「品格」の落とし穴

品格という言葉はそもそも好きな言葉だし、品格のある人には自分に無いものを持った人として憧れる。

けれども、最近の「品格」ブームには胡散臭いものを感じる。『××の品格』という本が柳の下のどじょう根性丸出しに次々と出てくるのを見ると、こういうタイトルを安易に許してしまう著者に、品格を語る資格があるのかと思ってしまう。

『戦陣訓』などは、言ってみれば大本営が庶民に求めた「軍人の品格」だったのではないだろうか。その「品格」を守る為に、多くの人が苛酷な状況で戦闘を耐え抜き投降を拒んで、助かる命が沢山失われた。「欲しがりません、勝つまでは」などというのも一種の「品格」の強要だと思う。

水木しげるさんの戦争のさ中のあり方を見ていると、「戦陣訓」からはかけ離れている。そのせいもあって随分ひどく上官の暴行にもあったようだ。しかし、今振り返ってみると、水木さんのあの生き方こそが庶民の本来の姿、平和につながる姿だったと思う。彼が「軍人の品格」などに一切関心を持たなかった生き方こそが今、輝いてみえる。

アメリカのpatriotismにも同じことが言える。国家への忠誠を求め、国を守るために立ち上がるのがアメリカ人の品格として内容抜きに求められている。

「品格」が祀り上げられ過ぎると、品格の有無で評価が決まり、人間としての序列が決まってしまうことにもなりかねない。「品格」ブームに私は何か危ういものを感じてしまう。誤解を恐れず言えば、人間に一番大事なものは品格ではなく、みっともなくても、格好悪くても、家族を大事に、一生懸命生きる姿勢だと思う。

関連過去記事:Patriotism - この神聖にして不可侵なるもの
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by bs2005 | 2008-08-23 05:17 | 異論・曲論  

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