何だか抵抗を感じる言葉

安倍政権のスローガンのようになっている「再挑戦の出来る社会」という言葉、再挑戦という言葉自体にはさほどでもないけど、その前によく言われる「失敗した人が」という部分に抵抗を感じてしまう。





アメリカの場合、道はいくつもある。小学校だってまだその子に早いと思えば一年遅らせられる。何歳からでも大学に行きたいと思えば行けるし、そこからキャリアを築ける。50歳過ぎてから博士号を取り、第一線で働く人もいる。60歳過ぎてから今までと全然違う仕事をゼロから学んで第一線で活躍する人もいる。刑務所に入った後でも、学校に入り直し、第一線で目ざましい活躍をする人も居る。簡単では勿論ないが、、。

日本に比べてはるかに柔軟な社会だと思う。厳しい競争社会ではあるが。違う言い方をすると、その人が人生を終えるまで、失敗したかどうか本人も含めて誰にも言えない社会なのだと思う。簡単に「失敗した人」と言ってしまう社会には抵抗がある。大体、失敗したかどうか、他人が決めつけるようなことだろうか。

スローガンで目指しているものにはそれ程異議はない。「沢山の選択が許され、常に可能性の開けた社会」とか、何とかもっと良い言い方は無いのだろうか。聞く度に心にざらりと響き、淋しくなる言葉だ。
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by bs2005 | 2006-10-23 03:15 | 異論・曲論  

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