剛を制するもの

「柔よく剛を制す」という言葉がある。子供の頃から馴染んできた言葉なので、何世紀も前から言われ続けてきた言葉なのかと思い込んでいた。今回、調べてみると、柔術を改良した講道館柔道の創始者の嘉納治五郎氏(1860-1938)の言葉だという。この言葉を英訳したMind Over Muscleという彼の本も出版されていると知った。





「柔よく剛を制す」という考え方は、無知な私が言っても説得力に著しく欠けるのは承知の上で敢えて言わせてもらうと、世界的に見ると非常にユニークな考え方なのではないだろうか。柔道という思想を持つ格闘技が日本で生まれたのは偶然ではなく、日本の精神的風土にそれを生み出すものがあったからではないだろうか。

欧米やイスラム圏、アジアですら、色々な動きを見ていると、剛を制する為にはそれ以上の剛をというのが共通の発想のように見える。剛を柔で制するという発想は少なくとも今の世界からは見えてこない。

先日、衆院での再可決という異例の手続きによって再開された自衛隊の給油活動、与党関係者は、これで日本も国際貢献が出来るという感じで安堵感を漂わせつつ、誇らしげでもある。

しかし、私の知る限り、このニュースは一番これに関係が深いと思われるアメリカでさえ、一般的には全く報道されていない。そんな事知ったことじゃないという感じだ。他の国での報道は知らないが、皆無であっても驚かない。似たようなものだろう。

日経の『私の履歴書』田淵節也氏(野村證券元会長)の回で、田淵氏は象徴的なある個人的経験を書かれている。(2007年11月26日)

それは湾岸戦争後にクウェート政府代表に会った時、日本が130億ドルという援助をしたことに対し、お礼を言われるかと思っていたら、初っ端から「日本は血を金で買うのか」と言われ、一言もやり返せず、情けない思いをした。米国の傘の下で自分の国も守れない惨めさを痛感したというものだ。

最近、国際貢献は金だけで済むのかとか、日本の再武装を訴える勢力、平和憲法を日本を縛る足かせのように言ったり、情けないと言ったりする立場の人々の心にあるのは、多かれ少なかれ、この田淵さんのような心情、もしくは信条があるように思う。

しかし、「血を金で買うのか」と言われて、ただうな垂れるのは、剛には剛でという発想の中に身を置いてしまってはいないだろうか。「柔はよく剛を制す」という哲学的立場に立てば違うことが言えるのではないだろうか。

「剛にはさらなる剛で」という発想の国々を相手に、油を補給しようがお金を出そうが、彼らはそれを微塵も有りがたいとも、国際貢献などとも思わないだろう。彼らにとっては国際貢献は武器を持って剛に参加することだから。中途半端なことをいくらしても、彼らの土俵の周りでいくらうろうろしても評価されることはないだろう。日本には日本が強さを発揮できる土俵がある筈だ。

日本人が平和憲法を押し付けられたのは、歴史のうねりの中で起きた偶発的なことかも知れない。けれど、押し付けた当の本人のアメリカが再軍備を望んだときにも、そして戦後60年余りも、これを維持し続けてきたことには日本人の必然があるのではないだろうか。

他の国、つまり剛には剛でという発想を疑いもなく持っている国だったら、アメリカが再軍備を望んだ段階で、これ幸いと打ち捨てていたのではないだろうか。被爆国として骨身にしみた厭戦気分に支配され去勢されていたのだという説もあるけれど、その後の国外で起きているいくつもの戦争の中でも、平和憲法を打ち捨てようという動きが半世紀過ぎても支配的にならなかったのは、日本人が本来感性の奥深くに、柔を愛しみ、敬い、その力を信じるものを持っていたからではないだろうか。

古来から日本人は自然をあるがままに愛し、畏敬する感性を持っていた。農耕民族として、あるいは海の幸に依存してきた民族として、日本人は、自然に逆らうのではなく、自然の声を聞きながら、それを柔軟に受け止め、受け入れ、生活してきた。柔よく剛を制すというのは、日本人のDNAにそのようにして滲み込んだものではないだろうか。

最近、日本がギスギスして殺伐とした事件が多発しているのも、この本来の哲学を日本人が見失っているからではないだろうか。

現在の世界情勢、地球環境を考えるとき、「剛にはさらなる剛で」という発想から大きく転換しなければ世界の明日は無いように見える。今こそ、「柔はよく剛を制す」という考え方を、日本は世界に発信し、世界を変えていかなければならないのではないだろうか。それが日本の果たすべき役割で真の国際貢献ではないだろうか。

身びいきなのだろうが、私はこのユニークな哲学を持った日本が、それをどのように自覚し、誇りを持ち、動くのかという事に地球の明日が懸かっているように思えてならない。
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by bs2005 | 2008-02-01 07:01 | TON同盟  

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