神話の罠

何度かアメリカ人のこの神話については書いているのですが、また書かせてもらいます。(笑)何故しつこく書くかというと、それで日本人が失敗している例を多く見てきているからです。その日本人本人が気づかない場合もあるのですが。

「アメリカ人は本音で自己主張をはっきり言う。建前を使い分けない。」これが大きい間違いなのです。アメリカに長く居る人に、アメリカ人はある面では日本人より建前がきついよね、と言うと皆そうそうと頷きます。それなのに、それが充分日本に伝えられていないのは何故なのか、不思議で仕方ありません。それで弱小ブログなのに少しでも伝えて行こうと頑張っている訳です。





日本でも特に京都は建前文化の代表のように言われますね。「お茶漬けでもいかが?」といわれてその気になってご馳走になったら、ひんしゅくを買ったというような例を出されて、、。こう書くと意外と思われるかもしれませんが、アメリカ人の建前の使い方と京都のそれとは非常に似ていると思います。そういう意味でも京都は真にナショナルであるが故に、真にインターナショナルなレベルに到達している都市と言えるかもしれません。

以前、京都で生まれて育った方に、京都はよくそういう批判を受けるけれど、それは京都の人間の「相手を傷つけたくない、相手を良い気分にさせてあげたい」という心遣いで、そういうさりげない心遣いを常に心がける京都の文化に自分は誇りを持っていると言われたことがあります。なるほどなぁとその時初めて違う見方が出来るようになりました。

アメリカ人の建前の使い方というのもそれに通じる部分があります。多民族の国です。文化の違う人々が一緒に住んでいる。どう受け取られるか分らない。そのことによって、どういうトラブルに発展するか分らない。だからとても用心深いのです。相手の気持ち、心証を悪くさせないように最大限の注意を払っています。それを悟られないように、ああいう大らか、親密、大胆なジェスチャーがあると言っても良いのです。

自己主張に関しても大きい誤解があります。確かにアメリカ人は自己主張するべき時にはきちんとしますが、いつもいつもする訳ではありません。自分に損になるような時には、上手に隠しています。上と同じ理由です。するのは本当に必要な時だけです。あとは笑ってユーモアで切り抜けるのが教養のあるやりかたと思われているのです。その意味でもユーモアのセンスのない人間、ユーモアを解さない人間の評価は低いのです。

そして自己主張をする時は細心の注意を払います。勿論、払わずにする人もいますが、そういう人は教養がない、ちゃんとした教育を受けていないと判断されるのです。アメリカ人が一番嫌うのは、相手の気持ちを無視したストレートで攻撃的な自己主張です。

出る杭は打たれるで育ってきてしまった日本人は、自己主張というのがそもそも苦手です。そういう訓練が出来ていない。それなのに、アメリカに来て、アメリカは自己主張の国だからと気張って、そういう訓練が出来ていないまま自己主張を繰り広げることがあります。それで、本音丸出しだったり、ストレート過ぎたり、攻撃的だったりしてひんしゅくを買っている場合が少なくないのです。

残念なことに、ストレート過ぎることには言葉の問題も絡んでいます。同じことでも遠まわしに丁寧に伝えるへり下った英語表現を知らずに、学校英語そのまま、文法的に間違いではないけど、ストレート過ぎる表現を使ってしまって相手の気分を損ねたりします。

身近な例で言えば、よほどくだけた状況でもない限り、警官や先生でもなければ、初対面の人に”What's your name?’と訊く人は先ず居ません。学校ではそう習っていますが。では何というか?幾つか丁寧な言い方はありますが、最低でも初対面なら"May I have your name, please?"みたいな感じです。それを習っていないのです。学校英語のもう一つの大きい問題だと思います。アメリカで円滑な人間関係を築こうと思ったら、would, could, should, might 等の丁寧助動詞は最低限のレベルはクリアしていなければなりません。

日本語では、相手に異議を唱えるときに「お言葉ですが、それは違うのではないでしょうか。」などと切り出しますね。それを直訳して、"I think you are wrong."などと言ったら、大抵のアメリカ人は何て失礼な奴と思います。そういう時は、" I may be wrong. This is just my personal opinion. Please correct me if I am wrong, but...."などという形で切り出します。

もう一つは文化の違いで、日本人に言っても全く問題のないことをアメリカ人に言うと何てこと言うんだと気分を害されることもあります。そうやって怒らせて、相手ががんがんと来る。それでアメリカ人はずいぶん自己主張がはっきりしていると思ってしまうけど、そもそもは自分の配慮のない自己主張が相手をそこまで怒らせてしまったということもあるのです。

具体例をもう覚えていないので申しわけありませんが、日本語をマンツーマンで企業の上の人に教えていたとき、先日の会議で日本人にこう言われた。日本人はああいう失礼なことをいうのかと聞かれて焦ったことも何度かあります。その内容が日本では結構ありがちなことだったりして、言った方はそんな気持ちではなかったろうなと分るだけに辛い気持ちでした。そしてこういう時は往々、アメリカ人はその不快な気分を隠して終わらせてしまっているので、肝腎の本人が気づいていないだろうなという場合が多かったのです。

最近、ディベートの必要が謳われたり、もっと日本人は自己主張をしなくてはいけないと言われます。そのこと自体に異議はありませんが、その時に、攻撃的な自己主張、相手の立場を考えない主張にならないような訓練を忘れてはいけないし、自分が自己主張をするときは、相手の主張をきちんと聞く、理解する能力と共に異文化の理解がしっかり育っていないと、受け入れてもらえないという観点も不可欠だと思います。


参考記事:politically incorrect
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by bs2005 | 2006-09-29 05:53 | 異論・曲論  

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