Discussion is not requested.

字幕では「議論の余地はありません」とされていたけど、もっと単刀直入というか、「議論なんぞに興味はない」という議論を封じ込める切り捨てた言い方に聞こえる、普通の人が言えば、、。




なのにその人がさらりとそう言ったとき、少しも非民主的な感じも高圧的な感じも与えず、素直に心に入ってくる感じだったし、現にそう言われた人々は、その人の次の言葉、「行動あるのみです」という言葉に従い、大きな困難に向かって立ち上がった。

既に数回取り上げているが、アフガニスタンで活躍している中村医師の言葉だ。彼は、独学で灌漑工事を勉強し、様々な工事を手がけた。その中でも春になる度に雪解け水が猛威を振るい、川が氾濫して田畑の作物を駄目にする一方で、その水が必要な村には来ないで干ばつから飢餓を招いている状態を救おうと川から用水路を引く工事は、とても困難で大規模なものだった。

翌年の雪解け水がどっとなだれ込む前までに仕上げなければならないという時間の制約は言うに及ばず、中村医師自身が「知らぬが仏。その不可能性を知らない素人だったからこそ取り組めた。プロなら絶対やろうとも思わなかっただろう。」と語るほど困難なものだった。

その博打の賭けにも似た大変な工事への協力を現地の人達に呼びかけたときに、彼がしめくくりに言った言葉がこの言葉だ。強い信念がなければ言える言葉ではない。強い信頼関係が築かれていなければ受け入れられる言葉でもない。

ひるがえって平和で物資にも恵まれている日本では、ああでもない、こうでもないという論議に明け暮れ、先にちっとも進まないことが何と多いことか、そういう論議の為の議論には散々かかずり合っておきながら、行動の段階には知らん顔する人の何と多いことか。

真に民衆の側に立つ中村医師だからこそ言える言葉であり、人々を導ける言葉なのだと思う。彼自身が自分に机上の空論を厳しく禁じ、常に行動で乗り越えようとして来た人だからこそ言える言葉、何の力みも気負いもなく言われたのに、その静かな決然とした響きにしびれるような快感を感じた。

今回もまた、コンクリートで簡単に作っていくのではなく、アフガニスタンの文化を支える石を運んで来ての工事だ。コンクリートでは壊れたときに、現地の人が修理できない。現地にあるもので作れば彼らが自分で修理できるからという考え方。

しかし、それだけに沢山の人手と忍耐も要求される。大変な思いをして積み上げた石が水の勢いであっけなく壊されることもある。現に雪解け水を間近にしたときに、増えてきた水量によって壊れ、工事そのものの成功も危うくなったたときもある。その時、現地の人達は「壊れたら、また作り直せば良いだけのこと」と修理にも率先して参加し、その危機を乗り越え、中村さんの考えの正しさを行動で証明してくれた。

彼の灌漑工事を噂で聞きつけ、自分の生まれた場所でも、作物を育てて暮らして行けるようになるかもしれないという希望を持って多くの難民が戻ってきて、彼らもこの工事に参加した。

彼らに与えられる日当は、集められた募金の中から払われる一日240円というもので、アメリカ軍がやっている道路工事の方に行けば、その3倍の日当が払われるのだという。多分、労働もこちらの方が過酷だろう。それでも、将来的にこの灌漑工事の方が、はるかに意義が深いことを知っているから難民の多くがこちらにやってくるという。少しでも多くの収入が必要な難民たちなのに、、。

何度も言うけど、中村さんのしてきたことはノーベル平和賞に価すると思う。中村さんのような人はそんなものには興味はないだろうけど、資金援助の為ばかりでなく、国際援助のありかたの模範として多くの人、特にアメリカのような先進国の価値観を押し付ける傾向にある国の人々には知ってもらいたい援助の形だ。
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by bs2005 | 2006-07-31 04:34 | TON同盟  

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