究極のお嬢様の本当のマナー

実話だそうだけど、どこの国か忘れた。何処かの国の王様が、晩餐会に外国から人を招いた時、その人がフィンガーボールの水を、知らずに飲んでしまったという。回りは慌てたけれど、その王様は、さりげなく、自分もフィンガー・ボールの水を飲んだのだという。回りもそれに慌ててならったとか。

この王様こそ、本当のマナーを知っている人だと思う。茶道の千利休にも、そういう類の話があったと思う。真の礼儀とはそういうものだと思う。同様に本当のマナーを知って育っている紀宮さまも、庶民の中に入っても、人のマナーに眉をひそめたり、心で軽蔑したり、偉そうに決めつけたりなさらないだろう。

一つの文化・育ちで当り前でも、文化の違い、育ちの違いで、知らずにいることもある。文化によっては、全く相反するマナーが正しい場合もある。どの文化が上で、どの文化が下ということもない。

育ちだって本質的にはそうだ。良い育ちに生まれたことは、その人にとって、幸運なことではあるけれど、悪い育ちの人のマナーを、軽蔑する権利が与えられた訳ではない。相手の育ちに思いやりを持ち、 静かに自分の育ちに感謝しつつ、自分の文化を守って、継承して行けば良いことだ。

自分でマナー通と思っているけど、実はそういう本当のマナーのない、始末に負えないのが結構居る。 善魔の一種だ。美智子さまは皇室の中のそういう善魔に、ずいぶん痛めつけられたのだと聞く。紀宮さまの笑顔からは、そういう奢りを感じたことがない。

自分が育った文化とマナーを大事にしながらも、相手の文化に敬意を持ち、不快を与えないように気を配ること、相手の育ちに思いやりを持つこと、高みに立って、とやかく目くじらをたてないこと、それが一番人間として大事なマナーだということを、紀宮さまは多分、骨の髄まで身に付けられているのだと思う。

学習院の友人達が、いつも穏やかで、にこやかなお方と言っていた。紀宮さまの笑顔は、本当のマナーを身に付けた人しか持てない、深い寛容が感じられる。どんなにマナーが立派でも、謙虚さと寛容、思いやりの心がない人には、本当の礼儀の心はないと思う。

人は、それぞれの文化と育ちを背負っているのだということに、温かい思いやりと深い理解を持っているからこそ生まれる寛容と謙虚さ。それが本当の育ちの良さというものだろう。それを窺わせる紀宮さまは、本当の究極のお嬢様なのだと思う。美智子さまが言われた通り、紀宮さまは、庶民になられても大丈夫だと確信している。
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by bs2005 | 2005-11-19 02:58 | 異論・曲論  

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