「よくやった!」ーIssei Miyakeさんの寄稿記事

自分より年長の、社会的にも名声を得た人に対して失礼きわまりないかと思いますが、この記事を見たとき、思わずそう叫んでしまいました。

三宅一生さんが米紙に原爆体験 「倫理的責務」とという記事の要旨:

三宅一生さんが14日付の米ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿、これまでの沈黙を破って幼年時代の広島での原爆体験を明らかにした上で、オバマ大統領に広島訪問を促した。この呼びかけをしたのは原爆体験者としての倫理的責務と感じたから。

英文の全文(登録しないと英文記事に入れないかもしれないので、下記に拙訳で全文をご紹介してあります。)

私はオバマが当選する直前から、オバマを広島に呼ぶことを訴え続けてきた。オバマがプラハで演説をした時も、今度こそ日本政府にそう動いてもらいたいと期待した。でも、日本からは政府は勿論、外交の専門家、文化人からも一向にそういう声が聞こえてこなくて苛立っていた。聞こえてくるのは庶民からばかり。

そして今日、三宅一生さんのこの記事。三宅さん、あなたは偉い!!!やはり世界的レベルの人だ。日本の政治家、外交官、文化人が束になっても発想すらないことをやってくれた。やはりあなたは違う!有難~う!

追記:全文を読んでいるうちに、三宅さんの真摯さ、誠実さ、彼の決意の程がひしひしと伝わってきて、涙ぐんでしまいました。少しも居丈高でなく、被害者として声高に責めるものでもなく、穏やかで謙虚で静かなだけに、余計伝わるものがあります。ご一読をお勧めします。

関連過去記事:「オバマが大統領になったら日本政府にして欲しいこと」




A Flash of Memory (『或る一瞬の記憶』)

四月、オバマ大統領が核兵器抜きの世界平和と安定を訴えました。彼はただ単に削減を呼びかけたのではなく、その撤廃を呼びかけました。彼のその言葉が、私の中の奥深くに押し込まれうずめられていた何かを呼び覚ましました。私自身が長い間、それに向き合うことを避けてきた何かを。

私は悟りました。他でもない今だからこそ、私には個人的倫理的責任があるのだろうと。オバマ氏が「閃光(flash of light)」と呼んだものを体験した人間の一人として声を上げるという責任が、、。

1945年8月6日、原子爆弾は地球上で初めて私のふるさと、広島に落とされました。私はそこに居ました。ほんの7歳でした。眼を閉じると、私は今でも誰も経験してはならない色々のことを見るのです。まぶしい真っ赤な光、それにすぐ続いた真っ黒な雲、四方八方に必死の形相で逃げる人々ー私はその全てを覚えています。それから三年もしないうちに、放射能に被爆した母は逝ってしまいました。

私はその日の記憶も思いも、誰とも分かち合うことなく今まできました。結局うまくは行きませんでしたが、私は、このことを過去のこととして封印しようと試みてきたのです。破壊より創造を生みだすもの、美と喜びをもたらすもの、そういうものを考えて行くことの方が好ましいと思ったのです。私は洋服のデザインという分野に引き寄せられて行きました。理由の一端は、それが現代的で楽観的な創造様式だったからだと思います。

私は自分の過去になんか絶対に規定されるまいと頑張ってきました。「原爆を生き延びたデザイナー」などと名づけられるのはごめんでした。だから私は広島に関する質問はいつも避けてきました。そういう質問は私を居心地の悪い気分にさせるものでした。

しかし今、私は悟りました。世界から核兵器を無くして行く為には、この問題は避けて通れないものであることを。

8月6日のあの運命の日、世界平和を祈る日にオバマ氏を招待しようという運動が広島にはあります。私は彼がこれを受け入れてくれることを望んでいます。私の願いは、過去にこだわることにはなく、それよりもそのことが、アメリカ大統領の目指しているゴールが、将来の核兵器廃絶に向かっているというしるしとなることを望むからです。

先週、ロシアとアメリカが核兵器の削減に調印をしました。これは重要な出来事です。けれども、私達は甘い考えでいるわけではありません。どんな人も一人では、またどんな国も一国では、核戦争を食い止めることはできません。日本では恒常的に隣国、北朝鮮からの核の脅威に怯えて暮らしています。他の国も核兵器の技術を獲得しているという報告がなされています。核抜きの平和を望むとしたら、世界中の人々がオバマ大統領の声に合わせて声を上げなくてはなりません。

オバマ氏が広島の平和の橋を渡ればーその欄干は日系アメリカ人の彫刻家、イサム・ノグチ氏によって西洋と東洋を繋げる彼の存在、また憎悪を以って人が向かい合うときにどういうものが生まれてしまうかを思い起こさせるものとしてデザインされましたーそのオバマ氏の一歩は核の脅威のない世界を作り出して行くための真実の、そして象徴的一歩になることでしょう。一歩一歩が世界平和に向かってのもう一歩となるのです。

三宅一生氏は、洋服のデザイナーです。この記事は彼の言葉を彼のスタッフが英文に翻訳したものです。
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by bs2005 | 2009-07-15 10:45 | TON同盟  

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