新しい国民の休日設置、あえて反対論

正確にはいつだか忘れたけれど、新しい休日を作って、長めの連休をもう一つ作るという案があると聞いた。とても発想が古いと思う。今の日本の置かれた状況にも合っていない。



日本人がもっと休むことには大いに賛成だけれど、国民全体が休んで、どこに行っても超渋滞で疲れ果てるような連休をまた作ることに意味があると思えない。

そして、そういう形の「贅沢」はもう日本に許されていないように思う。国全体が休みに入って、国全体の機能が半分、いやそれ以上停止するような休み方は。

意外なようだが、国民の休日でいえば、今、日本は世界の中でも多い方だ。少なくてもアメリカより既に大分多い。アメリカ人は、ゴールデンウィークの頃になると、また日本とのビジネスが滞る、連休が終わるまで殆ど仕事にならないと舌打ちしている。

今まではアジアの経済大国としての地位を謳歌してきたから、これで済んだけれど、これから先、アジアの中での厳しい競争にさらされながら、国全体が機能停止になるような休み方をして、そういう競争に打ち勝てるだろうか。

必要なのは国民の休日を増やすことではなく、それぞれがもっと自由にきちんと休みを取れるようにすることだと思う。それぞれが休みを取りたい時に、遠慮なく取れるシステムを法的にもきちんとサポートすることだと思う。

そうすれば今のような休日のありかたも少しは改められるだろう。子供の学校の休みの時期に、取りたい休みが取れれば、もっと有意義な家族との時間の過ごし方が出来るだろう。今のように、お父さんが休みでも子供は学校があって、お父さんは家で奥さんに煙たがられていたり、子供が休みでもお父さんは会社で、子供は手持ち無沙汰で家でゴロゴロというのも減るだろう。

こちらでは子供の学校がちょっと休みになると、お父さんが子供と一緒にいる姿をよく見かける。一週間位の休みなら家族で旅行に出かけたり、短ければ、公園で一緒に遊んでいたりする。会社は休みではないけれど、個人的に休暇を取ってそういう過ごし方をする。

学校の休みの間は、そういう家族で観光地は賑わう。けれど、普通の会社も政府機関等も休みではないから、日本のようなうんざりするほどの集中はない。世間の人は働いているから。

そういう個人が取る休暇の期間ももっと長く取れるようにするべきだ。それを法律が強力にバックアップできるようにして、個人個人が休んでいても、会社は普通に動いているシステムにしないと、これからは国際競争においてハンディになるし、グローバル化した経済のありかたにもあっていない。

国民の休日を増やすという発想はあまりに安易で、誰の為にもならない。働き過ぎの日本人を休ませるには、もっと本質的な解決の道が探られるべきだ。
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by bs2005 | 2007-06-09 00:13 | 異論・曲論  

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