美人は得?

若い頃は、絶対に得!フン!って思っていた。「顔より心、なんて建て前もいい所!(怒)」なんて感じ。でも長く生きてきて、回りを見ていると、そうでもないという気がしている。勿論、短期的には絶対に美人の方が得である。いい目にあう。これは絶対の真理と言ってもいい位だ。だが果たして長期的にはどうだろう?



回りで結婚生活がうまく行かなくなっている確率は、圧倒的に美人の方が多い。美人は性格が悪いからということでは断じてない。性格も良い、家事も素敵にこなせる、そんな人がひどい目にあったりしている。

こんな素敵な、おまけに美人と結婚できて、何て果報者ってこの男性、思っているだろうな、絶対奥さんの方がずっと素敵、それに比べたらどうってことない人だしな、、なんて失礼ながら、心で思っているような亭主が、浮気ばかりしたり、挙句の果てに家を出て行ってしまったりする。女遊びをしなくても嫁苛めを見て見ぬふりとか、浪費癖とか何とか、、なんて言うのもある。美貌が衰えたわけでも何でもないのに。

繰り返すけど、奥さんの性格だってすごく良いのに、である。ご主人にもよく尽くすのに、である。(逆に、こんな人、奥さんにしたら大変だろうなと思うような人の方が、家庭円満でご主人も奥さん一筋だったりする。ま、これは余談だから又の日に。え?お宅の事だろうって?イ、イヤイヤ、それは全然ちが、、それも長くなるので又の話ということで、、汗、汗)

思うに、美人と結婚する男の中には、その女性の中味を見ていない人、中味の良さに全然気付いていないか、女性の中味の良さを見られない人が結構居るのかもしれない。外見だけで惚れ込み、やがて外見の良さには飽きて、次の外見の良さ乃至は刺激を追い求める。要するに浅薄な男が多いのではないだろうか。

渡辺淳一の小説に出てくる男なんてその典型。彼の小説に出てくる女性で中味がきちんと描かれている女性、中味に魅力のある女性なんて、私の知る限りでは全然居ない。『阿寒の果て』の女性は魅力あるけど、何を考えているのか全然分からない神秘的な所が魅力なだけだし、、。

本人は、自分ほど女を分かっている男は居ないと思っているけど、あんなに女が分かっていない男は居ない。ま、似たレベルは沢山居るけど、、。何人女を知ろうが浅く知るだけの話で、たった一人の女性に、否応もなくとことん付き合う男の深い理解にはとても適う筈がないのだ。これも余談だけど。

美人は自分の回りに沢山男が寄ってくる分、そういう中から、自分の外見でなく、中味をきちんと見て、中味に惚れてくれる中味のある人を見抜かなければならない。その仕事は結構難しいのだろう。自分も好きになって冷静さを失っているような時には、至難の業かもしれない。

お金持ちの男が、自分に寄ってくる女性が、自分そのものに惹かれてか、お金に惹かれてか、見抜くのが難しいのと同じなんだろう。往々にして、惹かれている本人も、本当の所が分からなくなっている場合も少なくないのだろうから。

外見がどうってことなければ、外見しか見られない男が寄ってくるという心配はない。(たで食う虫も好き好きというのがあるから、油断は禁物だけど。)美人の落ちる落し穴というものがあると分かってみると、そう得とばかりも言えないんだなと思うようになった。

自他の中味を認めて受け入れて、そこを大事に思う。それが一番肝心なことなんだろう。

おまけに礼子さんのブログで紹介されていた茨木のり子さんの詩の一節を。

わたしが一番きれいだったとき

わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

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by bs2005 | 2006-02-13 01:46 | 異論・曲論  

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