原発問題は単なるエネルギー問題と見誤ってはならない

既に原発推進の下心で述べたことだけど、原発を推進した最も大きな原動力になったものは、いつでも即、核武装に変われる準備をしておきたいという下心である。

それが反原発を訴える人々を「核アレルギー」と揶揄する動きになったり、そもそもの本心を隠す言葉が「原子力の平和利用」という言葉になったりした。あの戦争に一気になだれ込んで行った数々の神話は、今回は原子力の安全神話、平和利用と生まれ変わって蔓延した。

そして大本営発表に迎合したマスコミは、今度は、その動きに迎合し、事故後も、「1年20ミリシーベルトまでなら健康に支障はない」とか、何もかもごた混ぜにして「風評被害」と言いのけるなどというまやかしを流している。そして色々な業界の権益、政治家の利害、お金がからんできて、、、

そこでいつも軽視され、切り捨てられ、踏みにじられるのは力を持たない普通の人々である。戦争では最前線に引っ張り出され、原発では(力を持った人が住む)都会で大事故があったら大変だからと、地方の普通の人々が原発の最短距離に住まわされる。力を持たない普通の人々の命も暮らしも、一切歯牙にもかけてもらえない。

戦争推進の構造と原発推進の構造は、嫌になるほど二重写しに重なっている。

原発問題を単なるエネルギー問題だと思うと、大きく見失ってしまうものがあることを忘れてはならないのだと思う。終戦の日に、もう一度、深く考えたい。
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by bs2005 | 2011-08-15 22:53 | TON同盟  

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