重慶と広島とハワイアン・ソングの間

週刊ブック・レビューも比較的よく見る番組だ。御蔭で、刻々と積読の山が高くなっているのだが、、(汗)。




11月26日(日本)放送分で、写真家でもあり、ノンフィクション作家でもある星野博美さんが『戦略爆撃の思想 ゲルニカ、重慶、広島 新訂版』という分厚い本を紹介した。その本は、膨大な資料が含まれていて余りに分厚い。テーマの重さもあって読む気がそそられたわけではないのだが、その紹介の中で、自分にとっては全く未知の話が出て衝撃を受けた。

そもそも広島の原爆に見られたような空からの一般市民を巻き込んだ爆弾攻撃は、日本が中国の重慶を攻撃したときに初めて使われた戦術だったのだという。中国の一般市民は自分達を攻撃する日本軍の顔も見ずに沢山死んでいった。

それまでは爆撃機もそう高空を飛んでいなかったので、下界の世界の人々の営みを感じられる高さだった。それが遥かに上から、その血しぶきも遺体の山も見ないで、ただ爆弾を落とすという人の顔の見えない攻撃の形がそこから始まったのだという。

数年前にスポーツの大会が重慶であったときに、現地で激しい反日の運動があったのはそのときの空からの爆撃による大量殺戮への思いであり、そういう知識を持たない日本人を戸惑わせたという。

更には、日本軍の重慶の爆弾攻撃があったときに、その重慶にいて助かったアメリカ人が二人居た。そのアメリカ人が、この攻撃方法の有効さを自分達も採用するべきだと本国に持ち帰り、それが発展して行って行き着いたものが原爆であったのだという。星野さんは戦争というのは、こういう形で広がって行ってしまうものなのだと改めて痛感したという。

重慶のことは殆ど埋もれた歴史であるという。私も全く知らなかった。ひと頃、自虐史観が問題になった。そういうセンセーショナリズムへの批判を山本七平さんもされている。そういう自虐史観に陥ってはならないが、真実を正しく把握することがとても必要だと思う。

今日、ウクレレのクラスでショックなことがあった。ウクレレの先生は中国系の70代半ばと思われる人だ。ユーモアのセンスたっぷり、お茶目で楽しい人で、先生の助手は日系人。クラスにもハワイ出身の日系人、白人、色々な人種の人が居る。和気藹々とやっている。

たまたま、先生の誕生日がもうすぐだと言う。先生は誕生日を聞かれて、ちょっと顔を歪めて、日本に攻撃された記念日と一日違いだと言った。恥ずかしいことにその日が何の日であるか私は判らなかった。訊く勇気も出なかった。パールハーバーの日は毎年アメリカで大騒ぎになるのだけど、どういう訳か何年経っても、その日がいつか正確に覚えられないでいる。

そして、ハッピーバースディを歌った私達に彼は返礼で、大流行した曲だから知っているだろうと言って、「パールハーバーを忘れるな」という聞いたこともないハワイアンソングを弾き歌った。彼の顔にいつものような楽しげな様子は無かった。美しい旋律が聴いていて余計悲しかった。白人の人達も明からさまには見せなかったけど、戸惑っている感じがした。

いつも日本人の私達にもにこやかに接してジョークを言ってくる。日本に帰るというと、いつからなどと楽しげな様子で訊いてくる。個人としての日本人の私達に特別の敵意を示したことはただの一度もない。その人が日本軍というものに対して、今でもこれだけの憎しみを持っているということにすごくショックを受けた。本来、人間大好きな感じの人をここまで苦い思いにさせたものが日本であるということに、、。こういう日にこういう演奏をさせてしまう程に彼に傷を残したということに、、。

日本では、第二次大戦のことがまともに教えられることがない。日本がアジアで本当に何をしていたのか、あいまいなままだ。敵国だったフランスと一緒に歴史の教科書編成を行ったドイツとは大違いだ。知らないでは済まされないのだ。本当のことを知ることを始めなければ、アジアで日本が本当に受け入れられる日は来ない。初めてウクレレのクラスから暗澹たる思いで帰って来た。
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by bs2005 | 2006-12-05 14:05 | TON同盟  

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