「言論の自由」の真の敵

私は言論の自由の真の敵は権力ではなく、「空気」だと思う。往々にして、「空気」は権力から生み出されるものではあるけれど。



アメリカは自由と民主主義を標榜し、言論の自由と表現の自由には、「ここまで!?」と思うほど寛大な傾向があると、住むまでは思って来た。しかし、暮らすようになって、ここには真の言論の自由は無いと知った。

ポルノ的なものには呆れるほど寛大だけれど、Politically Incorrectなことに対しては、実に発言しにくい雰囲気がある。言うのは自由だけれど総スカンになるのが怖くて、本音が言えずに偽善的なことを言っている。特に愛国心は絶対の聖域だ。

日本では本音の国と思われているけれどーそれは大きな間違いだと今までも何度も記事で言い続けてきたけれどー、アメリカで本当に言いたいことを言いたいように言っている人がどれだけ居るだろうか。好感の前には自粛して、空気に合ったことだけを言っている。大統領だってそうだ。好感を持たれることだけ表で言って、裏では密約やら隠蔽やら、、、。

イラクの問題もそうだ。6年経った今でこそ軍の侵攻は間違いだったと大声で言われているけれど、当初、そんなことを言おうものなら愛国心はあるのかと袋叩きにされていた。自由を守るためのテロとの戦いに命を捧げている兵士達を侮辱するのかと。

兵士の息子がイラクで死んでブッシュ政権を批判した母親も、今では英雄のように扱われているけれど、当初は文字通り石を投げられていた。ほんの僅かの支持者は居たけれど、彼女に怒って抗議する人たちの中でもみくちゃにされていた。今、彼女に石を投げたら、投げた方がとんでもない目に遭うだろう。本人もその変わりように嫌気がさしたのだろう。表舞台から消えてしまったけれど。

大体、あの頃、国民がイラク侵攻に本気で反対しなかったのは、「イラクに民主主義を」とか大量破壊兵器があるなんてことを信じ込まされてていたからではない。アメリカ人はそんなに馬鹿じゃない。日本人など足元にも及ばないほど計算高い。計算高さを微塵も表に見せようとしない程。建前と本音を使い分けてないように見えるのは、それを見破られないように細心の注意を払う計算がきちんと出来るからだ。

そんなことはどうでも良かったのである。。アメリカに攻撃をされないこと、それが保証されること、アメリカへの油の補給が断たれないこと、それが目的で全く構わなかったのだ。ただ建前を堅持さえしてくれれば。それが本音だ。よくメディアではブッシュの利権とかいうけれど、それはアメリカ人の利権でもあったことを忘れて論じると、本質を見逃すと思う。

民主党も「あの頃は大量破壊兵器があると思った、騙された」みたいに言っているが、本音はあろうがあるまいが、どうでも良かったのである。そうでなければ、国連決議をあんなに簡単に無視できただろうか。アメリカの安全と油の確保(=今のアメリカの豊かさの保持)さえ出来れば、その他のことはどうでも良かったのだ。ついでにイラクに民主主義が生まれれば、それはそれで万々歳でも、それはどうでも良かった。そんなことは誰も口にはしなかったけれど、それが自分たちの本音であることは皆分かっていた筈だ。

今は、先の見通し真っ暗なことの為に、アメリカ人がこれ以上イラクで殺されるのが嫌だから反対しているだけのことで、今の状態でいきなり引き上げたらイラクはどうなるか、なんてことを本気で心配している人は殆ど居ない。今は、引き上げに反対するような意見は、それがどんなにまともな理由からでも言える雰囲気ではない。たちまちにブッシュの片棒かつぎか、好戦主義のように言われてしまう。

平和のためとか人道的なことを口で言っても、本音は侵攻し始めたときと一切変わらない。アメリカの安全と繁栄だけが大事だ。そんなことを言ったら、アメリカを侮辱するのかと愛国心を痛く傷つけてしまうから、そんなことを言う「言論の自由」はないけれど、、。

憲法で保証され、自由を自国のプライドとしている国でこうだ。言論の自由を守るのは、法でも国でも裁判所でもない。一人一人にかかっている。相手の言うことを封じないこと、ましてや「空気」などというわけの分からないもので封じてしまうようなことは、厳に戒めるべきだと思う。
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by bs2005 | 2007-10-14 03:51 | 異論・曲論  

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