「裸の王様」の国

山本七平さんが『「空気」の研究』という本を書いています。私には難しすぎて、内容をご紹介できる自信がないので、読んでいただければ一番有り難いですが、根幹だけを言えばー私なりの理解でー日本というのは、「空気」という目に見えない理屈以前のものが、うむを言わさず全体を支配してしまう傾向があるということです。



卑近な例でいえば、最近の子供の人気者の条件が「その場の空気を読める」というのが、トップであったように、日本では、その場の空気が読めるというのが大事な要素になります。何だかはっきりと論理で説明されていないのに、その場の空気が既にあって、それに逆らったり、読めなかったりすると、村八分になってしまう。

裸なのに、「王様は素晴らしい洋服を着ている。それは疑いもない事実だ、疑うこと自体がけしくりからん、その洋服が見えない方がおかしい」という「空気」がそこにあると、「空気」がそうなんだから、それが真実なのだろうと疑うこともなく信じてしまう人々、そんな筈ないと思っても、「空気」の前では口をつぐんでしまう人々が圧倒的に多い。

そういう「空気」を読めずに、素朴な疑問をついぽろりとやると、「空気」が読めない人間であることを徹底的に非難されたり、その「空気」が理解できないことのおかしさを糾弾されてしまう。そういう結果が分っているから、皆、「空気」を読むのに汲々となっていて、疑問を提出することすら出来なくなる。

日本に必要な人間像は、その場の「空気」を怖れず、迎合せず、勇気を持って「王様は裸なんじゃないの?」と訊ける人間、そう言った人間に真摯に答える態度を持った人間であろうと思います。そうでないと、私達はまた裸の王様のために、その場の「空気」のために、とんでもない道を突き進むことになるでしょう。「空気」が読める人間が偉いのではない!声を大にして言いたいです。

結局、「個」が確立していないから、そうなるのではないか、「個」が確立していない社会では「空気」が支配してしまうのだと私は思います。今の日本が「個」が確立したかというと、大いに疑問で、今は「個人の勝手」が確立しただけではないでしょうか。

「空気」が大きい力を持っている限りは、「一億火の玉」の「空気」にまたやられる可能性もまたあるのだという自覚を持つ、それは過去の問題でなく、今の問題だと認識することが大事だと思います。

「個」の確立には、多様な価値観を認め、受け入れる、そういう姿勢を確立することが最も大事になってきますが、そういう姿勢が日本の中で、どれだけ育っているかでしょうか。素朴に「王様は裸なんじゃないの?」と訊ける子供達を育てて行くこと、個の確立した社会を創っていくことは、「裸の王様」の国の将来を左右するのだろうと思います。
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by bs2005 | 2006-04-11 01:29 | 異論・曲論  

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