淀川長治さんの遺産

自分と信じるものが違うということーそれが宗教であれ、政治であれ、何であれーを理由に、相手の意見を聞こうともしなかったり、相手の意見から取り入れる柔軟な姿勢を持たないことは大きな損失だと思う。

私はDr. Lauraをよく引き合いに出すので、娘たちは私を彼女の崇拝者みたいに思っているけど、彼女の戦争に関する考えも、ホモセクシュアルに関する考えも同意できないし、彼女の信じるユダヤ教とは全く無縁である。

それでも、彼女が人間関係で言う事には真実がたくさんあると思う。その部分は素直に聞きたいし、学びたいと思っている。彼女は今の戦争を支持する立場の人だけど、率先しながら、自分の子供は安全な所に大事に置いている指導者たちとは違う。一人っ子の息子は、今、戦地に兵士として行っている。口先だけでない所は偉いと思う。

たまたま、分かりやすい例だから、彼女を挙げたけど、自分と違う人、自分の嫌いな人にも耳を傾け、吸収すべきものは吸収する姿勢は大事だと思っている。その人が自分の言葉に誠実である限り、私は聞く姿勢を守ろうと思っている。本人が信じてもいない事に耳を傾けるのは、時間の無駄だと思うから、口先と裏腹の考えの人にまで耳を傾けようとは思っていないけど。

食べ物と同じ、人の好き嫌いは少ない方が良い。嫌いなものが少ない程、その人は円満で成熟しているのだと思う。淀川長治さんは「嫌いな人に会ったことがない。」と言い続けていた。凄いなと思う。嫌いなものが多ければ多い程、その人の器量は小さいのだと思う。笑って許せるものが少ないという事だから、

私もかなり好き嫌いは激しいけれど、淀川長治さんの言葉はいつも自分に反省を促す。せめて、食わず嫌いにならない姿勢と、嫌いでも耳は傾ける姿勢を心がけたいと思うし、好き嫌いは克服できなくても、それを自分の器量の小ささとして謙虚に反省する姿勢は心したい。そう思えるのは、会ったことのない淀川さんが、私に残してくれた遺産だと思っている。
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by bs2005 | 2005-08-05 05:45 | 異論・曲論  

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