「アメリカは何処に行くのかーらふぃさんへの返信に代えて(最終回)」

らふぃさんの「国民統合のための儀式としての就任式」では、アメリカという国にとって、国民統合がどんなに死活問題であるかということが、とても的確に丁寧に表現されていると思います。それについて私などが付け加えることは全くありません。

ここで書きたいことは、アメリカにとって「統合」がのっぴきならないものであることによって、「統合」が一人歩きし、肥大化してしまっている問題です。そのことが今日の世界におけるアメリカの多くの問題を引き起こし、国内の諸問題も引き起こしてきている面を見逃せないということです。

「統合」の為にアメリカの素晴らしさを強調し過ぎて、傲慢なアメリカの善魔性を生み出している面、「統合」にマイナスになるような発言を許さないpolitically correctnessの風土が出来てしまっている問題、その「統合」を守ろうとする思想を、支配層が自分達の都合の良いように利用してきた現実、等々の問題があります。

らふぃさんのご指摘ーアメリカの政経分離は国の成立過程から見るべき概念で、政治を宗教の影響から守るものではなく、宗教を政治から守る為のものーは、アメリカの善魔性についてずっと考えてきた私にとっては、一つの大きい謎が解けたような思いがしました。この国を成立させたときの統合の核にあった思想=宗教が、不可侵のものとしてあったことに、その善魔性の発生基盤があったのだと思えたのです。

らふぃさんは、その政教分離の考え方がアメリカ人自身の中でも忘れられてきている傾向があり、それはイスラムを初めとした他の宗教の文化圏からの人々の存在感が大きくなってきていることとも関係しているだろうと述べられています。私もその通りだと思います。そして、それはアメリカが開かれた存在であろうとする限り、不可避かつ不可逆な過程だろうとも思います。

アメリカという国はその成立そのものの中に、当初の「統合」の思想を覆す芽をはらんだ存在だったのだと思います。多様な国からの人々を受け入れるというその前提そのものがそれまでの「統合」と常に抵触し、それまでの「統合」の思想に狭義に拘る限り、歪み、矛盾、ジレンマを不断に生み、抱え込んで行かざるを得ない存在なのだと思います。

比喩的に言えば、アメリカはその成立の思想、統合の思想の中にそもそも、「統合」を崩す「鬼子」的存在を孕んでいたのだと思います。開かれ変わり続けて行く存在を目指す「鬼子」が、、。

10年ほど前に亡くなった私の大事なアメリカ人の友人は、「アメリカという国は壮大な実験に挑んだ国なのだ。異なる文化、人種、そういう人々が共存して一緒に平和にお互いを尊重しあって暮らして行けるかどうかという実験に、、。今まで、この実験の全てがうまく行ったとは思わない。これからも沢山失敗し、つまづいて行くだろう。でも、私はこの国はいつか必ず、その実験に成功すると信じたい。そう信じることが私なりのこの国の愛し方であり、誇りだ。」というようなことを言ったことがあります。

沢山の違う文化の人々を受け入れて行く過程は、最初の「統合」の思想に拘ることも、最初の「政教分離」の考えに固執することも、またある層だけに都合のよい「統合」の思想を押し付けることも通用しないのだと思います。

今、「統合」そのものの中味が厳しく尖鋭に問われ、変化を求められている時代なのだと思います。

私達は何を拠り所に統合できるのか。その為にはどう変わって行かなければならないのか、それは統合に値いする思想であるのか、この国は統合に値する存在なのかという根源的問いを、その「鬼子」が突きつけているのだと思います。その問いからもう逃げることは出来ない所まで追い詰められた時代なのだと思います。

その意味で「変化」と「希望」を旗印に登場したオバマの存在はとても象徴的だったし、彼があそこまでの支持を得たのも、彼の個人的魅力を超えて、時代そのものが要求した存在だったのだと思います。

彼が就任演説で語ったアメリカ人の戻るべき原点が、余分なものを削ぎ落とした非常にシンプルなものだったのは、「統合」を問い直す意味でとても意義があったと思います。

今、アメリカが「統合」する為に必要なのは、「統合」に余分なものが何かを問い直して行く行為で、そこに色々の理想やら思想やら歴史を投げ込むべきではないし、むしろ削ぎ落としていくべきだと私は考えます。

「人権と自由を守り、多様な価値を認め開かれた存在であること、その理想の実現を目指す国」それ以外のことは、「統合」の思想からむしろ削ぎ落として行くこと、可能な限りシンプルなものにして行くこと、それこそが真にアメリカを統合させ、この「壮大な実験」を成功させる道に繋がって行くのではないでしょうか。オバマはそうした道へアメリカを導こうとしていて、彼の就任演説はその試みの一つのように私には思えます。(完)

参考記事:
「アメリカは何処に行くのかーらふぃさんへの返信に代えて(その1)」
「アメリカは何処に行くのかーらふぃさんへの返信に代えて(その2)」
「Patriotism - この神聖にして不可侵なるもの」

どの位の方が、この長すぎる、そして間が空きすぎた連載にお付き合い下さったのか、アクセス数を見ない主義の私には分かりませんが(ごく少数であろうということだけは自信を持って言えますが・汗)、お付き合いくださった方、私のへんちくりんな異論・曲論にお付き合い下さり、本当に有難うございました。言うまでもありませんが、これがアメリカの多数意見ではありません。いつもの勝手な思い込みによる異見です。(汗) それに耳を傾けて下さいましたこと、心よりお礼申し上げます♪
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by bs2005 | 2009-03-05 15:55 | 異論・曲論  

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