代は、それとかけ離れたものだったからとも。

詐欺事件にあったときは、身がよじれるような憤りで、髪の毛も抜け、過呼吸の手前位まで行き、恨みの極限に居たという。そのどん底から奥さんの「あなたは裸の王様そのものよ。過去がどうとか言うのはもう十分じゃない。それをハングリー精神にして、ここまで来たんだし。全部許してあげて。それが自分の為だから。」という言葉で、少しずつ立ち直り、6~7年で35億という負債を完済した。そして今、彼はこう言う。

あの事件のおかげで今の自分があると思います。本当は金が欲しかったわけじゃないってことも分かったのよ。幸せとは何ぞや。謎が解けたんですよ。俺には音楽がある。俺にはコレがあると思えることが(すなわち)幸せなんですよ。」

人は、お金でしか解決しない悩みだからこそ解決できずに悩んだり、お金では解決しないからこそ解決できずに悩んだり、の狭間で、四苦八苦して生き、自分には「コレ」だという確信が訪れるのだろうか。「自分はコレ」と言い切れる人に微かな嫉妬を感じつつ、、、。



日経新聞 『YAZAWA 60 矢沢栄吉 (5)』 (2009年12月20日)より
[PR]

by bs2005 | 2010-01-14 11:37 | 忙中閑の果実  

森繁久弥さんの言葉

昨日咲いた花は今日はもう咲かないんです。
今日を精一杯生きることが明日に繋がるんです。

人生は喜怒哀楽です!



最近つくづく、辛味も苦味も渋味も味の内、どんな味もそれなりに味わいつくしてこそ美味も旨味も存在する、甘味だけだったらどんなにつまらない事だろうと思い始めたところなので、特に「人生は喜怒哀楽」という言葉は深く心に染みました。

人生の怒も哀も人生の味の内、ただ嫌だ、嫌だと思ったり、避けたりしないで、それはそれで味わい尽くしてこそ、人生の最期には、「あ~あ、面白い人生だった。何もかも思う存分味わい尽くした」と思えるのでしょうね。
[PR]

by bs2005 | 2010-01-04 23:19 | 忙中閑の果実  

児玉清さんのダンディさの真髄

前にも<賛辞のあなた>カテゴリーで書いたのだけど、児玉清さんのことは昔は大嫌いだった。今はどの番組で見ても、とても魅力を感じる。自然体で、飄々としたひょうきんさにも自然と顔がほころんでしまう。

ダンディぶりは今も昔も変わらないけれど、今のダンディぶりの底にあるものを今日のスタジオ・パークに出演していた彼に見た。

彼は、自分のヒーローは二人居ると云う。一人は木村拓也、もう一人は今共演している福山雅治。特に福山さんに関しては、「彼こそ現代の龍馬で器が大きく、どんなことでも話せる、全く構えたところのない人で、本当の優しさと男らしさを持った人だ」と、止まらない勢いで色々のエピソードを披露しつつ褒め讃える。司会者も言っていたのだが、自分の息子位の年齢の彼らを褒めることに熱弁を奮って、心底そう思っている様子の彼にむしろ感動した。

児玉さんだって若い頃、今の彼らに負けない位の二枚目として大いにその名を馳せた人だ。僕だって若い頃はと思ってもおかしくはない。そういう時期をくぐり抜けてベテランの領域に辿りついた人だ。先輩としてそっくり返って説教ぽいことを言っていても、そう違和感は持たれないだろう。それなのに、本人には露ほどもそんな意識は無いようで、自分の同業者で、しかも自分より若い彼らに手放しで感服し、それを隠そうとする見栄も嫉妬心も無いようだ。

彼のダンディさは、自分の経歴や経験にあぐらをかかずに、謙虚に無心に相手を認められる本物の心の柔らかさから来ているので、姿かたちから来ているものではないのだな~とますますファンになった。「美しく負ける」のが信条だとも語っていたけれど、その軽やかな美学もダンディさに繋がっているように思う。いつまでも素敵な年の取り方を見せ続けて欲しいものだ。
[PR]

by bs2005 | 2009-12-19 06:15 | 忙中閑の果実  

岡部伊都子さんの言葉

NHKこだわり人物伝 12月 は岡部伊都子さんを取り上げています。

彼女の著作の中でたった一冊だけ読み、とても大事にしていた本があります。仏像の写真とエッセイが一つになった本でした。中学の頃、それまで仏像にも特に興味がなかったのに、本屋で見かけて、とても惹かれるものを感じて手に入れ、とても気に入っていた本です。この本しか岡部さんのものは読んでいないような気がするのですが、その文と仏像が伝える凛とした美しさ、瑞々しさは今でも深く心に刻まれています。

それなのに他の本は読んでいないのは、私には他の本は難解すぎたからだったような気がしますが、それも深く覚えていない始末です。今回、このシリーズで彼女をもっと深く知ることが出来そうで楽しみにしています。

第一回は「私は加害の女」というタイトルです。婚約者が「天皇の為に死にたくない」と言ったとき、「何でそんなことを言うのか。自分なら喜んでお国の為に死ぬ」と言ったことに戦後、自責の思いで一生向きあいます。それが自分は戦争の被害者ではない、戦争に追い立てた加害者であるという意識になります。佐高信さんは、岡部さんのことを、日本人では珍しく自分の加害者性を自覚できた少数者だろうと言っておられます。

岡部さんは、日本人の加害者意識の無さにも批判的で、「花や寺など、日常に宿る美しさをみずみずしい感性でつづる一方、戦争や差別などさまざまな社会問題に対し鋭い批判を繰り広げて」行かれたそうです。

その岡部伊都子さんの言葉。

闘わない幸福というのは考えられない。特に自分自身と闘わない幸福は。

何だか久しぶりに凛とした美しく力強い言葉を聞いた思いがしたと同時に、私が多分唯一購読して読んだあの本の全編に漂っていた美しさが、本物のものだったのだと改めて感じました。
[PR]

by bs2005 | 2009-12-17 02:39 | 忙中閑の果実