「ヒロシマ、ナガサキ、日本の降伏」

今年は広島、長崎の原爆慰霊祭に今まで無かった核保有国の参加が見られた。オバマのプラハ演説のおかげという感じの報道がされている。あの演説が貢献しなかったとは言わないけれど、見失ってはいけないこと、それは核保有国が突然、博愛に目覚めたからでも、平和の大事さに目覚めたからでもないということだ。オバマの演説自体、高邁な理想を語っているけれど、それだけが彼を突き動かしたのではない。もっとしたたかな現実的計算がある。

極論を言えば、9・11が無ければ、どの核保有国も態度を変えなかっただろう。それ以前までは自分達だけが核を持ち、核の脅威に脅えずに済む体制を維持できていたから。必要なのは持とうとする国を牽制することだけだった。しかし、今やそんなことをしたって、いつテロリストが核を手に入れて攻撃してくるか分からない。そうなって初めて、核を持つことのマイナスと核の脅威を彼らも肌身で知った。今まではプラスだけだったのに。

何度も書いてきたけれど、核廃絶をいくら情緒的に訴えても決定的な効果は得られない。核を持つことのマイナスを理論的に説得していかなければ意味は無い。アメリカ人は小学生の頃から、自由と平和の為に、人類博愛の為に日本に原爆を落とすことは必要だった、人道的な理由で落としたのだと信じ込まされている。情緒的に平和の大切さや博愛を訴えても無駄な一つの理由はここにある。こうした論理に打ち勝つ具体的・現実的な論理が必要である。

その為には具体的にどんなことがアメリカ人の脳に擦り込まれているのか、小学生の歴史教科書の記述をここで紹介しようと思う。以前にご紹介した『アメリカの小学生が学ぶ歴史教科書』からの抜粋(p221,223)である。この本は英文と和文が対訳になっているので、受験生やアメリカで勉強しようとする人、英語の語彙、表現を豊かにしたい人などにも向いている本である。

ヒロシマ、ナガサキ、日本の降伏

ドイツが敗北したにもかかわらず、日本は降伏を拒みつづけていました。あらゆる戦線で敗北を喫した日本は、中国と東南アジアで征服した領土から撤退していました。しかし、依然として本土には200万の兵士がいたのです。日本の民間人も、侵攻に抵抗するため武装していました。トルーマン大統領は日本人が死ぬまで戦うよう訓練されていることを知っていました。また日本に攻め込めば、多くのアメリカ人が犠牲になると確信していました。ですから日本に降伏させるために2発の原子爆弾を投下するように命じたのです。
 1945年8月6日、最初の爆弾が広島に投下されました。巨大な火の玉の一度の閃光で、8万人もの人が一瞬にして亡くなりました。火傷や放射能の影響で、何万人もの人が後に亡くなりました。市の大部分は焼失してしまいました。
 広島の爆撃のあとでさえ、日本政府はアメリカの要求する降伏を拒否しました。3日後には2発目の爆弾が投下されました。今度は長崎市です。ここにきてやっと、国中が破壊されるのを恐れた日本政府は連合国に降伏することを承諾しました。
 第二次世界大戦は終わりました。6年にわたる戦争で、世界中で約4000万の人が命を落としました。世界史上もっとも過酷な戦争の1つが、恐るべき新兵器(*a terrifying new weapon)によって終焉を迎えたのです。


*この箇所だけ、英文も紹介しておきます。
  
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by bs2005 | 2010-08-13 05:57 | 異論・曲論  

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