もっともらしいけどーその1

『鈍感力』という本がブームだという。著者の渡辺淳一氏がインタビューで、最近の人は、小さいことに神経質になりすぎている。ちょっとのことで傷つく。細かいことに一々引きずられないで、おおらかに、良い意味で鈍感になれという意味で「鈍感力」というのを提起しているのだと言っていた。

もっともらしいけど、そうかぁ~?!



確かに、小さいことに一々おろおろしたり、引っかかったりすることは良くないけど、そういうのは昔から、おおらかな態度を身につけようとか、広い心を持とうとか、心を強くとか、そういう言葉でちゃんと言われてきたことじゃないのか?

今更、「鈍感力」なんてえげつない言葉で置き換える意味がどこにあるんだろう?大体、人に何か言われて感じないようにしようっていうのに、何の意味があるんだろう?

人の言うことに一々左右されたり、人に気に入られようと右往左往するのは勿論あるべき姿だとは思わないけど、人の意見には一応虚心で耳を傾けた方が良い。感じないようにしたら、そんなことが出来るだろうか?

必要なのは、どんなマイナスなことを言われても、それを自分の中でプラスに変えられる「還元力」もしくは「転換力」ではないだろうか?

傷ついている人間に鈍感になれというのも、ずいぶん感性の鈍い提案に思える。傷つける人間の方に、人の痛みにもっと敏感になれと「敏感力」を訴えた方が意味があるのではないか?

もっともらしいこんな言葉を生み出して本にまでするのは、ベストセラー作家の地位に甘えた感性の鈍さ、言葉の意味への鈍さに他ならない気がする。大体、彼は性的対象あるいは性的幻想として女性を捉える以上の、生身の生き生きした女性の内部を1ミリも一度も描けてこなかった作家だ。鈍感を訴えるのにふさわしい人では確かにある。
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by bs2005 | 2007-06-05 00:56 | 異論・曲論  

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