自分探し

自分探しとか本当の自分を見つけたい、などと言うけど、多分、そういうものは探して見つかるものじゃないのだと思う。探しても、玉葱の皮むきのようなもので、何も見つからない。




玉葱の皮一枚一枚が皆、自分なのだ。どの皮も。腐っているのも、腐りかかったのも、堅いのも、柔らかいのも、辛すぎる皮も、甘くて瑞々しい皮も、全部自分なのだ。

嫌な自分を見たときに、こんなのは本当の自分じゃないとか言うけど、それも自分だと覚悟を決めた方が良い。そういう腐った皮も自分なのだと。そうして、その自分が嫌ならば、野放しにしないことだ。「あ~あ、しょうがないね、お前さんたら、又。」と言いながら、しっかり首に縄を付けて勝手なことをさせないようにしておくことだ。

柔らかくて美味しい皮は、どんどん使って上げればよい。堅くてちょっと、という皮は使い方を覚えればよい。どの一枚も自分だと、どんと構えてしまえば無駄な自分探しに出かけなくてもよい。それぞれの皮の生かし方、愛し方を覚えればよいのだ。

自分が見えなくなるということはあるけれど、そういうときは、自分が居なくなってしまったわけではないと思う。自分にきちんと向き合えていないか、自分の中のある部分を認めようとしていないとき、それを受け入れられずに逃げているときなのだと思う。

人間は複雑なものだ。色々な自分が居る。全部自分だ。それをどう乗りこなすかが問題なのだ。玉葱だって料理次第のように。
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by bs2005 | 2006-08-13 00:05 | 異論・曲論  

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