あえて今、朝青龍を擁護する

日本中を敵に回すかも知れないけど、敢えて、、。(ゼー、ゼー←びびりの表現)



今回朝青龍の取った行動は褒められたものではない。親方にも無断の帰国、休業届けを出してサッカー。あの処分が適正かどうかは私には分からないけれど、何らかの処分を受けるのは仕方がないと思う。

しかし、私が気になるのは、朝青龍に対しての決め付けがあまりに多すぎることだ。決め付けている人達は、それが事実として確信を持てるからなのだろうけど、本当のことは本人にしか分からない。他人が決め付ける権利が果たしてあるのだろうか?

テレビで見る限り、彼がやっていたサッカーの運動量と相撲の運動量、その衝撃度は明らかに違う。腰よりも実際には肘の方が重症だったのだともいう。彼だって、自分の力士生命を賭けてまで親善サッカーをしたりしないだろう。激しくぶつかるのでない限り、肘を使わない限り、愛嬌程度のサッカーなら、大丈夫だろうと判断したのだろう。相撲は無理でも、この程度ならと、、。

その判断の是非はともかくとしても、彼の体に関する判断を、はたが仮病と決め付けるのはどうだろう?自分を英雄として歓待してくれる故郷の人々を喜ばせたいと、つい無理してしまった彼の気持ちは分かる。だからと言ってそれを容認はしないし、休業中の身で軽率だったことは否めないけれど、そこまで他人の体について言う権利がどこにあるのだろう。

今の彼の精神衰弱にしてもそうだ。仮病だの何だの言う権利が他人に、しかも精神科のプロですらない素人に言う権利があるのだろうか。二人の精神科医がそう診断を下している。モンゴルに帰るのが最大の治療だという。精神的に病んだときに支えになるのは、やはり故郷の人々だろう。外国で彼の気持ちを本当に理解する気もなく、決め付けるだけの人々に囲まれていて良いわけが無い。

仮病だ何だと決め付けて、最悪の事態になったら誰が責任を取るのだろうか?人を外見だけで判断して決め付け、寄ってたかって大勢でやっつける。もう少し謙虚に本人のことは本人にしか分からないという大人の態度を取れないものか?

その態度を取って、こちらが失うものはどれ程のものか?本当は仮病だとしても、騙されたからどうだというのだろう?コケにされたから何だというのだろう?そして仮病でなかったらどうするつもりだろう?大人がこういうことをやっていて、子供に苛めるなと言ってもそれは通用しないのではないだろうか。

他人のことは外からはどう見えようが、その本人にしか分からない。いろいろ過去にも問題はあったとは言え、何場所もたった一人で横綱を張り、大相撲を支えてきた彼にもう少し優しくなれないものか。優しくできなくても良いから、せめて謙虚になれないものか。他人のことを決め付けることに対してもっと慎重になれないものか。



by はたから見ると仮病状態で、ニクタラシイ面構えでは朝青龍に一歩もひけを取らないぶん
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by bs2005 | 2007-08-09 00:45 | 異論・曲論  

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