カトリーナ

昨日、ナンシーとお茶した。話題は、もっぱらカトリーナだった。数日前に、アメリカ人の娘むこに会った時、彼も、ニュースを見た時は、第三世界の国を見ているようだったと、その失望をあらわにしていた。明日、インクラインから来る友人と会う。きっと、彼女もその話題を、ひとしきり、することだろう。




食料、水、そういう基本的なものが、何日も届かなかったという事自体、驚きである。交通網の遮断等で遅れることは、無きにしもあらずだけど、それにしても、宇宙に器材を送れる国が、あまりに情けない。

しかし、テレビのニュースを見ていて、それ以下のレベルだと思った。それはバラバラに避難して、助けを求め、怒っている人々が、そもそも、どこに避難してよいか分からず、右往左往して、みんな、てんでばらばらの方向に、野宿の避難をしていたということだ。全く逆の方向に向かって、それぞれ歩いて行くという光景も、たくさんあったという。どこに避難して良いか、そんな基本的な情報すら、全く無かったのだ。

政府の手が届かない時に、テレビ局の人間は、既にそこに居る矛盾。彼等も、何も分からない。世界の何処よりも、情報の量にも、流通の方法にも、優れている筈のこの国で、被害に遭った人々は、基本的な一切を与えられずに、全く放置されていた。その姿は全米に放送されながら、、。あまりにも皮肉で、情けない光景である。

昨日、日本のニュースを見ていたら、避難指示を伝える広報車が走る風景やら、避難勧告が出る前に、自主的に、避難所に既に待避していた人達を映していた。少し、誇らしい気分ですらあった。災害に日本は慣れている面もある。でも、ハリケーンだって、竜巻だって、この国では、日常茶飯事だ。慣れているべきだし、敏速に動けるようになっているべきだ。それがこのていたらくだ。

1966年から、堤防(levee)決壊の可能性と、その場合の被害の甚大さを訴え、大規模な堤防の改造を訴え続け、予算請求しながら、却下され続けて来た事実。一方で、イラクへの膨大な軍事支出。堤防の事前の改造の費用の方が、被害を受けてしまった後より、はるかに低い金額で済んでいたのにと、関係者は怒っていたけど、もっともな怒りだと思う。

最近の災害の、更に一段の狂暴化は、オゾン層の破壊、地球温暖化による、気候の変化と無関係とは、到底思えない。にもかかわらず、地球温暖化は、一つの根拠のない説に過ぎないと言ってはばからない人々。

略奪、強姦、堤防を修復している人達に発砲してくる人々。被害者の圧倒的多数が、貧しい黒人である事実。自分達が、高級住宅地に住んでいる住民だったら、救いの手は、ずっと前に差し伸べられていただろうし、そもそも、決壊するような堤防のまま、放置されていなかっただろうと怒る人々。

この国の膿みを全て、さらけ出してしまったようなハリケーン・カトリーナ。

何故、こんなに対策が遅れてしまったのか、その原因の調査をこれからするらしい。表面的な理由は、たくさんあるだろうけど、この国の持つ、深い膿みまで、見据える覚悟をしない限りは、同じことは繰り返されてしまうのだろう。そして、そこまで見据える覚悟をしている人は、居ないように見えるのが、一番、暗澹とさせられる。

災害の起きる度に、天災ではない、人災だと言われるが、そういう感は避けられない。合衆国史上最悪の災害と言われているけど、厳密に言えば、合衆国史上最悪の人災であると思う。
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by bs2005 | 2005-09-08 00:31 | 異論・曲論  

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