entitlement
2008年 12月 25日
キャロライン・ケネディがヒラリー・クリントン上院議員が入閣したことによって空いたニューヨーク州選出の上院議員の席取りに名乗りを上げたことにからんで、耳にすることが増えた言葉。sense of entitlement が一部で問題にされている。
今まで政治に関わって来なかったのに、上院議員になれると思うというのはケネディ家の人間にはそういう権利があるという思い上がりがあるのではという批判だ。何となく批判の為の批判にも聞こえてしまうけれど、そういう面もひょっとしてあるのだろうか。
今回初めて知ったのだが、アメリカの議員は入閣すると議員の席は自動的に放棄させられる。日本は閣僚になっても変らないので、何となく同じように思って気にもしていなかった。
そして何とその場合の後任は選挙でなく知事が指名する権利を持つ。日本だと空席が生じると選挙間もなくだったら繰り上げ、直後でなければ補足選挙になる。国によってずいぶん仕組みが違うものと改めて思う。
それでオバマの後任を決めるにあたって、イリノイ州知事が、自分に一番高くお金を寄越した者に指名するなんて裏工作をやったもので大騒ぎになっている。
知事が指名権を持つということ自体、そういうことの温床だし、今までもこんな露骨なことはやっていないにしても、見返りを期待した、あるいは受け取った知事は多いのではないかと勘ぐってしまう。
民主主義的やり方とも思えない。選挙で公平に決めるのが一番後腐りも腐敗も防げるように思う。選挙をやるとなると税金も相当使わなければならないので、それを避ける為のアメリカ流の合理的精神なのだろうか。
選挙の話はともかく、よく考えてみると、こういう意識は人間の意識に忍び込みやすい。〜したのだから〜する権利がある。〜として扱われて当然、、みたいな。たまたま、身近にもそんな「当然の権利」の拡大解釈のようなことが起きた。とても倫理観の強い人なのに。
こうしてみると、この意識の力はものすごく強力なのだろう。自分が思うほど、人はそんなに権利と資格が与えられたとは思わないもの。自制と自省に努めたいものだ。
by bs2005 | 2008-12-25 02:57 | こんな英語表現