壁にぶつかると言うけど、その壁を作っているのは誰だろう?世間、周り?違うと思うなぁ。その壁を作っているのは、他の誰でもない自分自身。

自分はこうしか生きられないとか、こうあるべきだとか、これは受け入れられないとか、そんなこと出来ないとか、そんなこと出来るか!とか、、、、そういう思い込みの集大成、自分の中の固さが壁になるんだと思う。




いっぺん今までと全然違うことをしてみたら?それだけは嫌!と思っていたことしてみたら?何で自分がそんなこと?!ということしてみたら?全然自分らしくないことしてみたら?こんなこと、死んでも嫌ってことやってみたら?自分が変わらない限り、壁は動かない。自分が作った壁なのだから、それを壊す力も自分にしか与えられていない。

したくない?じゃあ、壁を嘆くのはやめようよ。壁に文句を言うのは止めようよ。自分は自分で作ったその壁が好きなんだって認めたら?好きとまでは行かなくても、今のままで居るのが本当は居心地そう悪くないんだよ。人間は本当に本当に嫌なことは我慢できない。何もしたくないのなら、それはそれで良いけど、嘆くのはやめようよ。壁によって守られている自分もあることを忘れない方が良い。

だったらいっそ、その壁に感謝して絵を飾ったり、ペンキ塗り替えたり、壁紙張り替えたり、壁に感謝を示したら?壁だから乗り越えなければならないと思うこともないと思うよ。動けないなら、動きたくないってこと。そこまで追い詰められていないってこと。心の深い深い底には、それでも良いかって思っている自分が居るってこと。

オシム語録の中にもあるよ。「何かをやろうとしなければ何も変わらない。」って。何も変わらないのは、自分が何もやろうとしていないから。自分にとって一番辛いことまでやる気はさらさらないから。無理に辛いことをやらなくても良いけど、やろうとする気がないなら、変わらないことを嘆くのも止めようよ。「肉離れ」(後述、オシム語録参照)が出来たって嘆くのは止めようよ。

壁を受け入れるか、乗り越えるか、どっちかしかない。受け入れるのも嫌、乗り越えるのも嫌なんて言うのは通用しない。乗り越えなくたって良い。だったら受け入れて、綺麗な壁に塗り替えようと頑張ってみたらどう?

そういうお前はどうなんだ?そんな偉そうなこと言っているお前はどうなんだ?って?私は壁のペンキを塗り替えています。出来るだけ目に見えなくなる色に、、。そんな姑息な対処法が自分の力量に合っているかなと、、(汗)。

「リスクを冒して攻める。その方が良い人生だと思いませんか!?」
「走りすぎて死ぬことはない!」
「勝たなければならない試合なんてない」
「肉離れ?ライオンに襲われた野うさぎが逃げ出すときに肉離れしますか?準備が足りないのです。」
「やったことが返ってくるのが人生というもの」
「誰かを「不要だ」などと言う人間は、いつか自分もそういう立場に陥るようになる。人生とはそういうものだ。その時、自分はどう感じるか、考えてみるがいい。」 
「あまり指示を出さないジーコ監督を「放任主義」と言った人もいるようだが、何も言わない方が、時には言葉をより伝えることもあるものだ。」
「サッカーというのは人生と同じであって、必ずしも自分の思った方向に物事が動くとはかぎらない。勝つこともあれば負けることもあるのだ。勝ちだけを望むサポーターであってほしくない。」          オシム語録より


オシムって良いですねぇ。例え、彼が監督になって良い実績を残せなくても、彼が日本のサッカー界、スポーツ界、ひいては日本に与えるものは凄く大きいだろうと、今から楽しみです。
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by bs2005 | 2006-08-16 05:32 | 異論・曲論  

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