遅れている日本の大学

56歳の主婦が年齢を理由に医学部不合格という記事を見た。

今までも何度も書いているが、アメリカでは年齢を理由に、なんてことは出来ない。少なくても表向きは。50,60を過ぎてから博士号を取り、専門の分野で活躍する人も沢山いる。こんなことが国立大学でまかり通るなんて、、。




以前記事で書いたが、再挑戦できる社会というスローガン、「失敗した人が」とか「敗者復活」などと言い方には抵抗あるが、何度でも挑戦できる社会という趣旨には賛成だ。あらゆる人に可能性と選択が広く開かれている社会でなければならない。

安倍さんはそれを旗印に上げているのだから、ここでその本気を見せて欲しい。門前払いを食わされた女性が同世代なだけに、こちらは本気で怒っている。実際の理由、本当の背景は不明な部分があるとは言え、少なくてもこんな言い訳をそのまま通用させてはならないと思う。

大学側は「ほぼ10年の育成期間を考えると年齢が問題になる」と説明したそうだけど、50代過ぎてからの心身の能力は個人差が大きい。本人が出来ると思っているのだから、そんなことを他人が理由に出来ない筈だ。

たとえ彼女が現役のお医者さんとして将来活躍できなかったとしても、彼女の年齢の女性が同級生として情熱を傾けて勉強にいそしむ姿は、測り知れない教育効果があるだろう。彼女の人生経験も医者として必要な人間性の教育に役立つかもしれない。高齢者医療の問題を患者の家族として身につまされて経験した彼女の視点も役立つだろう。

彼女の年齢は高齢者医療に携わる場合は、若い人に比べてより深い老いの理解が強い武器になるかもしれない。また、女性の場合は結婚・出産で医師免許を取得しながら激務と両立できずに一線を引き、引いている間に日進月歩の医学に追いつけなくなって諦めて行く人の数も馬鹿にならないという。この女性の場合は、そういう心配もない。どちらが実働時間長く働けるか一概に言えない。

どんなに若くて健康だって、人生一瞬先は分らない。先のことを理由にするのは科学的態度でさえない。医者としての人間的適性だって年齢では測れないはずだ。頭の固いのもいいかげんにしてもらいたい。
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by bs2005 | 2006-11-07 01:05 | 異論・曲論  

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