バシー海峡の悲劇ーその1

バシー海峡は台湾とフィリピンのルソン島の間にある海峡である。ここにあの太平洋戦争の犯罪性を最も象徴的に表す悲劇が存在しながら、レイテやミッドウエーのような知名度はなく、『虜人日記』の著者、小松真一氏、『日本はなぜ敗れるのか』の著者、山本七平氏が提示するまでは、殆ど知られることもなかった。



何故か?それは、この悲劇、あるいは犯罪に巻き込まれた呆れるほど沢山の人々が殆ど全員死んでしまったからである。この犯罪を犯した加害者は生き残りながら、被害者は殆ど生存していなかったから、公にされる機会がなかったからである。この犯罪が長期にわたって繰り返されたにもかかわらず、死人に口なし、という状況だったからである。

犯罪という言い方は、小松氏も、山本氏もされていないと思う。ただ、私には犯罪としか思えない。あの戦争にぎりぎりで送られずに助かった中学の担任の先生は、あの戦争は、アメリカ人が日本人を殺したのではない、日本人が日本人を殺したのだと言われた。その考えにそのまま通じる意味でそう感じる。

あの戦争の敗因は初めから無理な戦いを仕掛けたことにある。古来からの神風、日露戦争の勝利、そういうことから、うかつにも勝機を見出して始めたことは、万歩譲って認めたにしても、それがはっきり無理で無謀な戦い、勝ち目のない戦いということが指導者層にははっきり見えてきた段階でも、あえて強行しつづけたこと、国際法で認められている捕虜としての降伏権も認められずに強行され続けたこと、これは日本人が同胞に行ったジェノサイド、犯罪以外の何物でもないと私は思う。

あの悪名高いヒットラーだって、ドイツ人をガス室にあんなに大勢送り込んだりしていない。彼に反対する人々に対してはそれなりのことをしたのだろうが、日本人が同胞に見せた非人道性の比ではない。敗戦後、捕虜になった人の中でリンチや虐待、裏切りがあったのも他の国民にはないことだったという。これはどこから出てくるのだろう?

勝つ見込みがないとはっきり分った時点でやめるべき戦争だった。やめていれば、多くの人の愛する家族は無駄死にをせずに済み、原爆で死ぬこともなかった。沖縄玉砕やグアムの悲劇もなかった。どんなに遅くともバシー海峡の時点ではその判断はするべきだったのだ。勝ちがありえないと分っていながら、あの戦争を無理やり続行し続けた罪は測り知れなく重い。

その判断の欠落の問題をはっきりと提示するのが、バシー海峡なのである。何がバシー海峡で起きていたのか?あの戦争の犯罪性、馬鹿馬鹿しさをはっきりと正確に掴むためには無視して通れないものが、この答の中にある。首相や閣僚の靖国参拝に中国やアジア諸国ではなく、日本人が先頭に立って抗議するべきだと私が思うようになった理由もここにある。

あの戦争の犠牲者を悼む気持ちのほかに私がこれを書くもう一つの理由は、ここで起きた問題の本質は、日本人が今も持つ問題だという山本氏に全く同感だからでもある。あれから私達はどれだけ進歩し得たのだろうか。中学担任の先生は、ここでも、「戦後も日本人の本質は全く変わっていない」と言われていた。(続く)

すみませんが、すごく重いテーマなので、細切れになりますが、ゆっくり書いて行きます。去年の10月からずっと書きたかったのですが、やっと書けるかなと思えるところまで来ました。でも重すぎるのと義憤で心が乱れて、一度に少しずつしか書けそうにないのです。でも、日本人は絶対に知るべきことだと思うので、時間が掛かっても書いていくつもりです。引っ張るつもりではないのですが、気分転換しながら休み休みでないと書けないので、他の記事の合間合間に断続的に続けていくことをご了承ください。

上述の本を読まれた方には不要の記事です。待ってられないという方は、そちらをお読みください。この記事を書くのは、一人でも多くの人に伝えたいからですが、元の本を読んで頂くのが、実は最も正確で有り難いことでもあります。

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by bs2005 | 2006-04-05 04:05 | TON同盟  

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