オバマの演説にあって日本の政治家の演説に無いもの

先日、アメリカで揉めに揉め続けた国民皆健康保険法が成立した。まだまだ前途は多難だし、揉め続けているのだけど、ほんの二ヶ月位前は、マスコミも、もう成立は無理だろうと匙を投げていた感がある。

その頃、オバマは「自分はあきらめていないし、成立が無理だとも思っていない」と言って果敢に市民集会などのキャンペーンに動いていたけれど、市民集会も反対勢力が多く押しかけていたし、そう見込みはありそうに見えなかった。八方塞りの感が強かった。

それがここの所、急展開して成立するかもという勢いになってきても、皆最初は、半信半疑。ぎりぎりまで本当に成立するのか?という感じだったけれど、見事にオバマはやってのけた。この法律の中味自体、1000ページ近いもので普通の庶民で本当に内容を熟知している人は殆ど居ないだろう。報道陣や政治家を見ていても、どこまで熟知しているのか怪しいものだ。ちゃんと詳細をかいつまんで説明しようとする人が居ない。成立するかどうかの政争ばかりが扱われて、肝心の中味が具体的に詳細に論じられることが殆ど無い。

だから内容そのものに関してはっきり言ってよく分からない。現在の余りにも多くの人が保険に入れず、病気になっても治療を受けられない状態、自己負担で保険に入ろうとしたら夫婦で月額10万円以上は軽くかかってしまう現実、それが放置されたままで良い筈はないけれど、今度の法が長い眼で見て本当に国民の為になるものかどうかよく分からない。

それでも、あの絶望的な状況からここまで辿りついたオバマの指導力と意志の強さには脱帽した。それで調印の日の報道も初めから終わりまで全部見た。オバマの演説やそれを聞く人々の感動ぶりは、何しろアメリカで初めての国民皆保険という悲願がかなっただけに、すごいものだった。

そしてその時の演説の中で、オバマはここに至るまでの道のりの困難さとそれを支え、前進させて来た人々の健闘ぶりに触れ賞賛すると共にこんな風なことを言った。

私達は困難に立ち向かった時、その困難が大きければ大きいほど、より強い覚悟でそれを乗り越えてきた国民である。ひるまず立ち向かって乗り越えてきた国民である。私達の国の歴史はそういう国の歴史だ。不安や恐れに道を譲ることを断固として拒否してきた国民である。道がどんなに遠く困難でも、それが正しい道であれば、勇気と忍耐と犠牲を惜しまずにやってきた国民である。これが私達の誇るべき伝統である。これがアメリカである。私達の愛するアメリカは常にそういう挑戦を引き受ける国だったし、これからもそうなのだ。

今回の演説の正確な再現ではないけれど、オバマがよく言うこれまでの言い方を交えてまとめるとこんな感じになる。これを聞くと、アメリカ人でない私まで何だか感動して発奮さえしてしまう。オバマの演説が感動的な秘密はこんな所にもあるような気がする。アメリカの大国主義的傲慢さによって犠牲にされてきたような国、敵対してきている国からみたら、「いい気になるのもいい加減にしろ」というような自己陶酔的なものにしか聞こえないだろうとは思っても、やはり高揚してしまう。アメリカ人でなくても、せめてそのような人でありたいと思ってしまう。

翻って日本の政治家からこういうことを聞いた記憶が無い。「壊滅的な敗戦から立ち上がって勤勉さと実直さでひたすら前に向かってきた、驚異的忍耐力と精神性を持った国民である」とか、「世界で唯一の被爆体験の中から立ちあがり、平和憲法の下、世界の平和の先頭を切ってきた国民」とか「律儀さによって世界に貢献してきた国」とか言っても良いところだ。かなりの誇張があったとしても、言うだけなら許されるのではないだろうか。

上記はあまりうまい例ではないけれど、政治的指導者には日本としての独自のよさ、誇りにするべきものを明確に提示しようとする姿勢が欲しい。多少、オバマのように自己陶酔的ないい気なものだって、その目的が果たされるならば構わないのではないか。自分達の国に誇りと夢と希望を与える(特に若い世代に)、そういう意図を明確に持った演説を聞きたいものだ。

安部さんの「美しい国 ニッポン」も志としてはそんな意図があったのかもしれないが、あまりに空疎で説得力が無かった。オバマのように、圧倒的説得力を持ってそんなことの出来る政治家、私達日本人が何者であるかを指し示すことが出来るようなスケールの大きい政治家の出現を私は渇望する。
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by bs2005 | 2010-03-28 00:23 | 異論・曲論  

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