「風評被害」という言葉による風評被害

子供を放射能から守ろうとする人々の必死な思いに対して、マスコミを先頭に盛んに「風評被害」という言葉が使われる。

被災地の食料を食べることがあたかも被災地を守るかのような論調で、それを避けることがまるで被災地の人々への同情が足りないことのように、キャンペーンが張られる。

放射能で汚染された食料を食べることが被災地を助けることではない。そういうものを東電と政府が買い上げて、被災地の農家を支えること、それが正しいあり方だ。農地の除染、保証、それが政府のやるべきことであり、マスコミが強く求めるべきことである。こんなキャンペーンの片棒をかつぐことではあってはならない。

風評被害というのは、根拠のないことを元にした被害だ。人々が被災地の食料を避けるのは根拠の無いことではない。そもそも、国が決めた暫定基準というのが信じられない程、高く緩いものであることは、諸外国の多くの専門家が色々の場で指摘している。

EUでは乳幼児の基準がある。日本ではそれすら無い。そして暫定基準というのが、そもそもめちゃくちゃに高い。昨日もベルラーシの専門家がそういう発言をしている。日本同様、チェルノブイリの被害を受けた地域で設定されている基準と比べてもべらぼうに高い。日本の暫定基準値というのは、子供を守ることを全く考慮に入れていない国際的には愕然とされる高さの犯罪的基準である。

その基準で合格したから安全というのが、そもそも全く根拠が無い。正当な不安を元にして、子供を守ろうとしている人々を「風評被害」という言葉でひっくるめて、基準値そのものを一向に見直そうとしない政府、マスコミこそが、風評被害という言葉で、親たちの不安を根拠のない不当なものに仕上げる風評を広げている元凶に他ならない。最近は暫定基準値以下である=安全であるような風評も盛んに発信している。

政府もマスコミも、何故国際的に指摘されていることを知らん顔していられるのか?

最近、怒りと絶望で記事を書く気を殆ど失ってしまった私だけど、政府とマスコミが生み出す風評と日々闘い、子供たちを守ろうと必死でいる日本のお母さん達の頑張りを、ただただ応援する気持ちで一杯だ。
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by bs2005 | 2011-10-13 00:23 | 異論・曲論  

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