『兄弟』(なかにし礼著)を読み終えて

なかにし礼さんというのは、あるインタビュー番組を見るまでは、華やかな売れっ子作詞家、作家に転じても大成功を収めた器用な人というイメージしか持っていませんでした。



そのインタビューで、「特攻隊生き残り」の破滅型の兄に振り回わされた、その壮絶な葛藤を知り、この本のことも知って読みたくなったのでした。

この本も一つの強烈な戦後史だと思いました。この本の中に出てくるニシン漁の光景は彼の「石狩挽歌」の作詞の元になったものですが、あの歌の背後にこんなに壮絶なドラマがあったのだと驚くと同時に、その情景の息を呑むような美しさ、緊迫感、哀しさに衝撃を受けました。この箇所だけでも、この本買った価値ありました。

この本には映画にしたいような切なく哀しく、でも、鮮烈に美しいシーンが他にもあります。その一つは、ねぶた祭りの中で踊る兄弟の姿でした。どちらもここではそれを薄めるだけになってしまうので具体的には紹介しませんが、興味のある方は読んでみて下さい。映画を観ているような気分にさせられる小説でした。

この本は戦後のある一家の話ですが、戦争というものの理不尽さを改めて噛みしめた本でもありました。ここでは他に印象に残った二箇所の文を紹介します。
年号が昭和から平成に変わったとき、私の中でもなにかが変わった。歌を書きたいという思いが急激にしぼんでいった。私はこの時初めて、自分の書いてきた歌は、その殆どが恋歌の体裁をとってはいたけれど、すべて昭和という時代への愛しさと恨みの歌であり、幻の故郷満州を恋ふる望郷の歌であったことに気がついた。昭和という時代が終わったら、そんな感情をぶつける相手がいなくなってしまっていた。

戦後ずっと開かれていた元特攻隊の人々の集まりに、お兄さんが亡くなった後、真実を確かめようと出かけた時の話も圧巻でした。

特攻しようにも、すでにその飛行機もなく、飛び立つことが精一杯位の技術しか彼らが身に付けていなかったことなどは、ある程度知っていましたが、この本で初めて知った特攻隊の現実もありました。

その会で、お兄さんのお仲間の一人がこう言います。
「終戦の翌日、私達若い兵隊は米軍に突撃して討ち死にしようと思いました。あの時、隊長に、お前たちはこれからの日本を背負っていく大事な身体なんだ。軽挙妄動は慎め、と言われなかったら多くの兵隊が死んでいたと思う。」


戦争を知らないで育って来た私達の世代は、戦争によって有形無形の犠牲を負いながら、戦後の復興を支えてきた世代への借りを、少しでも返して行く為にも、戦争へ向かう道は、たとえ1ミリでも進ませてはならない、昭和の負の遺産を忘れてはならないと改めて思いました。

巻末に著者と石原慎太郎氏が対談していて、石原氏が最後に「あなたはやっぱりひとりっ子でなくてよかったじゃない。」という言葉も含蓄が深いものでした。

お勧めというのとはちょっと違いますが、読んで損のない本だとも思いましたし、彼の本をもっと読みたくなりました。
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by bs2005 | 2007-02-11 05:33 | 忙中閑の果実  

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