"Hotel Rwanda"を見て

Netflixの評価で4つ星だったというだけの理由で、内容は全く知らないまま申し込み、数日前に届いたのを今日やっと見た。届いたその日にたまたま、テレビジャパンで、主演の人が来日したと言うニュースをやっていた。

素晴らしい映画であり、それこそ世界中の人が見るべき映画なのに、日本では未公開の為、公開を支援する運動もあったようだ。今現在、その成果があったのかどうか知らない。でも、世界中の人が見るべきこの映画を、日本人だけが知らないで済ませてしまったら、恥ずかしいことのような感じがする映画だ。

素晴らしいと書いたが、幸せな気分になれる映画ではない。辛く重い。しかし、見なければいけない映画だと思う。この映画の優れた点は、虐殺という悲惨なものを扱いながらも、その血生臭ささを直接見せつけるのではなくて、迫り来るそれへの恐怖、家族愛を通して間接的に表現しながら、しかし、平和の大事さをもっと直接に、観客に自分の五感に感じさせるように出来ていることだと思う。




素晴らしいと書いたが、幸せな気分になれる映画ではない。辛く重い。しかし、見なければいけない映画だと思う。この映画の優れた点は、虐殺という悲惨なものを扱いながらも、その血生臭ささを直接見せつけるのではなくて、迫り来るそれへの恐怖、家族愛を通して間接的に表現しながら、しかし、平和の大事さをもっと直接に、観客に自分の五感に感じさせるように出来ていることだと思う。

ルワンダで民族間の大虐殺があった時に、ホテル・ルワンダに避難していた人達と自分の家族を、身体を張って、でも武器を使うことなく、自分の知恵と勇気で守り抜いたホテル・マンの実話である。極限状況の中でも、自分と家族のことだけでなく、周りの人も守り抜こうとした彼の美しさに感動する。

「ルワンダでひどいことになっているらしい。民族の大虐殺が行われているらしい」という話は、当時、聞いた記憶がある。心を痛めた記憶も。でも、それだけだった。実際に映画を見て、そんな自分を嫌悪した。直接、映像で見ると、自分の想像力の貧しさ、鈍さに歯軋りする思いがした。

映画の中で、大虐殺が起きているのに、世界から見捨てられた状況の中で、世界中に今起きていることを電話で訴える場面がある。結果的には、それが世界の世論を促し、一度見捨てられたホテルの人々が助けられる。そういう意味では改めて情報の威力というものも感じさせられる。

映画のシーンの中で、「国外の人は、『恐ろしいことが起きているらしい、何て気の毒なんだ』と言いながら、一寸後には、何事もなかったように、夕食を楽しんでいるんだ。」という台詞がある。それを聞いたときも、まさにそうであった自分が嫌になったけれど、きちんと向き合わなければいけないことを伝えた映画だと思う。

民族の殲滅の事件がテーマだし、死体も出てくるけれど、実際の殺戮のむごたらしい場面は殆どない。その後の様子を見せる形で伝えているので、残酷なのは苦手という人にも何とか見られる映画だと思う。

同じような悲惨な現実はあっても、世界から見捨てられる国と見捨てられない国がある。西洋社会、大国のご都合主義というものの狭間で死んで行く、膨大な数の人々がいる。そんな現実にも改めて考えさせられた。

また、この映画で逃げ惑う人々の苦しみとそう変わらない思いをしている人々が、今現在世界には沢山いることも、もっと深く心に留めなければいけないと思わされた。多くの人に見てもらいたい。平和を祈る気持ちをより一層強くしてくれる映画だ。世界中の一人一人が、今より少しでも強く念じれば、その生み出すエネルギーは、平和に向かっての一歩に繋がるかもしれない。

もっと詳しい内容をという方は、このサイトの紹介が詳しいのでどうぞ。→ホテル・ルワンダ
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by bs2005 | 2006-01-09 15:03 | TON同盟  

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